2話 軍隊生活開始
夕方の帝都を進む魔導牽引車に揺られ続け、酔いを感じながらも、サーシャはついに帝都ベンベルグの目的地へと辿り着いた。車両がベンベルグ川沿いの特別徴兵集結所で止められると、迎えの若い高官が前に歩み出て声を響かせた。
「ここが帝都ベンベルグだ。貴様ら魔導候補一期生は、すぐそこにある試験大隊寮で共同生活を送り、鍛錬を積む事になる。魔導兵の先駆けとして有用性を示し、皇帝陛下の正義の執行のための剣となるのだ!」
そして若い高官に比べると、幾分か優しい口調で部下が詳細な説明を付け加える。
「魔導適性の結果に関係なく、全員まず寮へ向かってもらいます。寮番号などの詳細は司令所で個別に案内しますので、年齢・氏名・アレルギーの有無を魔導適性検査報告書に記入して準備しておいてください。」
サーシャはいよいよ従軍生活が始まるのだと思い、背筋がピンと伸びた気がした。
寮へ案内されて扉を開けると、壁際に二段ベッドが三つ並ぶだけであり、定員は六名の簡素な部屋であった。設備も水道とトイレが備え付けられているだけの最低限のものだった。この部屋にサーシャを含め五人が暮らすそうだ。
そして偶然なのかは解らないが、幼馴染のカールも同じ部屋だった。
「私はバッハハイム出身のサーシャです。魔導候補生です。よろしくお願いします。」
「俺もバッハハイム出身のカールだ!シュタイナー・カール。サーシャとは幼馴染なんだ。よろしくな!あ、俺は非候補生だぞ!」
取り合えす挨拶を一通りしたところ、サーシャとカール以外の三人はかなり好印象だった。背が高くて元気なバルツ、見るからに病弱そうだが優しそうなパプスト、そして常に笑顔のヴォルフ。皆が非候補生で、この部屋の五人で一組の分隊を組むとのことだった。候補生はサーシャ一人だ。
(どこも候補生は一人だけなのかな?)
荷物の整理が終わったサーシャは、そんな疑問を抱きつつもベランダから夜のベンベルグの街並みを見ながら夕食までの時間を過ごした。水と調和した華やかな公園。川の側に敷かれた古い石畳の道。噂の通りに美しい都市であった。今が夜でなければもっと綺麗だっただろう。そうやってバッハハイムと全く異なる外の景色を眺めているとパプストがサーシャに話しかけに来た。
「サッ…サーシャくん?」
「どうしたんです?」
「…っ。その…そろそろ食堂行きませんか…?」
「いいですね。そろそろ行きますか。」
吃音気味な彼の手を引いてサーシャ達は寮の隣の研究棟一階にある食堂へ向かった。
しかしそこで出された料理にサーシャは目を疑う事になった。贅沢品とされる白くふわふわのパンと、肉が大量に入ったビーフシチューが提供されたのだった。これらの食品は軍部が新兵の勧誘のために力を入れている取り組みである。軍部は贅沢品とされる食品を始めに、安定した衣食住の提供に力を入れていた。
そうして提供された食事を終えて点呼を終えたサーシャ達は慣れない従軍生活の初日を終え、一行は眠りに就いた。
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三日後の朝。
「…ろよ。おーい。起きろよ、サーシャ。」
カールに起こされたサーシャはその眠そうな目を擦り、朝の支度を始めた。
「さっ、かわい子ちゃん。お兄さんとお食事なんてどうかな?」
「君は相変わらずだね。まぁ行くけど。」
朝からエンジン全開のカールと共に食堂にて食事を済ませた後、二人はそれぞれの予定通り行動する。
候補生の今日の予定は懐中魔導器と魔導濃度調整である。
懐中魔導器は、我がグレムシア帝国の最先端魔導工学の結晶であり、魔導力を魔法に変える装置だ。絵本におけるの魔法の杖の代わりだと考えればわかりやすい。また、一度に大量の血を使うため首元に突き刺して使用し、目的の魔法を発動した後に簡易治癒魔法を傷口に施す。一度に大量の血を消費するため、最後の簡易治癒魔法を除き、一日に五回の使用までと制限がかけられている。
そして魔導濃度調整は、一部の魔導濃度が不安定な候補生のために実施される。魔導濃度が不安定だと、魔導器に流れる魔導力が安定せず、想定外の爆発や治癒魔法の失敗といった悪影響を及ぼすからだ。
一方で、カール達のような非候補生は一日中体力づくりだそうだ。そんなカールがサーシャに愚痴をこぼす。
「あーあ。俺も懐中魔導器みたいなかっこいい武器が欲しいのになー。」
「でも君もライフルを持つんでしょ?」
「わかってないなー。ライフルと懐中魔導器はカッコよさのジャンルが違うんだよ!」
カールの言うことは理解できる。流血の代償があるとはいえ、魔導兵の使う魔法にはライフルにはない特別な華やかなイメージがあるのだ。
「そう言えば雑談してて良いの?遅れるよ。第二演習場までは遠いんじゃなかった?」
「そうじゃん!行ってくるわ!」
そう言うとカールは、第二演習場へ向けて猛ダッシュで向かっていった。サーシャも研究棟へ向かい始めた。
するとタッタッタッと廊下の奥の方から、手を振りながら研究棟スタッフが走ってきた。
「おーい!サーシャ候補生!丁度良かった。連絡漏れがあってだね、君は魔導濃度調整対象者だからね。すぐ補強に来てくれよ。」
「はい!承知しました!」
随分と陽気なスタッフだったが、その知らせはサーシャに少しばかり不安を抱かせた。




