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白いカラス  作者: ヒンドゥー


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2/2

泥濘の再起

久夜ひさやは、苛立ちとともにぬかるんだ道を踏みしめていた。

衝動的に家を飛び出し、一族に宣戦布告したまでは良かったが、現実は甘くない。監視カメラの眼が光り、"天界"に仕える"天使"が巡回する"地上"の街は、今の彼にとってあまりに眩しすぎた。

逃げ込んだのは、スラム街"冥下めいか"第5圏。山間に位置し、澱んだ沼に囲まれたその街は、腐敗した水と鉄錆の匂いが混じり合う、文字通りの掃き溜めだった。


「クソが、やっと着いたか……」


空腹が胃を焼く。三日前、生まれて初めて足を踏み入れた「コンビニ」という場所で、物珍しさに任せて散財したのが運の尽きだった。一文無しの元貴族は、飲食店を探して街を彷徨う。だが、天理家の別荘や"天界"の清潔な街並みしか知らない彼にとって、どこが店で、どこがゴミ捨て場なのかさえ判別がつかなかった。

そんな彼の耳に、品性の欠片もない怒鳴り声が届く。


「お〜い、お嬢ちゃん。借金の返済日は今日だって、お互い合意の上でしたよねぇ?」


ガラの悪い男たちが、赤ん坊を抱いた女性を路地の壁に追い詰めていた。手には、無骨なショットガン。

(無視だ。関わるだけ時間の無駄だ……)

久夜は踵を返そうとした。だが、その足を止めたのは、女性の前に立ちはだかる小さな影だった。


「お前らが、お父さんを奴隷みたいに扱ったから……お父さんは死んだんだ!」


十歳にも満たない少年。震える声で、それでも男たちを睨みつけている。

男の一人が鼻で笑い、少年の額に銃口を押し当てた。


「クソガキが。『地上』から落とされたカスがいくら喚いても、金は返らねえんだよ」


「お前らが……死ねよッ!」


少年が叫ぶと同時に、鈍い衝撃音が響いた。男の蹴りが少年の腹を捉え、壁まで吹き飛ばす。


「いいか、この女はまだ若い。売ればそれなりの金になる。ガキと赤ん坊? その辺に捨てとけ。金にならねえもんに興味はねえ」


男が女性の髪を掴み、引きずり回そうとする。それでも少年は立ち上がり、血の混じった唾を吐き捨てて男の脚にしがみついた。

(……むず痒いな。)

久夜は、自分でも意外なほど冷静に、懐のダガーに指をかけた。

合理的に考えれば、ここは隠れ潜むべきだ。だが、運命に抗おうとする少年の姿が、どうしようもなく「天理」という呪縛を切り裂いた自分と重なった。あるいは、ただ腹が減りすぎて、誰かをぶちのめしたかっただけかもしれない。


