7話 救助
私が軍務に就いて様々な事があった。しかし今日のようなことは今まで経験したことがなかった。可能ならば今後経験したくないと思う程だ。
夜間射撃にて怪我をして、医療棟へ向かっていたパプストが私の所に駆けて戻ってきた時から悪い予感はしていた。それ程に彼の顔は焦りと恐怖に染まっていたのだ。
「ゼッ…ゼク…ゼクレス教官!少々お時間いただけないでしょうか!」
彼は私に尋ねた。
そうして彼は私と私に付いてくるカール達を医療棟近くの小屋裏に連れてきた。
そこに居たのはサーシャだった。私は彼(彼女)を担当していた故に彼の身に起きた事を研究主任から聞いていた。しかしそこにいたサーシャは欲望の渦中にあったと見られた。軍服は近くで焼かれてしまい、懐中魔導器も盗まれていた。
私に付いてきたカール達には見せてはならないと判断した私は咄嗟に彼女に教官用防護コートを被せ、カール達に近づかせないようパプストに命を下した。
「パプスト。カール達をここに近づけるな。教官命令だ。」
「はっ…はい!りょ…りょ了解しました!」
カール達はパプストに任せて私はサーシャに治癒魔法を使う。これで現状悪化は防げるだろう。しかし現状を見るに医療棟へ連れていき、大規模魔導器による治癒魔法や適切な医療を受けさせるべきだ。
「カール、バルツ、ヴォルフ。夜間射撃訓練は中断だ。この事を訓練の監督をしている教官に伝えた後、君たちは先に食堂へ向かいなさい。パプストと私は医療棟へ向かう。後で合流する。」
普段は談笑したりする間柄の教官でも三人はゼクレスの険しい顔から事態の深刻さを察し、背筋を伸ばして返事をした。
そうして私と第一発見者のパプストはサーシャを担いで医療棟へ向かったのだった。
「それ程深刻な怪我はしてませんね…。でも彼女の受けた心的外傷は相当なものでしょう。」
「その心的外傷というのは魔導医療や、通常医療でどうにかなるものなのでしょうか。」
私の問に対して医療棟スタッフは険しい表情を浮かべて答えた。
「ここまで酷い被害にあったなら、その記憶は彼女の奥深くまで蝕んでいるでしょう。それに現状では記憶魔法に耐える体力も残っていないと思われるので、記憶魔法による根本治療は不可能です。ですので通常医療の薬物やカウンセリングに任せることしかできません。」
医療棟スタッフの口から出てきたのは私の望む答えではなかった。
(サーシャはこのトラウマに永遠につき纏われ、苦悩しなければならないのだろうか。)
そうして医療棟スタッフと私が思い詰めているとパプストが私の服を引っ張ってきた。
「きょっ…教官。女の子が…。」
パプストを通して私にサーシャが話しかけてきたのだ。
「私…まだやれます…。だから除…除隊には…。」
なんて健気な子だろうか。あの状況から推測するに相当な恐怖を味わっただろうに。
「安心しなさい。軍は君の意見を尊重するよ。」
そう私が答えるとサーシャは安心したのか眠りに就いた。
「パプスト、ここまでありがとう。君のおかげだよ。君が発見していなかったら彼女は死んでしまったかもしれないんだ。後日特別手当が下りるだろう。一旦は隊の皆と夕飯を食べてきなさい。」
そう言ってパプストを食堂に向かわせた後上に報告し、私も食堂に向かったのだ。
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「また同じ天井だ。」
調整の時と同じ部屋で目覚めたサーシャは「起きたら押すように」と書かれたボタンを押した。そうしてやって来た医療棟スタッフに事の顛末を聞かされたのだが、サーシャはあの時の冷たい情景を思い出してしまい、吐き出してしまった。
暫くして落ち着いたサーシャは遅れてやって来たゼクレス教官から幾つか質問を投げかけられた。
「犯人の顔や、人物に見覚えはないか?」
「顔は暗くてわかりませんでした。でも私の名前を知っていたのと、ナンパの邪魔の仕返しだと言ってました。」
「成る程…。」
ゼクレス教官はいつもより優しい口調で穏やかな顔をしながら手元のメモ帳にメモをしていく。
そうしていくつかの質問が終わった後、最後の質問がサーシャに投げかけられた。
「君はこの後どうしたい?軍を抜けてもいい。今回の事件は軍にも原因があるから多額の見舞金や退職金が支払われるだろう。決定権は君にある。何でも通るように調整するから君の要望を知りたいんだ。」
その質問に対する回答はサーシャの中で既に決まっていた。
「隊に…。隊に戻りたいです…。もう…孤独になりたくないです…。」
そう言うと再度サーシャは泣いてしまった。
(こんなことで泣くなんて私はまだまだ未熟者ですね…。)
「分かった。実現してみせるよ。それと犯人逮捕も任せておきなさい。」
「…ありがとうございます。」
そうして部屋を去っていったゼクレス教官の背中は普段より頼もしく感じた。




