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色〜家に住む父

翌朝、洗面所に父がいた。


ドアの前で直樹は立ったまま待った。

水の音が続いた。

いつもより長かった。


母は黙って朝食を出した。

トーストと目玉焼き。

父の分だけ、黄身が少し崩れていた。

母の指が一度滑った跡だった。


父は椅子に座って、しばらくテーブルを見ていた。

フォークにも手が伸びなかった。

ただ、白いトーストの端を一度だけ指でなぞって、戻した。


直樹は「行ってきます」と言った。


母が「行ってらっしゃい」と言った。

父も言った。

声が重なった。

少し遅れて。


学校に着いて、宮下に「なんかあった?」と言われた。

「ないよ」と答えたとき、自分の声が薄いと思った。

宮下は「そっか」と言ってから揚げの話に戻った。

直樹はそれが少し助かった。


授業中、直樹はノートの余白に線を引いた。

曲がって、また曲がって、余白の端で止まった。

消しゴムを当てる前に、線の上で手首が固まった。


放課後、帰宅すると父がリビングのソファに座っていた。

テレビはついていなかった。

カーテンが半分だけ引かれていて、光が床に斜めに落ちていた。

父の目は、光の中ではなく、光が終わるところにあった。


「ただいま」が舌の上で乾いて、飲み込んだ。

靴を脱いで、父の背中を見ない角度で、二階へ上がった。


夕食の席は、昨夜より静かだった。

昨夜は少なくとも、父が話した。

今夜は三人とも、箸だけが動いた。


母が味噌汁を一口飲んで、椀を置いた。

台所の方を一度だけ見て、それから言った。


「ゆっくりしていいから」


父は箸を置いて、「そうする、すまんな」と言った。


母は食器を持って立ち上がった。

その背中を、直樹はしばらく見ていた。


部屋に戻って、鞄から進路希望用紙を取り出した。

三つ折りのまま、机の上に置いた。

広げなかった。

引き出しの中に入れて、閉めた。


階下で、父の咳払いが聞こえた。

家の音なのに、他人の部屋からみたいだった。

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