「おい、そこのお兄さんたち。子供相手にそんな汚ねえ言葉使って、恥ずかしくねえのか?」


挑発を乗せた軽い口調。男たちが一斉に久夜を振り返る。


「あ? 誰だテメェ。関係ねえなら引っ込んでろ。」


男は銃口を久夜に向けた。

コイツらはこんなもので俺を殺せると思ってるらしい。あまりの滑稽さについ笑みが溢れてしまう。


「何笑ってんだ?ころ… お前"天界"のヤローだな、しかも高位のとこの奴だ。」


何故気づいたと思い男の視線を追ってみると、自分が着ているジャケットに天理家の家紋が入ってることに気づいた。

「ハハッ! 運が回ってきたぜ! こいつを殺して身ぐるみを剥げば、一生遊んで暮らせるぞ!」


男が引き金に指をかけた。乾いた破裂音。だが、その弾丸が久夜を捉えることはなかった。


「なるほど。だから銃は『弱者の武器』だって言われるんだ」


久夜はすでに男の背後に立っていた。驚愕に目を見開く男たちの横で、久夜は手遊びのようにダガーを回転させる。


「何驚いてんだ? こんなの、誰でも避けられるだろ」


天理家が誇る異能の身体能力。その中でも、久夜の「神速」は一族の常識すら超えていた。


「テメェ、魔法でも使ったのか!?」


「何言ってんだお前」


「いいから撃て! 女ごと蜂の巣にしろッ!」


男たちが一斉に乱射しようとする。だが、銃声が響くより速く、金属が砕ける甲高い音が空気を震わせた。

久夜が放ったダガー。それは正確にショットガンの機関部を破壊し、男たちの手元で鉄屑へと変えていた。


「な、何が……!?」


「簡単な話だ。お前らが撃つより速く、俺が壊した。それだけだ」


「クソ! 応援を呼べ!」


男が通信機に手をかけた、その時だった。


「お前らそいつは俺の客人だ。それ以上は辞めてもらおうか。」


地響きのような声。

そこには、筋骨隆々の大男が立っていた。オールバックの髪に、凛々しい風貌。右手には、宝石のような輝きを放つ、身の丈ほどもある大剣を担いでいる。


「げっ……『宝玉の旦那』! し、失礼しましたっ!」


男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

久夜は油断なく大男を見据える。


「助けてもらう必要なんてなかったんだけど。それとも次の相手があんたか?」


「お前、天理家の人間だな。ついて来い。嫌なら殺り合ってもいいが、意味がないことくらい分かるよな。」


大男は高圧的に見下ろしてくる。暴れ足りない久夜としては戦いたいが。稽古のため"天界"で様々な強者と組手をしてきたからこそ分かる。目の前にいる大男が自身より強いことが。

ここで簡単に死ぬわけわけにもいかないので大人しくついていくことにする。


「ああ、別に危害を加える気は一切ない。互いにとって利益になる話である事を約束するさ。」


大男が歩き出したので久夜もついていこうとしたが、忘れていた事を思い出した。


「なあ、コイツらはどうすんだ?」


少年や女性に視線を移す。


「放っておけ、"冥下"に福祉なんて観念はない。なんならお前に命を助けてもらっただけでも値千金だ。」


それを聞いてもう行こうと思ったが。どうしても無視ができなかった。


「これでも売って少しでも小銭の足しにでもするといい。」


手元のダガーを1本取り、少年に差し出した。


天理家や"天界"の連中のように弱者を高みから見下ろすのではなく、手を差し伸べられるそんな人物になりたかった。

これは久夜が小さい頃に家庭教師の目を盗んで読んだ漫画の影響によるものだが。かつて家庭教師の目を盗んで読んだ漫画のヒーローのように。


「…ありがとう、…お兄さん名前なんて言うの?」


「天理久夜だ。君の名前は?」


嘉路よるだよ。」


「嘉路、君の勇姿最高にかっこよかったよ。」


久夜は人生で一番優しい笑顔で微笑んだ。もし自分に力がなかったら少年のような行動できただろうか、そう思と自然と笑顔が溢れた。


「悪い、待たせたな。さっさと行こうか。」


「……」


大男は何も言わず歩き出した。久夜は投げたダガーを回収しながらついて行った。

しばらく歩いた所で、あちらが口を開いた。


「確認だがお前は天理家の人間だな?」


「ああそうだ。まあ破門されたからもう天理家の人間ではないがな。」


別に隠す必要もないので


「なるほどな、そんでゆく宛もなく"冥下"まで来たわけか。 久夜くんは。」


「で、あんたは何者だ?場合によっては分かるよな。」


「俺は、砕耀さいよう情報屋をやっている。」


「さっきの少年もそうだったが何故か苗字を名乗らない?」


砕耀は不思議そうな顔をしていたが、何か察したようで話を続ける。


「お前、箱入り息子かなるほど。生まれつき"冥下"に住む人間や"地上"や"天界"から落ちた人間は苗字を失うんだ。逆に"冥下"から"地上"に上がる場合は苗字を授けられるんだ。

さて、お互い隠し事は無くしたいからな俺の目的を先に話しておく。俺は、この腐りきった世界を変革つもり。そのために、手を貸してほしい。」


何を言われるかと思ったら予想を超える返答に動揺を隠せないでいた。自分と同じように、この世界そのものを敵に回そうとする狂人が、目の前にいる。

砕耀は続けて話す。


「俺が世界を変える理由は主に二つだ。一つは、俺の両親が"天界"に粛清されたからだ。いわゆる敵討ちだな。もう一つは……"天界"のお偉いさんがたが私腹を肥やし、高みの見物をしているのが、どうにも腹に据えかねる。まあ、結局のところは私利私欲のためだがな」


