29話 司令部強襲
主電源室で隠密部隊たるC中隊は大隊長からの指示を待っていた。
この作戦は陽動部隊が地下通信路を確保し、各要塞間の人員の移動を絶ってから行われる。
二つの大きな爆発音が響き、主電源室の扉の向こうの司令部で怒号の混ざった悲鳴が聞こえる。恐らく陽動部隊が弾薬庫に強襲したのだろう。やがて地下通信路まで浸透し、隠密部隊の出番がやって来るはずだ。
扉の向こうで響いていた慌ただしい足音が減った頃に通信兵が告げた。
「大隊長からです。『強襲部隊作戦成功。陽動部隊の作戦を再開』」
C中隊は互いに目配せをし、司令部強襲の作戦を再開した。
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真っ先に発電室を出た第一小隊は発電室の扉の前に立っていた憲兵一人を締め殺し、司令部への暗いコンクリート製の階段を登っていく。
司令部には明らかに階級の高そうな服を着た男と通信兵と見られる四人の合計五人が残っていた。陽動部隊のお陰で憲兵すら出払っていた。
「カール・バルツ・ヴォルフ・パプスト、右を任せた。私は左の司令官を制圧する。」
サーシャは司令官の生け捕りを画策し、四人に告げる。
「ドジるなよ。」
カールはサーシャに心配を皮肉で包んで伝えたが、サーシャは腰のMerwin & Hulbertに手を添えて答える。
「任せな。」
カール・バルツ・ヴォルフ・パプストの四人全員が小銃を構えて準備を整える。その手に震えは無く、面持ちからは覚悟と決意が見て取れた。照準を合わせ終わったことを確認するとサーシャは小さな声でカウントを始め、自身も覚悟を決める。
「3、2、1…」
そのカウントが終わると同時に皆が小銃を撃ち、手を震わせて通信を行なっていた四人の通信兵は凶弾に倒れた。
―!?
司令官が発砲音に気付いて振り返った時にはもう遅かった。サーシャのMerwin & Hulbertが自身へ向けられていた。
「大人しくしておくのが、お互いの身のためですよ。」
サーシャの冷たい声に、司令官は突然の出来事に考える間もなく、両手を挙げて投降した。
「ベルメール。拘束しておけ。」
司令官をベルメールに拘束させ、C中隊がリュミエール総司令部の中枢を占領すると、サーシャは第一小隊を引き連れて、司令部残存兵力の殲滅および司令部全域の確保の為に、高級兵舎・予備通信室・医務室へ駆けて行った。
―ダッダッダッ…ピンッ…
高級兵舎や予備通信室には通りざまに手榴弾を投げ込んで殲滅する。
「うわっ!」という断末魔が聞こえるが、爆発音が掻き消す。手榴弾を投げ込むサーシャに、塹壕戦の時のような躊躇いは既に無い。ただひたすらに敵を殲滅する。
司令部の各所を繋ぐ広い通路を通り、殲滅する最中では、散発的な抵抗があったものの、それらの敵兵の鉛玉が第一小隊を止めることは出来なかった。
しかし躊躇を捨て、進撃を続けるサーシャにも問題はあった。医務室だ。
戦闘能力の無い人間は兵ではない。故にサーシャ達には殺せない。サーシャ達は犯罪人ではなく兵である。
医務室前の扉で目で指示を出す。「兵のみ殺せ。」それはサーシャが日頃から徹底していたことである。武器を構えれば兵、武器に手を伸ばせば兵。いくら医療に従事する衛生兵であろうと兵と成らば撃ち殺せ。小隊の皆は理解していた。
―バァン!
一呼吸置いてから大きな鉄の扉が蹴破られる。それと同時に小隊がなだれ込む。
部屋の中の全員の視線が集まり、「遂にか…」等と感じているであろう表情を浮かべる。薄暗く、湿った医務室には死臭と呻き声が跋扈しており、とても衛生的とは言えないものだった。
扉に照準を合わせていた敵は即座に第一小隊からの銃火を浴びてフォラール衛生兵の治療、若しくは特殊清掃の負担を増やす。
「全員手を挙げろ!選べ!投降か死だ!」
サーシャが小銃を構えて告げる。
サーシャの両側に展開した第一小隊は再度、衛生兵やベッドの負傷兵に照準を合わせて先程の様に兵を殺す準備を済ませる。
唐突に現れた敵兵に幾人かの負傷兵と衛生兵は咄嗟に拳銃を構えようとしたが、その拳銃は本来の仕事を果たす前に所有者の手を離れる。
数人の兵を排除したサーシャは身体検査と武装解除の為に告げる。
「拒否は抵抗と見なす!全員地に伏せろ!」
小銃と死を突き付けられた彼らに拒否権は無い。ただ命令に従うだけだ。
フォラール兵が地に伏せると身体検査の後、彼らの武装を解除した。
「Un singe sans un gramme d’intelligence…」
ボソボソと呟く声が聴こえるも、その内容を理解できるものは第一小隊に居なかった。
司令部の制圧が終わると、中隊長は生け捕りにした司令官とフォラール語を話せる兵を使い、全要塞を壊滅させる為の無慈悲な作戦を決行する。
シュポアは要塞内の地図を確認し、陽動部隊と地上軍で要塞内を殲滅出来る様に、フォラール兵の退路を断てる様な開閉箇所を決める。そして司令官に有線通信で開閉を指示させる。
「Début de l’isolement des deuxième et troisième forteresses.
Fermez immédiatement A4, C2, C3, E1, E2, E3 et E4, et ouvrez A1, A2, A3, C1 et C4.
(第二第三要塞の隔離を開始。即時にA4,C2,C3,E1,E2,E3,E4を閉じ、A1,A2,A3,C1,C4を開け。)」
司令官は自らの兵を自らの手で死地に追い込む事を理解しつつ、震えた声で伝声管に淡々と隔壁操作を指示する。指示を受け取った兵は司令部が既に落とされ、自らに死を強制させる命令だなんて考える事すらできないだろう。
一方その頃、サーシャは医務室の奥へと押し入り、いろいろな薬品の小瓶の中から一つの小瓶を取り出した。サルファ剤だ。医務室制圧までの道中で反撃に遭い、負傷したベルメールやバルツを含む数名の負傷者は司令部中枢の床に安静にされている。
治療が必要だが魔導兵は大型魔導器の使用により魔導濃度の補充無しでは魔法の使用がほぼ不可能である。
故に傷口からの感染を防ぐ為のサルファ剤が必要だったのだ。
「傷口は?」
サーシャはサルファ剤を傷口に振りかける。現状治療は出来ないが、こうすれば幾分か生存率が上がる。死因の四割を占める感染症を断てば、また共に同じ隊として活動できるかもしれない。
「あれっ…?バルツは…?」
ある程度の処置を終え、医務室制圧前にフォラール兵の抵抗で負傷したと聞いたバルツに処置をしようとしたのだが、その場にバルツは見当たらない。
「バッ…バルツ君は…。」
普段より弱気なパプストがサーシャに応える。
「バルツ君は…奥の未使用の高級兵舎に…。」
ただならぬ予感を感じたサーシャは、左手でサルファ剤の小瓶を強く握りしめて強い血の匂いがする司令部中枢の奥へ向かった。




