26話 死体の上に
「おい!通信兵は何をしてる!」
銃声と砲撃の音にも負けない大きな声が響く。
「本部出ません!恐らく砲撃で通信線が切られました!」
「ならその使えない通信機器は置いて走ってこい!内容は『線路確保するも線路の損傷激しく、追加の工兵と線路敷設装備を求む。』それと予備の大隊も連れてこい!」
「了解です!」
男は走って後方に重要な伝令を伝えに行く。この伝令が届かなければ線路の修復が出来ず、装甲列車など呼べない。
男は未だに続く野戦砲や要塞に設置された機関銃の攻撃を身を屈めて避ける。死体に足が取られ、片足を沼に沈めたがなんとか脱出して走り続ける。
前線の地面は酷いものだ。死体の山もそうだが特に酷いのは底なし沼だ。普段のこの時期は雪が降るというのに、未だ雨が降り続けている。その雨が草木が枯れた大地に降り注ぎ、沼を作る。沼は数多の人の命を呑み込む程深く、見た目だけで危険な沼を見分けることなど出来ない。
男はなるべく死体が散乱している道を進む。死体が沈んでいないということは、そこが底なし沼でないことを示している。
男は共に戦った戦友の遺体を踏み付けて駆け抜ける。その感覚は自身が踏み付けられる側になっても忘れないだろう。
後方に到着した頃の男は血と汗と泥に塗れ、形容しがたいほど醜い姿だった。しかし男の伝令を聞いた本部は、線路防衛用の大隊と線路敷設装備を持たせ工兵をすぐに準備した。
最初は線路防衛用の大隊のみが送られた。大荷物の工兵の大部隊は的にされないように、夜の出発となった。木板の道をぬかるんだ道に敷いてから線路敷設装備を運ぶらしい。
防衛用の大隊が出発してからしばらくした頃、遠くから重く冷たい要塞砲の音が響いた。
―ズゥン…ズゥン…
それは本部や前線の部隊へ届ける補給部隊の壊滅を知らせた。
「くそっ…忌々しい砲め…また補給隊を再編せねばならんのか…。」
その声には怒りによく似た疲労と消耗が潜んでいた。
本部の灯りは何日も消えることは無く、忙しなく人影が駆け回った。
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夜の道は想像以上に危険だ。木板の道を踏み外せば底なし沼に溺れて死ぬ。線路敷設装備を持って重くなった身体で抜け出すことなど不可能であり、それは救助する方も同じである。
故に木板の道から滑り落ちた哀れな工兵はもがき、助けを求めるも隊には見捨てられて溺死する。
多くの工兵の死があったが線路敷設装備は前線まで送り届けられた。生き残った工兵は破壊された線路の修復を始め、装甲列車が行動する基礎を築く。
線路は、敵の要塞砲が俯角不足で砲撃出来ない丘の窪地に要塞を取り囲むように敷設されている。ここに装甲列車を呼べば敵の野戦砲や要塞砲は一方的に破壊され、切り札の飛行船艦を呼べる。
飛行船艦が呼べたら、この第一収束作戦は成功したと言っても過言ではない。飛行船艦の直接照準砲撃で要塞を吹き飛ばし、爆撃機部隊が敵を生き埋めにする。
そうこうしている内に夜は明けてハエのたかる死体に陽光が差した。戦場に差す陽光は戦争の悲惨さを説いているのだろうか。しかし戦争は続き、更に熱を増す。
線路は使用できる状態まで回復し、通信線も引き直され、遂にロドミア帝国に装甲列車を要請できる。
「本部。線路の修復完了。装甲列車を要請してくれ。」
「了解。待機中の装甲列車を要請しておく。ロドミア帝国の装甲列車の『フョードル』と『ロドミア』、ゼフラド帝国の装甲列車『セリム』と『ムラト』が到着する予定だ。到着までの時間待機せよ。」
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線路の先から、唸り声によく似た轟音が聞こえ始めた。その声は、ぬかるんだ地面を震わせ死臭の漂う戦場を切り開く。
やがて朝日を背に、黒く濃い煙を吐く鉄の巨人がゆっくりと姿を現した。ロドミア帝国式装甲列車「フョードル」と「ロドミア」だ。
分厚い装甲で覆われたその車体からは自身に仇なす者を駆逐する機銃と対空機関砲が、立ち塞がる巨石を粉砕する巨大な砲が、無言で前方のリュミエール要塞を睨んでいる。
そしてロドミア帝国の装甲列車に続いてゼフラド帝国式の装甲列車「セリム」と「ムラト」が到着した。
移動要塞と称しても遜色無いほどの重武装のその列車は、ロドミア帝国式装甲列車の砲が小さく見えるほど巨大な砲を備えていて、防御には旧式の戦艦に使用された装甲を使用し、機関銃や対空機関砲を装甲の隙間から覗かせている。
ここに陸地で運用される最大級の砲が集結した。
二つの帝国の装甲列車は設計思想や武装は違えど、装飾を削ぎ落とした無骨な姿は何処か似ていた。
黒金の巨人を目前にした末端の兵は思わず小銃を下ろした。
誰も声を上げようとせず、誰も動こうとしない。
その場に歓声は無かった。ただ巨人が大地を踏みしめる金属音と、巨人の黒い息遣いのみが響いた。
皆が大陸同盟の勝利を確信した。これほどの力があればマレイストは消し炭に出来るだろう。
線路警備にあたっていた兵は眼前に出現した最新の兵器に釘付けであった。今まで剣で斬り合い、弓で相手を貫くのが戦争だと思っていた。しかし、その巨人の放つ熱と鼻を突く油の匂いをまとう鉄の塊は己の無力さを説き、悟らせた。「戦争が人の手を離れて来ている」と。
兵はただひたすら、制御の効かない戦争の行方を見守ることしかできなかった。




