体操服と水鉄砲
「……王貴さん王貴さん」
「何?」
「これ」
九郎は一枚の紙をひらりと見せる。
王貴は動かず顔だけを近づけてそれを見た。
「委員会の必要経費が、どうかした?」
無言で九郎が指差した部分を、注意深く見ていく。
それは、体育委員会の経費請求のプリント。
目的部分に、"プール掃除の為"と書かれている。
そういえばそんな季節か、と思いながら、ふと一点に目を留める。
水鉄砲、と、書かれていた。
「なんだか楽しそうな気配がする……!」
真剣な顔で立ち上がった王貴を見て。
しまった、と思いつつも九郎はもう一度かかれた文字を見た。
(こういうことか……っ)
広がる光景を見て、思わず出そうな声を抑える。
磨かれて泡がついたプールの壁と、水浸しの地べた。
繰り広げられる銃撃戦(ただし、水鉄砲)。
「どういうことなの……?」
「あ、風子ー」
「王貴?それに上條君も。どうしたの?」
「そっちこそどうしたの、だよ……」
体育委員長厳木風子は、マシンガンの様な水鉄砲を抱えていた。
肩にジャージを羽織り、裸足という格好なのだが、何故だか様になっている。
似合うからか、元がいいからなのかは不明だが。
「掃除を迅速に終わらせるには楽しむのが一番、ということよ」
確かに、プールの状態は後は水で流すだけ、の用である。
既に周囲は綺麗に掃除がされた後だった。
ただ。
「……で、この戦場はいつから?」
「一時間ほど前かな」
「余計に時間掛かってるんじゃん!?」
「体育委員たるもの、何事にも本気でね」
天祥学園の体育系の部活、行事を仕切る体育委員会。
委員長のカリスマ性もあってか、団結力は強い。
また、体育委員なだけあり、全員運動神経も良い。
彼らの特徴を上げるとすれば、"全力全快"と言ったところか。
何をするにも熱を込めて本気で取り掛かるのだ。
その為には、多少の無茶苦茶も辞さない。
「委員長!お願いします!」
その声が聞こえたかと思うと。
返事もせずに、風子は素早くプール中央付近へと移動する。
水浸しであることを利用し、滑りながら軽やかに動き、そして。
「わ!」
「うぉ!?」
白い鉢巻を巻いていた体育委員二人に、水を浴びせた。
やられた証に、二人は鉢巻を外す。
「うーん、だいぶ形勢も傾いてきたわね……」
そう呟いたかと思うと、風子はあたりを見渡した。
そして、一人うなづくと。
「!」
投げられた水鉄砲と白い鉢巻を、王貴はキャッチした。
投げた風子のほうを見ると、にこりと微笑んで。
「ちょっと手伝ってくれない?」
「うん、いいよ」
一瞬の交渉の後、互いに笑みを向け合った後。
瞬時に表情を真剣な物へと切り替えた。
「…………」
「九郎君?」
「世乃か」
「生徒会室にいないと思ったら、何してるの?」
フェンス越し、少し低い位置から、世乃が見上げて尋ねた。
姿を探していたのか、少し息を切らせて。
「あー、うん。いろいろと……それより、タオル用意しておいてくれないか?」
「タオル?」
「そ、タオル。あと、できれば温かい飲み物も」
彼女が明日、風邪を引きませんように。
苦笑いとともに、九郎はそう願った。