22話 再出撃
万歳の声が幾重にも折り重なり反響する会場に残されたサーシャは腹の底に形容し難い複雑な思いを抱いた。それは自身らに課せられた役目が一度歩みを進めれば退路は無く、死ぬまで進まねばならないことを理解していたからだ。
突撃魔導大隊の運命は十万の兵と共にある。十万の兵が止まれば突撃魔導大隊も止まらねばならない。十万の兵が死地に赴くならば突撃魔導大隊も死地に赴く。
自身の命に十万の命の重さを上乗せされ、定義されるという感覚はあまり心地の良いものではなかった。
大規模な奇襲の成功という英雄伝説だけが独り歩きした結果過剰な期待を生んでしまっているがサーシャ達は英雄でも救世主でもない。普通の兵だ。普通の人だ。人を殺す事に躊躇うし、人の死を悲しむ。そんなサーシャ達は過剰な期待に耐え続け、任務を遂行しなければならない。
しかしサーシャは謎に思うことがあった。何故ここに自分が呼ばれたのだろうか。高級将校が集まるこの場に小隊長程度の自分が居るのは少し違和感がある。それに突撃魔導大隊の小隊長以上が全員居るのかといえばそうでは無い。何故だろうか。ゼクレスに尋ねた。
「ゼクレス中佐。質問なのですが、なぜ私はこの場に?少々場違いな気がします。」
ゼクレスは一瞬サーシャへ目を向け、正面に戻した後答えた。
「言わんとする事はわかる。だがそれなりの事情があって急遽呼んだのだ。詳しい事は後の大隊会議で知らせる。」
それ以上は説明されなかった。
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会議が終わり、演習場に戻ると目線の先から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あっ!サーシャ小隊長!」
その声の主は、先程サーシャに作戦会議の案内をした補充兵だ。彼の名はヴァルター・ベルメール。元々は第二歩兵師団に所属していたのだが突撃魔導大隊の損失の穴を埋めるために駆り出された。
「サーシャ小隊長!近接戦闘訓練お願いします!」
突然の申し出にサーシャは困惑した。
「私が?」
「はい!カール伍長やパプストさんは、もう他の補充兵の訓練をしていて…。やっぱり無理ですかね…?」
ベルメールは不安気に言葉を濁したがサーシャは優しく首を横に小さく振った。
「いやっ。平気だ。いったん待っててくれ。荷物だけテントに運ぶから。」
サーシャの答えにベルメールの表情は明るくなり、目を輝かせた。そしてサーシャの持つ荷物の片方を持ち、テントまで運んだ。
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模擬戦が始まるとベルメールは躊躇うことなく距離を詰めてサーシャに襲いかかった。
―ガキンッ
サーシャはベルメールの訓練用ナイフの柄に自身の訓練用ナイフを当てて力を受け止める。だが力の押し合いになるとベルメールの方に軍配が上がり、サーシャは劣勢に立たされた。
ジリジリと力で押され始めたサーシャは戦略を変えた。身体の向きを変え、ベルメールの内に滑り込ませた後、ベルメールの力を利用して投げ飛ばした。
地面に倒れたベルメールから訓練用ナイフを弾き飛ばす。
サーシャは素早く体勢を入れ替えて、ベルメールの腹を押さえ込むように腰を下ろした。刃の取られた訓練用ナイフはベルメールの胸元に当てられ、ベルメールの負けは明確だった。ベルメールは両手を挙げて素直に降参を示した。
「やっぱり強いです。流石小隊長です。」
「そんなに褒めても何も出ないよ?…ほら、そろそろ大隊会議行こうか。」
サーシャは自身のポケットから飴を取り出してベルメールを渡した。人差し指を口に当てられたベルメールは黙ってそれを受け取った。
(おいしい…。)
ベルメールはサーシャとの初めての思い出の味を胸の奥にしまっておいた。
「皆!訓練は切り上げて大隊会議に行くよ!小隊集合!」
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「今回の作戦で突撃魔導大隊は大隊を二つに分け、地上軍援護部隊と司令部殴り込み部隊に分ける。
A・B・C中隊は司令部殴り込み部隊。
D・E・F中隊は地上軍援護部隊だ。
地上軍援護部隊は文字通り地上軍援護を行う。
司令部殴り込み部隊は飛行船艦より降下して、更に二つに分かれる。
A・B中隊は弾薬庫に大規模爆破で突入し、戦闘を仕掛けて敵の気を引く陽動部隊。
C中隊は飛行船艦から追加で投下される大型魔導器を用いて司令部へ侵入する隠密部隊だ。
歩兵六師団の一斉突撃で混乱する敵兵をA・B中隊が更に掻き乱し、C中隊が混乱する敵の指揮系統を破壊する。」
サーシャは理解した。だから自分も呼ばれたんだ。サーシャの所属するC中隊は『装甲列車』や『飛行船艦』に加えて『歩兵六師団』と『A・B中隊』でお膳立てされた作戦の最後に、敵の心臓に刃を突き立てる重要な役目だ。最後の作戦を遂行する以上、第一次収束作戦の全体像を把握させねばならなかったんだ。
サーシャの所属する中隊の失敗はグレムシアだけでなく大陸国家の今後に関わる。勿論C中隊が全滅しようと歩兵が六師団も居たら司令部は陥落させることが出来るだろう。しかしそれによる追加の犠牲は予測できない。
大陸国家に残された全てを使ってマレイズム戦線に穴を開ける。その戦線の穴から差し込むのは光に違いないと信じて。




