23話 小隊長
「ベルメール!」
ベルメールは、背後から少し高い声で呼ばれた。
その透き通るような声の持ち主は振り返らずとも分かる。サーシャ小隊長だ。彼女は容姿に優れ、人情に厚く、補充の兵である自身にも分け隔てなく接してくれる特別な上官であり密かに思いを寄せる相手である。
夕暮れが近づく紅く染まった空を背負う彼女の姿は、どこか現実離れしていて絵画のようだった。風が吹き、髪を揺らす姿はベルメールの胸をざわつかせた。
「今日の装備点検と夜間警備は私とベルメールらしいから準備しといてね。」
いつも通りの優しい口調だった。
「了解です。サーシャ小隊長。」
反射的にそう答えたのだが、サーシャ小隊長は苦笑し、少し冗談の様に話を続けた。
「そんな硬い呼び方はいいよ。二人だけならサーシャ呼びでお願いね。」
サーシャ小隊長は微笑みながらそう言ったのだ。
(サーシャ呼びするなんて恋人みたいじゃないか!そんな恥ずかしい事できない!せめてサーシャ小隊長より強くなってからじゃないと…!)
様々な勝手な考えが頭を巡ったが、すぐに掻き消して何とか切り抜けようとする。
「分かりました。サーシャさん。」
それはベルメールの精一杯の妥協案だった。
「サーシャでいいって。」
「いえ。私は、さん呼びが良いです。」
譲れなかった。自分が好く相手に負けておいて、恋人みたいに名前呼びするなんてダサすぎる。
「そっ…そう?取り敢えず、夕飯後に装備集積所に集合ね。」
そう言い残したサーシャさんは優しく笑って、去ってしまった。ベルメールは立ち尽くし、彼女の後ろ姿を見送った。
(気を悪くさせてしまっただろうか…。それにしてもほんと綺麗な方だな…。)
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(コミュケーションミスかな…。ちょっとだけ、微妙な距離を感じるんだよなぁ。ベルメール君。)
懐中時計を確認しながら独白する。懐中時計の針は午後九時を指している。
「すみません。サーシャさん。遅れてしまいました。」
走ってきたのだろうか。ベルメールの息は上がっていて顔も少しばかり赤く染まっている。サーシャは首をかしげ、優しい声で心配そうに尋ねた。
「大丈夫?休憩してから点検にする?」
「いえ。大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」
軽く口を交わした後二人は点検を始めた。
「えっ…と最初は…『Gewehr 98』が予備を除いて九百五十丁。予備・損傷が百三十八丁」
「九百五十丁ですか!?」
「まぁ今の大隊の武器庫はここだけだから配備分が全部ね…。」
確かに多すぎる気はする。だが大隊のGewehrが全てここにあると考えたらまぁ妥当だろう。
「ほら二人で手分けして数えよう。お偉方も来てる期間は特に厳重に管理しないといけないからね。」
「はい…。」
二人は倉庫の中のGewehr 98を数えるついでに視察されても良いように一丁ずつ丁寧にしまった。
Gewehrの保存数が帳簿と合っていることを確認すると今度は雑多な拳銃類の確認に入った。
「サーシャさん。これなんです?」
ベルメールがサーシャに見せたものは『Merwin & Hulbert』だった。
「これは新大陸のヴェスリカ製のリボルバーだよ。多分昔の将校の私物だろうね。帳簿の記録にもそう載ってるから。使いやすいから私も使ってるよ。」
「はぇ~。ん?このリボルバー、どうやって弾込めるんです?」
サーシャは『待ってました!』と言わんばかりの得意げな表情を浮かべて拳銃を受け取った。
「こうやって…ここの窓を開けると…。」
サーシャは回転弾倉の底部の窓をスライドして開けた。
「ここから一発ずつ入れるんだ。」
「おぉ〜。ちなみに排莢は?回転弾倉が取れないですけど。」
「それは…。」
サーシャは下部を操作し、バレルをひねりながら引っ張った。すると回転弾倉から先が九十度回転して、回転弾倉の底部が開放された。
「こうやるんだよ。」
「おぉ〜!めっちゃ浪漫の塊みたいな拳銃じゃないですか!」
「でしょ〜!」
非常に得意げなサーシャと、サーシャに拍手を浴びせるベルメール。二人の楽しい銃器講座は一旦終わり、点検が再開された。
点検もあらかた終わった頃の事だ。サーシャは違和感を感じた。
「ん?」
サーシャは目の前の拳銃と自身の帳簿を交互に見つめる。
「どうかしましたか?」
「この拳銃なんだけどね?明らかに帳簿の内容と違うんだよね…。」
サーシャの見つめる先には中折式リボルバーがあった。しかし問題なのはそれが帳簿に無い種類のものである上にブライセン製のリボルバーである事だ。
(他の将校の私物か…?でも敵国の銃器を個人的に入手するなんて相当難しい…。後で一応報告しておくか…。)
「私が後で報告しておくよ。ベルメール君は先に寮に戻ってて。夜間警備の時間になったら起こしに行くから。」
サーシャは問題の拳銃をしまい、ベルメールを寮まで送った後ゼクレスに報告した。
(夜間警備の時間まであと三時間か…。軽く仮眠でも取っておこう。)
夜間警備は拳銃とランタンを携帯してツーマンセルで行う。後方といえどスパイの存在は依然として脅威だ。西部方面軍の幹部が来ている今は特に。




