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19話 邪魔な英雄

「A中隊との合流の過程で塹壕内の敵戦力を駆逐する。着剣!」


両翼の機関銃陣地を確保した知らせが入るとE中隊も攻撃を始めた。塹壕中央のA中隊、両翼のB・C中隊、追加投入のD・E中隊で敵を殲滅する段階に入った。


「小官に続け!」


小隊三十名を引き連れて塹壕を蹂躙する。塹壕内には負傷兵も多かった。しかしライフルに手を伸ばす等の行動を取った抵抗の意思があると見られる大半の兵は殺された。


「手投げ弾。行くぞ。」


―ズオン


耳がキーンとなるも、その耳鳴りはまた別の耳鳴りに置き換わった。敵が隠れている恐れのある地下壕には手榴弾や火炎魔法が用いられた。手榴弾の爆発で敵の体の一部が内部から飛び出す光景は地獄そのものだ。


火炎魔法を用いた場合も地獄の様相は変わらない。


Aaaah ! Ça brûle ! Aaaah !!!だったりMaman maman maman !と親を呼ぶ声や叫ぶ声が響いた。そして、それらが止む頃には木の燃えるバチバチという音しか聞こえなくなっていた。


地下壕に放たれた火炎魔法は這うように地下壕内に広がり、全てを燃やし尽くした。サーシャはバチバチと音を立てる地下壕の補助木材の隣で観測魔法を使用して内部を調べた。観測魔法により内部には黒焦げの遺体が折り重なっている様子が網膜に映し出されると、地下壕内の全滅を確認し、次の地下壕の制圧に加勢しようと小隊の下に急ぐ。


しかし限界ギリギリまで魔法を使用したためだろうか。観測に漏れがあり、火炎魔法で焼き払った壕の中から黒焦げのフォラール兵が這い出て、小隊の最後尾で別の壕に観測魔法を使用していたサーシャに襲いかかった。


「…tu oses… On va mourir ensemble… crève…」


意味はわからない。しかし殺意は感じられた。


「…!」


―ビチャッ


サーシャは声を出す間もなく塹壕の泥に顔を沈められてしまう。強く押さえつけられてしまい、腰の拳銃もサーベルも何も使えない。そして助けを求める声も出せない。強姦事件を彷彿とさせるこの光景は、サーシャにあの時の情景を鮮明に思い出させ、更に呼吸を苦しめる。


サーシャは泥と恐怖で窒息してしまいそうになるが、もがき続けた。そして腕を振り回した後、何かを掴む。フォラール兵が塹壕を整備する為に使ったと思われるシャベルを掴んだサーシャはそれを襲いかかる男の頭に叩き付ける。男の体勢が崩れ、形勢が逆転する。そして続け様に男の頭部にシャベルを縦に叩き込む。


―ジュシャッ


「舐めるなよ…!」


サーシャは過去の恐怖に支配され、普段のサーシャの面影など一欠片も見られなかった。恐怖に支配された手はシャベルを強く握り、フォラール兵の抵抗が無くなれど叩き込む。馬乗りになって叩き込む。頭蓋骨が砕けてもなお叩き付ける。


「Aaaah ! Arrê… arrêteee… ! … arrête… je t’en prie… arrête……… arrête…………… putain……」


頭蓋骨が完全に沈み込んだ頃になって、やっと血まみれのシャベルは止まった。


サーシャの心の奥深くに刻まれた傷を抉るような行為はサーシャから正常な判断を奪った。しかし結果は同じでも炎に焼かれた後頭蓋骨が陥没するまで殴られて死ぬのと、ライフルで殺されるのでは訳が違う。サーシャは目の前に広がる惨状を目にすると自身の行いに負い目を感じた。


殴りつけられる際の悲痛なフォラール兵の叫び声を聞いた小隊がサーシャの下に駆けつけてくると、頭部が潰れた黒焦げのフォラール兵の死体と水桶で顔を洗うサーシャがいた。


「しょっ…小隊殿…。大丈夫でしょうか…?」


補充兵の子が弱々しい声で血まみれのサーシャに問う。


「大丈夫だ。殺し漏らした奴に襲われてね。大変だったよ。」


サーシャは気を取り直し、小隊の皆に笑顔で答えた。しかしその笑顔には覚悟と恐怖と不安の感情が混ざっているのが小隊の皆には見て取れた。


「そっ…そうでありますか…。」

「ひとまず治癒魔法を使いますね。」


小隊長の中でも特に慕われる、可愛く身近で優しいサーシャ小隊長の像が音を立てて瓦解した。戦争の悲惨さを直視した小隊の皆は、少しの怯えを抱きながらボロボロのサーシャに適切な処置を施した。


(私は英雄じゃないんだ。兵士だ。皆を正しく導かないと…。)



****************************



結果的に塹壕の制圧は完了した。フォラールの領域までの侵入に成功し、この塹壕は今後の他の塹壕の確保の足がかりとして利用される。被害も規模を考えると軽微であった。A中隊戦死五名、負傷七名。B中隊戦死一名、負傷三名。C中隊負傷四名。D中隊負傷一名。E・F中隊損害なし。


しかしA中隊の損害の大半を招いたC中隊の命令違反の手榴弾投擲は大隊長も重く見た。大隊長によるシュポア少佐と補充兵二名に対する聴取が行われた。


聴取では以下の三点が注目された。「二人の補充兵は予備装備保管庫で発見される前、既に手榴弾を二個持ち出していた。」「手榴弾を盗むことに成功した彼らは欲を出し、将官用の頑強な拳銃も狙って再度侵入するも盗む前にシュポア少佐に発見された。」「身体検査では既に持ち出された手榴弾を発見する事は出来ず、英雄願望故に命令を無視し、機関銃陣地に手榴弾を投擲した。」


ゼクレスは問題の原因を、新兵に対して「英雄となれ」と教育した事と、軍の装備品の倉庫という大切な場所の見張りが適切でない事であると結論づけた。故に処分は補充兵二名の再教育に留められ、シュポア少佐に責任は無いとされた。


この件は「軍が内部崩壊を引き起こす可能性がある重大事案」としてヴァルザー大将まで届いた。そして、後の新兵教育、軍の重要拠点や施設の防衛に影響を与える事になる。

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