3話 懐中魔導器
「カチッ…カチカチッ…」
サーシャは採血を終えて、専用の懐中魔導器の調整の最中だ。この調整が終われば魔導濃度の低下を抑え、過剰な出血を防ぐ魔導兵用の軍服を着て試験運用をする。
この後は、魔導器が所有者と噛み合うかを調べる注血検査だ。懐中魔導器に血を流すが、あくまで検査なので魔法として放出する事は無く、使用者の血に魔導回路が反応するかのテストである。
「サーシャ候補生。調整が終わりましたよ。」
そう言ってサーシャに渡された懐中魔導器は懐中時計より少し大きく、特徴的な注血口が備えられていた。
「ありがとうございます。」
懐中魔導器を調整してくれた研究棟スタッフから懐中魔導器を受け取ると、それは予想以上に重く、サーシャはそれに驚いたような反応を見せた。
「良いですか?まず注血口を露出させます。そしたらば、試験教官が場所を詳しく教えてくれるのでそこに懐中魔導器をセットして下さい。最後に懐中魔導器をグッと押し込んで鎖骨下静脈から注血をするんです。」
研究棟スタッフは丁寧に懐中魔導器の使い方をサーシャに伝えた。サーシャはメモを取りつつ使う際のイメージをした。
「ありがとうございます。」
使用方法は、首元に刺すだけ。魔法を使うには一度に大量の血を必要とするため首元に突き刺して使用し、目的の魔法を発動した後に治癒魔法を傷口に施して処置する。一度に大量の血を消費するため、一日に五回の使用までと制限がかけられている。
サーシャは試験教官に申請し、魔導器をセットする位置を詳しく教わり、注血訓練を開始した。
「注血始め!」
いざ本番の注血となると不安と恐怖がサーシャを襲った。しかしサーシャは「戦場で迷っていては殺されてしまう。」と意を決して懐中魔導器を突き立てた。
「うっ…がっ…。あぁっ…。」
声を抑えようと歯を食いしばるも勝手に声が出てしまう。
(いってぇ…。)
突き刺した瞬間視界は白くぼやけた。痛みに耐える自身の声や懐中魔導器の駆動音は、自分が脈打つ音にかき消され、首元の痛みの感覚だけが残った。
魔導服のお陰で過剰に出血することは無いが痛みは消えない。
サーシャが注血を開始してから3秒近く経過した。今回は魔導回路の反応を確認するだけなので魔法を発動する必要はない。
注血を終えたサーシャは懐中魔導器を確認する。
「カチッ…キーン…」
その音と同時にサーシャに安堵が広がった。しっかりと魔導回路が反応して音と青い光を確認した。成功だ。音と光を確認した瞬間、ピンと張り詰めていた緊張の糸が切れ、サーシャは倒れ込むように椅子に座った。
試験教官の指示通り安静にしていると、先程突き刺した所からは少しだけ血が流れ、ジーンとした不快な余韻に包まれた。そのうち魔導服の保護魔法により血は止まるそうだがこの不快な感覚は中々消えなかった。
実戦では魔法発動時に少し血を懐中魔導器に残して、その血で治癒魔法を使うそうだが、今はまだ教わっていないので魔法は使えない。故にサーシャは、しばらくの間この魔導服に守られながら治癒を待つしかない。
「ウッ…!」
うめき声のあと、隣の女性候補生が崩れ落ちた。
緊張の糸が緩みきっていたサーシャは目の前で起きた衝撃的な状況を飲み込めず、とりあえず助けるために女性の首元の出血を抑えようと動こうとした瞬間、試験教官が懐中魔導器を自らの首元に刺し、候補生に対して治癒魔法の行使を開始した。
「今のうちに医療棟の先生を!」
治癒魔法と圧迫で出血に対処している試験教官が会場に響く大きな声で叫んだ。先程まであたふたしていたスタッフ達は向かいの医療棟へ向かって走ったり、救急箱を準備したりとそれぞれ最善を尽くした。
****************************
結論から言うと彼女はそれ程酷い状態ではなかったそうだ。初めての注血だったための事故だそうで、想像を上回る痛みと緊張によって気を失ってしまったらしい。
今回の件は懐中魔導器を使う上で頻発する事象らしく、防止策は懐中魔導器が痛みによる感情の高ぶりを利用する性質上ほぼ無く、何度も使用して感覚を掴む事くらいしかない。
この騒動が原因で魔導濃度調整の開始時刻は大幅に遅れてサーシャの番が来る頃にはすっかり日も暮れていた。
「サーシャ候補生。二番の部屋へどうぞ。」
そうしてサーシャを迎えたのは小太りの眼鏡をかけた中年の男だった。
「えーと、魔導濃度調整についてなのだが、君の場合は超高濃度と低濃度を行ったり来たりするタイプの魔導不安定状態でね…」
小太りの男はサーシャのように不安定な人は珍しいタイプだと語り、その危険性を説いた。曰く想定を超える魔導力が懐中魔導器に流れやすい状態であり魔導暴走の危険性が他人より高いとのことだ。そしてその危険性を引き下げるために魔導力を安定させる必要がある。しかしサーシャの場合は珍しいタイプな上に対応が難しく、日々安定化薬剤を服用して、薬槽に浸かることで肉体的な魔導力安定性も向上させる必要があるのだそうだ。
「君みたいな大幅に振れる魔導濃度調整は大変なんだけど、普通の子に比べて数回だけ魔法使用可能回数が増える事があるんだよ。でも不安定過ぎるから調整も細心の注意をしつつ万が一に備えながらの調整になるんだけどね。ちょっと面倒に思うかもしれないけどよろしくね。」
「はい。大丈夫です。丁寧にご説明いただきありがとうございます。」
(これから暫くお昼は一人で食べることになりそうだな…。)
とりあえず調整終了まで毎日、サーシャはお昼の時間に医療棟まで行かないといけない。そうして寮まで歩みを進めていると何処かから揉めている声が聞こえてきた。
サーシャは懐中魔導器の使用方法を教えられた。首元に懐中魔導器を突き刺して血液を充填するという使い方だ。その後魔導力の安定化の一連の流れを説明され、毎日薬槽に浸かる必要がある事と薬剤の服用を知らされた。しかし寮に戻る途中で揉める声を聞く。