「ほう、なるほどな。……で? なんで俺なんだ?」


「最初は情報だけ抜いて終わる予定だったさ。だが気が変わった。お前のような天理家や"天界"の奴は、弱者を食い物にし、踏み台にするだけの人種だと思い込んでいた。無論、今でもそう思っちゃいるが……俺の勘が、お前には仲間になってほしいと感じたんだ。……それに、お前も困ってるんだろ? "地上"の"天使"どもの目を欺いてここまで来た。俺なら、あの"観令かんれい"の目を欺く手段だって知っている」


久夜は驚いた"観令"とはこの世界を監視するAIでありその存在を明確に知るものは少ない。それだけでなく天理家や"天界"の一部の権力者のみがする呼称をこの男は知っているのだ。より一層疑いの目は大きくなるがこの男の力を借りる事が己にどれだけの利益をもたらすのか痛いほど痛感した。


「OKだ。お前の事はまだ完全に信頼できん。だからお互い利用し利用される関係でなら手をしてやる。」


「それじゃあ契約成立だな。俺も最初から上手くいくとは思ってないからな。それぐらいが丁度いいさ。

早速たがお前にいくつか聞きたいことがある。」


「構わないが。仲良くしたいならお前は辞めろや。」


「ああすまん。……さて、早速だが久夜に聞きたい。天理家や"天界"が持つ『戦力』についてだ。赫天かくてんが統一して以来、兵器は表向き消えた。だが、俺たちの文明レベルは300年前とほとんど変わっていない。第二次世界大戦以降の100年で人類は凄まじい進化を遂げたはずなのに、この300年は不自然に停滞している。……"天界"が意図的に技術を独占し、文明を制御している。そうは思わないか?」


「あー……わりぃ、俺そういうことは知らねーんだよな」


久夜は頭を掻いた。


「ただ、"天界"の武器が科学じゃ説明できないものが多いのは事実だ。あと噂だが、250年前の"亜神あしん戦争"では核ミサイルが使われたって聞いたことがある。だから主戦場は今でも禁足地なんだろうしな。……赫天が統一してから生まれた、人ならざる力を持つ"亜人"たち。あいつらを"天界"が殲滅し、"冥下"に追い詰めたあの戦争の傷跡は、今も消えちゃいない」


赫天が世界を統一してから数年後に遺伝子の突然変異によって生まれた人々を亜人という。亜人は人ならざる筋力を持っていたり、翼を持ち空を飛べるものもいた。"地上"の人々はそんな亜人を受け入れ共生をしていたが、"天界"は未知の力を持つ亜人を警戒し、始末する事を考えた。そこから亜神戦争が勃発した。"地上"の人々も最初こそ非難していたものの、亜人により職を奪われる、能力の差から考え方の違いからトラブルが起こる事も多く。最終的には社会全体で亜人殲滅の風潮になっていった。結果は"天界"の勝利で、亜人達は社会での立場を失い"冥下"に追いやられる者や捕まり処刑されるようになった。


「安心しろ、久夜が知らないってのも重要な情報だ。久夜が問題児だったにしても、次期にそれなりの地位に就く可能性がある奴に何も教えないとは思えない。恐らくこの世界の真実を知るのは、数少ないって事だな。じゃあもう一つ質問だ。赫天のの持っていた能力について教えてくれ。」


「赫天の能力?なんでそんな事聞くんだ?」


「赫天は300年前世界を統一した、だが普通は1人の人間がそんな事できるわけなんてない。ただならぬ力…概念に干渉するような能力持っていると考えてもおかしくないだろ。」


「概念に干渉だと… 確かにこの世界には非科学的なものが存在するが、本当にそんなのが実在するのか?」


「それが実在するんだ。丁度いい少し寄り道をしよう。」


2人は路地の奥へと入っていった。砕耀が足を止めたのは、すり鉢状にえぐれた広大なクレーターの縁だった。そこには、爆撃跡とは明らかに違う、不気味な邪気がよどみのように沈んでいた。


