5話 変化
3日目の朝を迎えたサーシャ隊は現在ゼクレス教官によって砂まみれにされている。
「っっはぁ…。っはぁ…。」
「おい!サーシャ!魔導兵と言えど味方について行けぬようでは貴様は敵の魔導兵の餌だぞ!死ぬまで走れ!」
死ぬまで走るかゼクレス教官に殺されるかの2択なら前者を選ぶサーシャは走り続ける。
「さー…。いえっさー…。」
他の隊の皆はゼクレス教官と接近戦の訓練だと言われてポイポイ投げ飛ばされていた。
「教官殿!少しは手加減を!」
バルツが必死に訴える。
「手加減?何だそれは!それっ!」
そう言ってゼクレス教官は答える代わりに、バルツの体を軽々と投げ飛ばした。
午前の特訓だけで、もう体が鉛のように重くなってしまったサーシャは皆に研究棟に運んでもらい、魔導力調整を行う事になった。
(私も、みんなとお昼を食べたかったのに…。)
研究棟に着くとサーシャは随分と大規模な装置が設置された部屋に移動させられた。
サーシャは指示の通りに部屋の中央の薬槽に服を脱いで入る。体温と同じくらいに調節された薬槽は薬の成分のせいで、浸っていく箇所がふわふわするように感じた。それはとても心地良いものだった。しかし透明な薬槽越しに周囲の視線を感じ、自身の裸を見られたサーシャは胸の奥がムズムズするような恥ずかしさを覚え、その点だけは心地良いとは言えなかった。
薬槽から出られるのは、初めて懐中魔導器を使った時と同じく、外が真っ暗になる頃であった。
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そんな生活が何ヶ月も続いて、気づけば季節がひとつ巡っていた。午後の訓練には参加できないサーシャと周囲の体力差が顕著に表れだした頃の事である。
「今日は最後のステップになるから、いろいろ装着してから薬槽に入ってもらうね。」
そう言った研究員はサーシャの両手の甲の血管に注射針を刺して外部と接続し、口に呼吸ができるようにするためのマスクを着けて、体の様々な場所に電気信号を検知するパッチを設置した。
「今日は頭のてっぺんまで薬槽に入ってもらうね。」
そうしてサーシャは身体中に様々な装備を付けて薬槽に沈められました。
「睡眠剤の投与を開始します。」
薬槽越しにその声が聞こえると、手の甲からひんやりとした何かが注入され、身体中に浸透していき、サーシャの意識はゆっくりと薬槽の底に沈んでいきました。
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「安定剤の投与30%です。」
「薬槽の魔導濃度を0.7%に増やせ。溢れさせるなよ。」
「安定剤の投与75%到達。」
「薬槽の魔導濃度を1.0%に。」
「安定剤投与終了。増幅剤の投与を開始。」
「いいなお前ら今から俺たちは理論を現実にするのだ。気を引き締めていけ。」
その言葉に部屋中の研究員が背筋を伸ばして返事をした。今から前人未到の偉業を成し遂げるのだ。
「増幅剤10%到達。」
「各種電気信号若干の反応を確認。」
「構わん続けろ。」
「増幅剤25%投与完了。」
「各種電気信号依然として不安定です。」
「増幅剤投与量30%到達しました。」
「各種電気信号大幅に振れています!」
研究員の一人がそう叫ぶと周囲には緊張感が走った。
「増幅剤投与中断!増幅剤投与中断!」
「主任!どうしますか。」
「投与をやめていいと誰が許可した。投与を続けろ。…まだまだ動くぞ。」
「主任!被検体の血中魔導濃度不安定化!」
「構わん。」
「しゅ、主任!被検体の魔導崩壊の兆候を確認しました!」
研究員の一人が助けを乞うように主任と呼ばれる人物に報告した。
「よし。崩壊が50%まで進んだら被検体に遺骸を投与。遺骸を投与後、ありったけの安定剤を投与し、魔導資格保持者は被検体に治療魔法を照射しろ。」
「崩壊50%到達!遺骸を投与します!」
「よし、治癒魔法照射!安定剤急げ!」
一連の実験が一段落した時、研究員の一人が主任に尋ねた。
「主任…。これ大丈夫ですか?本部にバレたら俺たち軍法裁判待たずして消されませんか?」
そんな質問に主任はあきれたような表情をながら答えた。
「もちろん消されるぞ。まっ、消されたくなければ精々頑張って隠蔽するんだな。」
「そんな無責任な…。」
研究員が主任の発言に落胆していた時、再度部屋に研究員の声が響いた。しかし緊急性を孕んだ声ではなくただの報告だ。
「遺骸投与完了。安定化を投与開始します。」
「よし、薬槽の魔導濃度を10%まであげろ。」
暫くして、また主任に報告があった。
「主任。被検体の状態が安定化しました。」
その言葉を聞いて部屋の中の全ての研究員が安堵の表情を浮かべた。
「わかった。後は再構築待ちだ。実験は成功したようなものだ。私は先に帰ってるから、なんかあったら呼びたまえ。」
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サーシャが意識を取り戻したのは薬槽ではなく医療棟のベッドだった。窓から見える空には空を紅く焼く太陽が輝いていて、その太陽の元、演習場で訓練をするサーシャ隊が見えた。
「起きたようだね。よかったよ。もう起きないんじゃないかと心配で心配で…。大丈夫?自分が誰だかわかるかい?」
そう話しかけてきたのは魔導力調整の時お世話になったお話好きの先生だ。
「調整中に君の魔導力が一気に崩れかけてしまったんだ。危なかったよ。でも主任が…その…強引に助けてくれたんだ。」
「成る程…?」
「そうそう。再構築のせいで君は人格以外全て変わってるから自分の目で見て確認したほうが良いよ。ほら鏡と新しい服を置いておくから。それじゃぁ僕は失礼するよ。」
「あっはい。ありがとうございます。」
重要なことだけ言って彼はそそくさと病室を後にした。
「主任。あれで良いですよね?」
「まぁ…妥協点かな。」
「それにしても彼…でいいんですかね?彼は自らの状況を受け入れることはできるでしょうか…。」
「大丈夫だ。受け入れられないなら大規模魔導器で記憶を少し『整える』だけだ。誰も違和感を持たないようにな。」




