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20話 名も知らない彼女へ

サーシャの所属する突撃魔導大隊が奇襲の準備をしていた時、フォラール側は深刻な損害を出しつつも大陸通商同盟の防衛線まで少しの所へ前進したことを祝していた。


塹壕の机には新鮮な果物が並べられ、ワインでさえも用意されていた。末端の兵の士気を維持する為にこんな事が出来るのはフォラールが主導し、締結した四国海上利権協定のお陰だ。


フォラール含む四カ国はその強大な海軍力に物を言わせ、他国の貿易船に膨大な「海洋税」を課していた。従えば貿易による利益は無くなり、従わなければ拿捕される。それにより大陸国家は貿易ルートだけでなく、植民地の維持すら難しくなった。それらを齎す傲慢な協定が此度の大戦の遠因となっていた。


話を戻そう。この食事を前に多くのフォラール兵が歓喜の声を上げ、頬張り、眠りについた頃の事だ。グレムシアの防衛線から何かが向かってきた。


「大隊長殿。あちらから多数の人影が…。」


受け取った望遠機からはランタンを持ち、体の至る所に無骨な鉄板を張り付けたグレムシアの装甲兵が見られた。


「なんだ…あれは…?装甲兵?まぁいい撃ち殺せ。」


フォラール兵はノソノソと向かってくるグレムシア装甲兵に困惑しつつ、装甲兵の持つ灯りを目印に撃つ。


―パァン…ズガガッ…


しかし何故だろうか。全く当たらない上に全く効果が認められない。塹壕の両翼に展開する機関銃が弾幕を浴びせ、複数の銃弾を受けても倒れる者はいなかった。ただ歩調が少し乱れるくらいだ。


「大隊長殿!機関銃による攻撃も効果認められず!敵、前進を続けています!」


フォラールの哨戒兵から報告を受けたフォラールの将校は困惑した。訳が分からない。装甲を身に着けた兵なんて何年前の話だ?機関銃を始めとした重火器に対してそれら装甲は意味を成さず、次々と貫かれ、廃れていった。しかし今、機関銃は敵の装甲を貫けず我が塹壕まで迫って来ている。


「分からん…何故だ…。第一防衛線まで行って砲撃を要請しろ!この塹壕ごと…」


―ドォン…ドォン…


「今度は何だ!」


フォラールの将校が叫ぶ。


「うっ…右翼の機関銃陣地で手榴弾です!」


(右翼?敵は正面の装甲兵が本隊ではないのか?まさか陽動用の隊か…?)


「右翼機関銃陣地に左翼の小隊を増援に送れ。」

「はっ!」


(もし正面の装甲兵が陽動なら敵の狙いは右翼の機関銃陣地か…。)


つい先ほどまで静まり返っていたフォラールの塹壕は今、多くの兵が慌ただしそうに行き来している。グレムシアの本命の位置を未だ特定できずにいた将兵の下に新しい知らせが入った。


「正面の装甲兵が突撃を仕掛けてきました!」


グレムシア装甲兵が持つ灯りは激しく揺れ、猛スピードで陣地に迫ってくる。その灯りの奥では、グレムシア兵が笑っているように見えた。


(なんだんだ!正面の装甲兵が本命だったのか?!取り敢えず今は白兵戦の準備命令をせねば…!)


「総員白兵戦用意!サーベルを抜け!拳銃を抜け!ここまで進むために失った戦友を思い出せ!敵にフォラールの意地を見せつけてやれ!」


将校はありったけの兵を集め、守りを固めた。



****************************



固めたはずだった。


敵の装甲の隙間に攻撃を仕掛けようとしても身軽に避けられ、皆が刈り取られていく。両翼に展開する他の中隊に支援を求めに行こうとしても既にグレムシア兵に侵入されていて、他の中隊に助けを出すどころではなかった。


(くそったれ!何故だ!何故私が!)


将校は地下壕の奥の秘密の部屋まで逃げていた。しかし彼に希望は無く、近くの壕から爆発音と悲鳴が響いていた。自身の死が近づいてくるのをひしひしと感じていた。やがて彼の隠れた壕にも兵がやって来た。


部屋の外には将兵を守るべく集められた兵が何人か居たが一瞬にして燃え尽きた。


(グレムシアの火炎放射兵だろうか。分からない。ただ、皆は死んでしまった。)


黒焦げに燃えつつも生き延び、地下壕から這い出た将校の目の前には自身の娘程の歳の女が隣の地下壕に向けて何かをしている。


(まさか…ほかの壕も…焼き払う気ではないのか…?………助けねば……。私は…大隊長だ……皆を導き…生かして返すのが……責務だ………。逃げてしまい済まなかった……皆よ赦してくれ……。)


焼けた肌に空気が触れ、刺すような痛みが全身に走る。名誉を象徴する、その軍服も肌に溶け付いてしまい、元の面影はない。彼は心に決め、彼女を塹壕の泥に沈めた。


「…よく…も…。道連れ…だ…。死ね…。」


しかし炎に焼かれた身体は思うように力を出せず、彼女を押し付け続けることさえ困難だった。そして遂には彼女にシャベルを頭に叩きつけられてしまった。


―ジュシャッ


「Unterschätz mich nicht…!」


そう言って馬乗りになった彼女はシャベルを続け様に叩きつけた。


「ゔぁぁぁ!止めっ…止めろぉ…!…やめ…やめてくれ………やめ……………クソッ……。」


意識が薄れていく。考えられない。彼が意識を失う前に思った事は一つだった。


(赦してくれ…。)


それは自らが指揮した大隊の皆に対してだろうか。祖国フォラールに対してだろうか。本国に残した母や娘や妻に対してだろうか。もしかしたら自身を殴り殺した名も知らない彼女に対してかもしれない。


それはもう分からない。彼は、せめて誰かが自分を赦し、思い出してくれることを願って死んでいった。

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