「…なんだここは、まるで戦争の跡地みたいじゃねーか。」


久夜は思わず顔をしかめた。鼻を突くのは鉄錆の匂いではなく、魂そのものが変質したような、嫌な重さを含んだ冷気だ。


「"冥下"第5圏はな、6年前までこの世のどこよりも『死』に近い場所だった。支配していたのは、"死蝕ししょくほし"の異名を持つ男――惰偉だいだ。やつは53人を殺し、投獄されていたがある日囚人と警備員を全員鏖殺し脱獄した。"天界"ではこの事件をどう報道したか知らんが久夜も聞いたことあるんじゃないか?」


ニュースにはあまり興味はなかったが、そのような話を新聞で見たことがあったような気がした。


砕耀の声が、微かに低くなる。


「惰偉の能力は、死の概念そのものを弄ぶ。殺した相手の記憶、積み上げた技術、それらすべてを自身の肉体に継承・蓄積させる。……分かるか? やつが一人殺せば、やつは二人分の強さになる。千人殺せば、千人分の叡智と武術を持つ怪物になる。やつはただの人間じゃない。これまでやつが屠ってきた者たちすべての『集合体』なんだ。」


「……殺せば殺すほど、手がつけられなくなるっていうことか」


「それだけじゃない。やつの真の恐怖は、その死者を傀儡として使役することにある。痛みを知らず、恐怖を抱かず、主の命令を完遂するためだけに動く肉の軍勢だ。やつは殺した死体を繋ぎ合わせ、改造し、生前以上の戦力に変えてみせた。たった一年で、この街は三千もの屍兵が蠢く、生ける地獄に変わったのさ。」


「"天界"も黙っていたわけじゃない。粛清部隊"大天使だいてんし"を派遣した。だがな、結果は惨敗だ。惰偉の軍勢には意味をなさなかった。どれほど肉体を焼こうが、惰偉が指を鳴らせば屍は再び立ち上がり、生者を闇へと引きずり込む。……結局、"大天使"は撤退せざるを得なかった。自分たちが死ねば、その強大な力すらも惰偉に『継承』され、敵をさらに怪物に育てるだけだと悟ったからだ」


"大天使"は"天界"で最強クラスの実力者達で構成された精鋭部隊だった。その実力は久夜も知っており"天界"の力の象徴の1つでもあった。


「最後にこの街に残されたのは絶望だ。ここでは、抗うことすら『敵への献上』でしかなかった。……だがな、その絶望をたった一振りの刀で斬り伏せた女がいた。それが、後に"災焔さいえんほし"と呼ばれる便利屋の玲火という女だ。彼女の振るう刀は死者の怨念ごと魂を焼き切り、惰偉が積み上げた数千人の『継承』ごと、その存在をこの地から消し去った。……文字通り、星を撃ち落としたのさ」


「待て待て、情報が多すぎて理解できてない、殺した相手の技術を継承?"大天使"ですら倒せなかった"死蝕の星"を単独で倒した?なんだそれ…」


「今は赤木という苗字を与えられ"地上"で小学校の教員をやってるらしい。」


「そんな化け物の話初めて聞いたぞ。」


「それはそうさ"天界"としては"大天使"ですら倒せないものを単独で倒してしまった玲火に脅威を感じ彼女に関するあらゆる情報を統制したらしいからな。」


「じゃあなんで砕耀は知ってるんだ?そもそも"星"はどういう存在なんだ?」


砕耀はクレーターの底から、今度はどんよりとした空を見上げる。


「久夜、お前は天界で"星"を見たことがあるか? ……物理的な発光体じゃない。人々の心に深く、消えない傷跡のように刻まれる存在のことだ」


砕耀は、重々しく言葉を紡ぎ出した。


「"星"とは、誰かに名付けられるものでも、"天界"が公式に認定する称号でもない。それは、ある個人の存在が放つ『熱量』が、数万、数十万という人間の感情を沸点まで押し上げた時、大衆の潜在意識が自然とそう呼ぶに至る、いわば『現象』なんだ」


砕耀は一歩、クレーターの縁を歩く。


「暗闇の中で道標を探す時、人は空を見上げるだろ? それと同じさ。あまりに強大で、あまりに異質な存在は、人々の目に希望の光か、あるいは滅びの凶兆として映る。どれだけ目を逸らそうとしても、網膜に焼き付いて離れない。その絶対的な『格』の差が、奴らを地の人間とは切り離された、天よりも高く浮かぶ"星"へと押し上げるのさ」


