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4話 火種

夜の暗く澱んだ演習場に場違いな、まとわりつく様な声が響いている。音の出所へ恐る恐る慎重に近づくと、二人の男と一人の女性候補生の姿があった。


ナンパを仕掛ける男達の軍服の着こなしは非常にだらしなく、そこに緊張感や使命感は微塵も感じられない。そして相対する女性候補生は明らかに怯えており、なんとか距離を取ろうとしていた。


「つれないなぁ〜。せっかく僕達が声かけてるのに。」

「そうですよ。そんなに僕達のこと避けなくてもいいじゃないですか。」


しかし二人の男は女性候補生の肩に手を回してそれを妨害する。


男達は距離を徐々に詰めていく。女性候補生はその手を払い除け、その場から離脱しようとするが、男達はそれを許さず、逃げ道を塞ぐ。


なんせ彼らの目的は単なるナンパではない。


女性候補生の腰元に下げられた懐中魔導器の奪取が男達の一番の目標であり、何度も男達の視線が胸元へと向けられている。


懐中魔導器はグレムシア帝国が誇る最先端の魔導工学の結晶であり、軍用モデルは一般市場には決して出回らない。しかし、魔導兵から奪われた軍用モデルは、コレクター間で「特別な贈り物」として密かに高額で取引されている。


「本当にやめてください!いい加減にしないと教官に報告しますよ!」


震える声でそう叫ぶ女性候補生に対し、男達は軽く笑い飛ばしただけだった。


「ははっ、報告できるかな〜?」

「は〜い。ちょっと触らせてもらいますよ。」


男の手が女性候補生に伸ばされる。このままでは彼女の懐中魔導器は奪われ、彼女自身も無事では済まないだろう。


(助けないと…!)


サーシャは心に決め、携帯魔導器に手を添えた。首元に魔導器を突き立てて霧魔法を使用する。


(痛った…。)


首元に耐え難い痛みが走り、携帯魔導器が光り、小さな音を立てて作動した。


―カチッ…キーン…


濃い赤色の、重たい霧が辺りの地面から噴き出した。すると瞬く間にその場を覆い尽くし、視界を奪った。

 

「なっ…なんだこれ!?」

「見えねぇ!どこ行きやがった女ぁ!」


男達の慌てた声が霧の中に響く。

サーシャは迷う事なく霧の中へ踏み込み、女性候補生の腕を強く掴む。


「走って!」


方向感覚だけを頼りに、一直線に霧の中を駆け抜ける。足音や、息遣い、背後から聞こえる男達の怒声、それらを自身の心音がかき消した。


霧を抜けてもサーシャは、女性候補生の手を引いたまま寮へ向かって走り続けた。男達が霧を突破する前に、安全圏の寮に向かって走り続けた。



****************************



「…大丈夫ですか?」


寮に入ると、サーシャは足を止めて尋ねた。


「ええ……大丈夫。ありがとう。」


女性候補生は深く息をつき、安堵の表情を浮かべた。そしてポケットから数枚の紙を取り出し、サーシャの手に押し付ける。


「これは感謝の気持ちよ。売店で使えるから、皆とお菓子でも買ってね。」


そう言い残し、彼女は自分の分隊の仲間の元へと去っていった。サーシャはその背中を見送り、クーポンをポケットへしまう。


その後、指導役の教官に一連の出来事を報告し、少し遅れて食堂へ向かった。


「おーい! サーシャ! こっちだぞー!」


食堂に響き渡る大声でサーシャを呼ぶ声がする。声の主は、やはり予想通りカールだった。彼は大きく切り分けられたシュニッツェルを頬張りながら、手を振っている。


「カール君〜? 行儀悪いですよ〜」

「そ、そうですよ……いい子にしないと……ゼクレス教官が来ますよ……」


ヴォルフとパプストに注意され、カールはびくりと肩を震わせた。


「これあげたら許してくれるかな……」

「ゼクレス教官は大食いだから、もっとあげないと無理じゃない?」


そう言ってサーシャが席に着くと分隊は全員集まった。


「とりあえずこれでサーシャ隊は全員集まったな!」

「なにその名前、恥ずかしいんだけど。」

「はぁ? 俺のネーミングセンスをバカにするのか?」

「ちょっと…二人の仲が良いのは分かったから落ち着いて…。」


そのパプストの一言で、皆が笑い出す。


その後は、今日あった出来事の自慢や愚痴が飛び交い、食堂は賑やかな空気に包まれた。食事も終盤に差し掛かった頃、パプストが思い出したように口を開いた。


「そうだ…僕…教官に褒めてもらって、ご褒美にクーポンもらったんです。…だから…売店、行きませんか…?」


その言葉を聞いて、サーシャもポケットの中のクーポンを思い出す。


「いいじゃん!私もクーポン貰ったから、いっぱい買っちゃおう!」

「よっしゃ!売店のお菓子はサーシャ隊のもんだ!」


こうして彼らは売店で大量のお菓子を買い込んで、部屋へ戻った。部屋の中にはお菓子の甘い匂いと笑い声が満ちている。皆は談笑し、シャワーを浴び、就寝の準備を整える。


(え〜っと…。明日は候補生も体力づくりに参加するんだっけ…。)


サーシャは医療棟の先生から渡された安定化の薬を忘れずに飲み、ベッドへ身を沈めた。首元の痛みも、怒涛の出来事の連続だった今日も、少し遠のいていくように感じた。

揉める声を聞いたサーシャは声の元へ近づいた。ナンパであることに気付くと霧魔法を使って救出し、御礼を貰う。

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