8話 再起動
サーシャは深い眠りの底で未だに恐怖に囚われていた。冷たいコンクリートに打ち捨てられたサーシャの身体。そして皮膚を貫きつつ降り注ぐ雨から守ってくれる人は居ない。足も手も臓腑も朽ちていき、その痛みと腐臭に耐えられなくなったその時、サーシャは目を覚ました。目からは大粒の涙がポロポロと溢れている。その涙を拭いつつ目を開くとそこにはいつもより弱気なカールが悪夢にうなされていた自身の肩を揺さぶる光景が広がっていた。
「サーシャ…?起きたのか?」
そう言いつつサーシャの顔を上から覗き込むカール。パプストとバルツも一緒に覗き込んでいた。ヴォルフだけは何故か彼らの後ろで来客用の椅子に座っていた。
「たっ…隊長。だ…だい…大丈夫ですか…?」
「自分たちの事分かりますか…?」
質問する彼らの顔はいつにも増して温かく、優しいものであった。そんな温もりに包まれたサーシャは思わずその三人の顔を震える手で、自身の胸元に一気に抱き寄せた。
「みっ…みんなぁ!」
それに対し、カールは「うぉっ!」と反応。パプストは「たいちょっ!」と反応した。二人の反応はイメージ通りだったが、何とパプストではなく、元気でしっかり者のバルツが「…!」と声を出せずにいたのは意外に感じられた。サーシャの心の奥に潜んでいた「彼らが受け入れてくれないかもしれない」という考えは杞憂に終わった。そして痛みと苦しみの余韻が残ったサーシャの体に三人の温もりと安堵が染み込んでいった。
(この前は冷たい世界で一人苦痛に耐えていたのに、今はこんなに温かく…。)
三人から直に感じる確かな温もり。サーシャは急な感情の高ぶりにより三人を抱いたまま安堵のこもった大粒の涙を流して、喉の奥からおいおいと泣いてしまいました。
****************************
サーシャの気が済むまで泣くと、三人を抱きしめていた手を名残惜しそうにようやく離した。すると顔を赤らめたカールが聞いてきた。
「あんた…。ほっ…本当にサーシャなんだよな…?」
「疑うの?君の好きな女性候補生当てゲームで確認する?」
「いやっ!お前はサーシャだ!ひと目見ただけで分かった!だからそのゲームの必要はないぞ!」
カールに意地悪する通常運転のサーシャを見てパプストもヴォルフもバルツも安堵の顔を浮かべて笑っていた。
「ほら〜。ゼクレス教官が言ってた通りじゃないですか〜。」
「うっ…うるせぇ!こいつがサーシャのふりしてるだけかもしれねぇじゃねぇか!」
「サーシャ隊長、ごめんなさいねこんなうるさいやつ連れてきちゃって。」
「俺はっ!お前らが見舞いに行きたいって言うから…仕方なく…。」
「えっ…みっ…見舞いに行きたいって言ったのはカール君じゃないですか。」
「言うな言うな!黙ってろ!」
「ひっ…ひぇ~!」
パプストが変な声で鳴いているが、みんな変わらずのようだ。
「そう言えばヴォルフも来てよ。何で一人で後ろにいるんだよ?」
そうだ。まだサーシャはヴォルフだけ抱いていない。
「いえ…。僕は…。」
「来てくれないなんて隊長淋しいな〜。ちょっとぎゅっとするだけなんだよ?」
「そっ…そんなハレンチな!!!」
ヴォルフは女性経験が全く無い。だから皆みたいに顔を覗き込んだりしなかった。恥ずかしいから。しかし「隊に戻りたいのにヴォルフに避けられるのは流石に傷つくな…。」とサーシャが思った時、珍しくパプストが動いたのです。
「ヴォ…ヴォルフくんも、ぎゅってされて…。」
「ちょっと!パプスト!」
背中をぐいっと押されて、慌てて転びそうになったが、サーシャが転びかけたヴォルフを全身で受け止めて抱きしめた。するとヴォルフは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
「どうだ?落ち着くだろ?」
「…はい。…とても。」
ヴォルフに問いかけると少しだけ間を置いてから緊張した声でヴォルフが答えた。
普段は達観しているヴォルフの可愛い所を発見したサーシャであった。そしてヴォルフを抱きしめるサーシャを「えいっ!」とパプストが抱きしめ、それをバルツが抱きしめ、最後にカールが抱きしめて、サーシャ隊はお互いの絆と隊の再始動を感じたのだった。




