25話 等価交換
「大戦果です。先日の西部方面軍第二軍による大規模攻勢は、南方マレイズム戦線を大きく押し戻しました。海洋同盟はサン・リュミエール川西岸まで撤退。大陸同盟はジワジワと戦線を突破しています。
最早勝利と正義は我々の手中にあるも同然です。」
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「たっ…隊長…。聞きましたか?南方の第二軍と二重帝国軍がリュミエール川まで押し込んだって…。」
「聞いたよ。大規模な飛行船艦の展開と爆撃で木っ端微塵にしたらしいね。
第一軍担当の戦域も第三軍やロドミア帝国軍に配置交代が終わりそうって聞くし、そろそろ私達も作戦開始じゃない?」
大陸同盟は飛行船艦を用いた先進的手法にて、リュミエール要塞南方の海洋同盟軍をリュミエール川の対岸まで押し込んだ。
また、新造された飛行船艦を合わせた総勢十八隻の飛行船艦を用いて追撃をする事も決まった。作戦は既に実行されていて、海洋同盟軍は部隊の多くを南方へ送る決断を迫られた。
そして今まで第一軍が担当していた戦域も第三軍や大陸同盟軍が防衛・警戒を引き継いだ。第一軍はリュミエール要塞の攻略のために集結し始めている。
海洋同盟の視線が南方の戦域に釘付けになっている今、第一軍はリュミエール要塞の攻略作戦、「第一次収束作戦」を開始した。
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青く澄んだ空には鳥すら飛んでいない。鳥のように見えるのは全て海洋同盟の観測用飛行機であり、それを見る者に砲撃を届ける配達者である。
「おい、俺らなんでこんな捨て駒みたいな役をやらないといけねぇんだ?」
雨でぬかるんだ塹壕で男はため息交じりにそう言った。泥に塗れた軍帽を深く被り死を待つ男に許されたことは、戦場の血と肉が腐った匂いと火薬の匂いを感じることだけ。足は雨と寒さで感覚がなく、左手の指は多くが壊死しており親指と中指しか残っていない。
「仕方ないだろ。俺らみたいなのは逃げて罪人として死ぬか、突撃して英雄として死ぬかの選択肢しかねぇんだから。」
そう返す男も満身創痍だ。右腕ごと無くなっていて、装備は左手だけで扱えるサーベルと拳銃のみ。死体と見分けがつかない二人は互いの運命を嘆き合った。
そんな自身の置かれた惨状を嘆くような会話は塹壕の至る所で交わされている。二人の会話は数多くある同じような話の一つに過ぎない。
二人は大きくため息をつく。それは迫る自身の死に対してだろうか。それとも腹の奥底に巣食う恐怖を外へと吐き出すためだろうか。
「おい、そこ!着剣だ!砲兵隊の砲撃終了とともに突撃を敢行するぞ!準備急げ!」
彼らの上官が指示をする。彼もまた英雄と罪人の選択肢しかない事は皆が知っている。前線の将校なんて普通の兵より死にやすい役目だ。
「偉大なる帝国兵士よ!死すらも超えてみせろ!
帝国で待っている家族は勝利と英雄の誕生を待ち望んでいる!
帝国よ!皇帝陛下よ!全ての上にあれ!」
上官の、その激励の言葉は何度も聞いる。もう聞き飽きた。家族を思い出せと言われても顔はもう覚えていない。家族も男の顔など覚えていないだろう。唯一覚えてくれているとしたら自身が運命を共にしてきた小銃だろう。
「ああっ…。」
隣の兵が歯をガタガタと震わせている。目は完全に開かれ、小銃を抱きしめて母親を呼んでいるが届くことは無い。彼は近くに着弾するたびに、「あ゙あ゙!」と母音を濁らせた悲鳴を上げる。
そんな男を見ていると、ヒュイーと笛の音が響いた。この地獄の金床に鎚を打ち付ける音だ。笛の音に合わせて今までにない規模の突撃が始まった。
「ゔお゙ぉぉぉ!」
上官が一番に塹壕から出て血と泥に汚れたサーベルを掲げる。しかしすぐに頭部に弾を受け、サーベルは手から滑り落ち、身体は底のない沼の深くまで沈んでいった。
「万歳!」
「突撃!死体に構うな!」
ぬかるんだ大地、刈り取られる戦友、吹き飛ばされる補給隊、要塞にすら届いていないのに、兵は皆ボロボロだ。
男は辺りの惨状に目を向けていたおかげで、自身の方に機関銃が向けられた事に気付いた。
「伏せろ!機関銃だ!」
男は咄嗟に目の前の兵の服をつかんで、ぬかるんだ地面に伏せる。
―ビチャッ
男は自身の腰を探るも目当ての手榴弾は見つからない。
「くそっ!手榴弾が無ぇ!ちょっとお前の手榴弾を貸してくれ!」
そう言って共に伏せた男の方に目をやるとそこにあるはずの頭がない。断面は不気味な程滑らかで、敵野戦砲で吹き飛ばされたと推測できる。
「クソがっ!
砲兵は何してたんだ!いつもいつも地図上の敵ばかり殲滅して!現実の敵を殲滅するのが仕事だろ!」
男は悪態をつきながら、死体から弾と手榴弾を回収して再度突撃する。前進し、戦友の死体に隠れ、射撃する。それを何度も繰り返し、遂に機関銃陣地の近くまでやって来た。
「死ねぇ!」
男は大きく振りかぶり、手榴弾を機関銃陣地に投げ込む。小さな死は宙を舞い、放物線を描いて機関銃陣地へ吸い込まれていく。それと同時に機関銃が男へ向けられ、鉛玉を浴びせる。
機関銃陣地は手榴弾で吹き飛ばされた。代償は一人の男の二十年とその他大勢の人生。
1894年10月21日〜1914年12月06日
男達は英雄になった。機関銃陣地を爆破させ味方を大きく前進させた英雄に。
死人は名前ではなく英雄や英霊として記憶される。そんな英雄は冷たい一欠片の名前が刻まれた鉄となって家族に返される事になる。死んだ個人に光が当てられることは無いだろう。
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「残るは対空陣地と線路の確保のみだ!小隊続け!」
「「「グレムシア帝国万歳!!!」」」
英雄達のお陰で確保した敵塹壕から英雄候補の約五十人が線路と対空陣地を死守する敵を討ち倒すべく突撃する。そこに戦術などない。斜面を敵めがけて走り抜けるだけだ。
弾幕は薄い。散発的な小銃による射撃と対空機関砲の水平射撃程度では歩兵三師団を相手にするなど不可能だ。今回の作戦は被害も少なく済むだろう。司令部はそう考えていた。
しかし戦域を見る司令部と戦場の個人は、同一の事象を見ていない。
「小隊長!」
そう言って庇った男は対空機関砲の水平射撃で身体を抉られていた。容易な作戦なれど死人は出る。小隊長と呼ばれた男は現実に目を向けさせられた。
「くそったれ。お前の分も英雄になってやるよ。」
先頭で突撃した小隊はボロボロで、彼に続く者はもう居ない。手榴弾も使い果たした彼は単身で対空陣地に飛び込んだ。
飛び込んだとは言え彼は小銃を構える時間すら与えられず撃ち殺された。
1891年02月06日〜1914年12月07日
小隊は文字通り全滅であった。彼らは最後に何かを成す事は出来なかったが、彼らは英雄だった。




