16話 地獄に引きずり込む
地下壕から出てきたサーシャが見たのは飛び散った四肢や、手足を失いつつも助けを乞う兵士。そして的確に破壊された機関銃陣地とボロボロになった防衛線だ。しかしそれらに対応する間もなくゼクレスが命令を出す。
「A中隊は第一線!前線保持!射撃統制を徹底し、敵が塹壕に近づくまで撃つな!手榴弾も準備しておけ!」
「はっ!」
「B中隊は右翼の死角の監視と側射に集中!残存機関銃陣地を活用しろ!」
「了解であります!」
「C中隊は突破予想地点に配置!A中隊の射撃に続いて発砲!侵入時には即反撃を行え!」
「御意!」
「D中隊は左翼の連絡壕を確保しろ!敵の浸透を許すな!」
「了解!」
「E中隊は弾薬再配分!機関銃陣地の修復も並行して行え!」
「F中隊は負傷者回収!通信維持!命令伝達を最優先!」
「はっ!」
C中隊(シュポア中隊)は反撃を命じられた。シュポア中隊長はサーシャ小隊に銃剣の装着と分隊長の手榴弾の装備を命じ、興奮魔法による短距離戦を命じた。
「小隊!着剣!」
「小隊長…自分達…。」
「大丈夫さ。ちょっと待ってなさい…。」
そう言って携帯魔導器を使用すると小隊の皆に興奮魔法を使用した。痛みを抑え、恐怖を抑えるその魔法の効果は絶大だ。
突破予想点αに待機しているサーシャ達の元に叫び声が近づいて来た。
「En avant !」
「À l’assaut !」
「Pour la patrie !」
口々にそう叫ぶ彼らに対してA中隊がライフルによる射撃が始まると、右翼のB中隊の機関銃陣地も射撃を始めた。
(土煙で見えにくいな。十メートルくらいしか見えない…。)
サーシャは身を隠したまま耳を澄ます。敵が「ピチャピチャ」と音を立てた瞬間に構えて撃つ。射撃が終われば再度身を隠し、ボルトを引っ張って次弾を準備する。撃つ度に銃身は熱くなり、抑える右肩は痺れる。
(土嚢に「バスッ」と銃弾が突き刺さる音、時折爆発する手榴弾による耳鳴りで耳がおかしくなりそうだ…。)
―ズガガッ
機関銃とライフルの射撃によって一部は刈り取ることが出来た。しかし砲撃で破壊された鉄条網は難なく突破され、α地点に侵入された。
「Va en enfer ! Fils de putain !」
フォラール兵は叫びながら一番近くのコルベ隊に襲いかかった。コルベ隊はサーベルをライフルで受け止め、その隙にローゼ隊の一人がフォラール兵を始末した。
しかしそれだけに留まらず、フォラール兵は侵入して来きた。しかし数は少なく、対処は容易だった。A中隊も奮戦していて、グレムシアはフォラールの侵攻に対処できていた。しかし。
―ズドォン
防衛線に一際大きな爆発音が響いた。その瞬間右翼の機関銃陣地が沈黙した。防衛の要である機関銃陣地が沈黙した今、フォラール兵は突破予想地点αβγ全てに続々と侵入して来た。
「小隊長!」
パプストが叫ぶとサーシャの方に向かって発砲した。すると後ろでサーベルを構えたフォラール兵が倒れた。
「ありが…」
礼を言い終わる間もなく新たな二人のフォラール兵がサーシャの前にやって来た。二人はサーシャとパプストに襲いかかってくるも、何とか攻撃を受け流して銃剣突撃を敢行した。しかしサーシャの銃剣はサーベルで上へ受け流され、サーシャとフォラール兵の力比べが始まった。
最初はサーシャが上から抑える形だったが、次第にフォラール兵優勢に傾いていった。
「Une femme ! Tu n’aurais jamais dû venir sur le champ de bataille ! Meurs couverte de boue !」
「くっ…!何て言ってんだよこいつ…!」
サーシャは塹壕に押し付けられるも身体を回してサーベルから逃れ、フォラール兵の後ろに構えた。腰の回転式拳銃を彼に向けて発砲する。
フォラール兵がサーシャにサーベルを振るもその刃はサーシャに届く前に滑り落ちた。フォラール兵はサーシャの拳銃の弾を五発受け、塹壕の泥に倒れた。
「Un démon…」
そう残した彼の意識は憎悪に塗れたまま泥に沈んだ。サーシャはその憎悪に満ちた目を閉じる。心には安堵と迷いが広がっていた。自身の手で人を初めて殺した。今までに経験したことの無い、経験したくなかった事だ。
とりあえず侵入して来たフォラール兵は全員片付ける事が出来た。辺りを見渡すと、フォラール兵の死体と泥塗れのグレムシア兵と砲撃から逃れられなかったグレムシアの哨戒兵と思われる肉塊。
―ズガガッ
E中隊が修復した機関銃陣地が再び敵を刈り取っていく。フォラール兵は第一波の壊滅と機関銃陣地の復活により突撃を止めた。彼らはその場に身を隠せるほどの穴を掘って機関銃から逃れた。
敵の侵攻が止まった為サーシャは小隊の確認を行う。
「各分隊は負傷者を確認し、報告しろ!」
「ローゼ分隊、負傷二名。」
「コルベ分隊、分隊長含む三名死亡、負傷二名。」
「ツェルナー分隊、損害なし。」
「リートミュラー分隊、一名死亡、分隊長含む二名負傷。」
「フローン分隊、三名負傷。」
サーシャは悲惨な状態の小隊に何と声をかけたら良いか分からなかった。サーシャの分隊も含めれば負傷十名、死亡四名。しかも魔導兵も一人失ってしまった。
(初戦であの量のフォラール兵を相手にして全滅しなかっただけマシだと思いたい…。)
「F中隊の者です。負傷者の回収と死傷者の確認に来ました。戦死者は後に到着する者が回収します。」
「ありがとう。負傷者は計十名で歩行も困難なものが二名。死者は計四名です。」
「了解しました。負傷者は一度第三線にて処置をします。歩行困難者は私と貴方で運びましょう。ついてきて下さい。」
「分かった。カール!」
「ほいっ!」
「私が戻るまで皆の面倒を見てやってくれ。」
「分かったぜ。」
そう伝えると足に敵の弾を受けてしまったパプストの肩を担いで出発した。
「たっ…隊長…。申し訳ないです…。」
「気にしないで。私も助けられたんだから。」
そうして負傷者を連れて火薬と血と泥の匂いが充満する防衛線から離れた。