砕耀は再び、かつての地獄――惰偉の支配した跡地に視線を落とした。


「たとえば、ここを支配した"死蝕の星"惰偉。あいつの存在は、この街の連中にとって『死そのもの』だった。やつが手を上げれば命が消え、やつが望めば死者が動く。その力は、もはや武術や科学の範疇を超え、世界の理……『死ぬ者は安らぐ』という当たり前の概念すら捻じ曲げていた。人々の恐怖が飽和し、街全体がやつの絶望に塗りつぶされた時、やつはただの犯罪者から、死を貪る『黒い星』へと変質したんだ」


「そして、その絶望を焼き払ったのが"災焔の星"玲火だ。彼女の炎は、物理的な火じゃない。不浄を許さず、人々を守りたい『意志』が形を成した概念の炎だ。惰偉が数千人を殺して積み上げた『死の蓄積』を、彼女はたった数分で灰にした。あの時、その光景を見た誰もが、彼女を希望のように思い、そしてその炎が世界すら焼き尽くす災厄になるかと畏怖したものだ。」


久夜は沈黙した。自分が知っている「力」の天井が、音を立てて崩れていく。

だが、同時に一つの疑問が膨らんだ。目の前で淡々と「化け物」たちの話を語るこの男は、一体何者なのか。


「……話は分かった。だが砕耀、あんたは何者だ。その大剣といい、ただの人間とは思えないが。あんたもその"星"ってやつなのか?」


久夜の問いに、砕耀は歩みを止めず、自嘲気味な笑みをこぼした。


「俺か? ……俺は"星"なんて高尚なもんじゃない。

改めて自己紹介だ。俺は砕耀"冥下"ではそれなりの名が通っていて、"宝玉の主人"と呼ばれてる。俺の能力を知るなら過去を話したほうがいいな。」


砕耀は立ち止まり、自身の胸元……その奥にある「鼓動」を指し示した。


「俺は生まれつき心臓が悪く、5歳まで生きられないと宣告されていた。研究者だった両親は、俺を生かすために天界の禁忌……失われた未来の技術を用いた人工心臓『宝珠のほうじゅのこころ』を俺に埋め込んだ。心臓そのものが宝石のように輝く、禁断の臓器だ」


「人工心臓…?」


「ああ。だが、それは単なる代用の臓器じゃなかった。その心臓は、俺の肉体に驚異的な再生能力を強制する。腕を斬り落とされても、次の瞬間には肉が芽吹き、骨が繋がり、元通りになる。たとえ喉を裂かれようが、俺は死ぬことはない。

禁忌に手を出した両親は、その代償として天界に粛清された。俺は二人の遺志……いや、二人の人生を奪った奴らへの復讐のために生きている。そして、この担いでいる大剣も、その『心臓』を応用して作らせた特製品だ」


砕耀は右肩に担いだ、宝石のような光沢を放つ大剣を軽く振り下ろした。地面が容易く爆ぜる。


「こいつは俺の『宝珠の心』と共鳴している。持ち主である俺と同様、何度砕けようとも再生し、その度に強度が増し、より鋭く進化する性質を持つ。……いわば、俺の肉体の一部と言ってもいい」


「……」


久夜は改めて、目の前の大男を凝視した。再生する肉体と、進化し続ける剣。天理家で磨いてきた「技術」とは全く別次元の、暴力的なまでの生存戦略。


「……天界の人間だった俺が憎くないのか? あんたの両親を殺したのは、俺の一族と言ってもいいんだぞ」


「憎くないわけがないさ。だがな、久夜。お前も言っただろ、破門されたと。一時の感情で動くのは、俺の美学に反する。俺が求めているのは、効率的な『変革』だ。……それに、お前はいい奴だからな。あのガキにダガーを渡した時の顔、あれは天界の連中にはできねえツラだ。殺すには惜しいと、俺の直感が言っている」


久夜は鼻を鳴らし、視線を逸らした。


「ハッ……随分と甘い直感だな。だがいいだろう、その契約、乗ってやるよ。俺は天理久夜。天理日煌ひこうの弟だ。特殊能力なんて持ってねえが……俺の投げる刃は、どんな化け物の喉笛だろうが、必ず貫いてみせる。」


意外にも砕耀は驚いた反応していた。


 「ほう久夜は赫天直属の血筋だったのか、俺はてっきりどっかの権力者の御曹司なのかと思ったよ。なら、尚更破門されたのは不思議だな。日煌が優秀な当主とはいえ赫天の伝統の血を世に離すなんて権力者たちが許すとは思えないな。」


あの時俺に破門を宣伝したのは日煌だった。長老どもや他の権力者たちは何かもの言いたげだったが当主である日煌が宣伝することで黙認するしかない状況だった。今にして思うと日煌が何もしなかったらどんな処罰を受けるかわからなかった。もしかして日煌は自分の味方なのかそんなことが頭をよぎった。

「天に君臨する者として、時には趣味を隠し、他者に畏れられる存在でなければならない……」

分かっている、今はかつて自分の理解者だった兄ではないのだと。

久夜は頭の中の疑問を振り払う。


「兄貴がいる限り赫天の血筋は絶えない。だから俺みたいな”天界”の秩序を乱すものを置いておくより追い出すほうが都合がいいんだろ。」


「…… 良いタイミングだ着いたぞ。」


砕耀は小さなビルの前で立ち止まった。


「ここが俺の家であり拠点だ。 久夜にはしばらくの間ここを中心に活動してもらう。」


失礼には思っているが、生まれて初めてここまで汚い施設に入ることに少しだけ嫌悪感があった。


「”天界”に反逆するのはいいんだが具体的に何するんだ?」


「まあ立ち話なんてあれだ、中に入れよ。腹減ってんだろ、何か作ってやる。」


話しに集中してて忘れていたが空腹だった。恐らく自身が知らないとこで腹が鳴っていてそれを聞かれていたに違いない。


「まじかよ、さっさと入ろうぜ。肉がいいな!」


久夜の反応が気に入ったのか、砕耀はニヤリと口角を上げ建物に入っていった。

外観に比べ建物の中は少し埃っぽいがかなり綺麗だった。

内装のイメージは小説に出てくる探偵事務所そのものだった。


「そこのソファーにでも座って待っててくれ。  あ、飲み物はコーヒーでいいか?」


久夜は横暴な態度でソファーにもたれかかる。


「いいぜ砂糖は沢山入れろよ。」


まるで聞いていないような素振りで淡々と砕耀は作業している。冷蔵庫らしき機器から大きな肉を取り出し味付けをしている。


「どうやって"天界"に反逆するかと聞いたな。俺たちの当面の目標は、天界を支える七つの巨大企業――『七柱ししゅう』を叩き潰すことだ。奴らが天界の富と、監視AI『観令』を管理している可能性が高い。外堀を埋めて、最後に天理家を引き摺り下ろす。……おい、聞いてるか?」


味付けが終わりいよいよ本番に入り極上の匂いを漂わせている肉に気を取られ砕耀の話どころではなかった。目の前にコーヒーと大量の砂糖が置かれていることすら気が付かなかった。


「おい、まさか聞いてなかったのか?……まあ今後の計画については追々伝える。とりあえずこれでも食え。」


久夜の前には素晴らしい焼き加減で調理されたレアステーキが置かれた。

ナイフとフォークを持ち、迷うことなくステーキを食した。


「……おい、まじで美味いぞ」


久夜は思わず声を上げた。

天理家で出される料理はどれも高級で、完璧な調理技術で作られていた。

だが、それらはどこか「義務」のように感じられた。

食べなければならないから食べる。そんな食事。


だが、この肉は違った。

三日間の空腹の果てに食う飯は、どんな高級料理よりも「生きている」実感があった。


「砕耀、お前料理人なれるぞ。"天界"で食った飯のどれよりも美味い。

砕耀のことはまだ完全には信用できないが、料理の腕に関しては誰よりも信頼できる。」


「ハハ、俺が毒を入れてる可能性もまだあるかもしれないんだぜ。」


「それで死んだら悔しいが最後に美味いもん食って死ぬのも悪くないんじゃね。」


「変な奴だな。まあ久夜がいいならいいか。」


一心不乱に肉を頬張る久夜を見て、砕耀は静かに笑った。


窓のない地下。外には星も見えない。

だが久夜は、この暗闇の中にこそ、自分が求めていた「自由」と「真実」が眠っていることを確信していた。



































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