15話 西部国境異状なし
「皆、良くやった。一部小隊では怪我人が出たそうだがそれらも小隊長の適切な判断により大事には至らなかった。その判断力を実戦でも役立てて欲しい。以上だ。」
ゼクレス中佐が簡潔に皆を褒めると補佐官よりこの後の予定が説明された。
「君たちは今後、西部国境へ赴き、塹壕を掘ったり鉄条網を張る等といったマレイズム戦線の最前線になる同国境地帯の防衛力の増強を行う。出発は五日後を予定しているため寮の片付けをしておけ。」
補佐官が話を終えると大隊は演習キャンプのテントで仮眠を取った後寮へ帰還した。
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寮を離れる日がやって来ると大隊の皆は、一年ほどだったが様々な苦難を共にした寮との別れを淋しく思うのだった。
「大丈夫?お土産は送った?ベッドも片した?忘れ物はない?」
「ヴォルフ大丈夫です〜。」
「パッ…パプスト完了です。」
「カール平気だぜ。」
「バルツも大丈夫です。」
皆準備が完了した。一度ホールへ集まり、参謀本部のお偉方のお話を聞くことになっているため、サーシャは小隊全員を集め、中隊に合流した。
「シュポア少佐!サーシャ小隊全員集合完了しました!」
「分かった。移動しよう。」
ホールに着くとシュポア中隊が最初に到着した様で、一階に整列した。暫くして他の中隊が順番に到着するとホールの三階までが埋まった。皆が静かになった頃、多くの勲章を胸に付けた作戦部門の局長が登壇した。
「諸君は帝国の秘密兵器の一つ、突撃魔導大隊だ。魔法を織り交ぜた特別な大隊である。故に戦場ではその大いなる力を発揮し、敵を打ち破ってもらいたい。帝国国民は帝国の勝利を望んでいる。皇帝の切っ先としてマレイスト共の首を切裂き、帝国国民に勝利の知らせを届けよ。
勿論それは勝利の名誉に値する危険が付きまとうだろう。しかし諸君の進軍する背中は帝国の何千何万もの同胞が守り、共に進軍する。臆するな。常に進み続けろ。帝国は勝利によって生まれ、常に勝利を手にする。
ただ、一つ忘れてはならないことがある。生きて帰って来い。生者のみが勝利の未来を手にする。過去を語る権利を掴み取れ。
グレムシアよ全ての上にあれ!皇帝陛下万歳!」
「「「皇帝陛下万歳!」」」
局長の力強い言葉で鼓舞された皆は万歳を唱え、帽子を飛ばした。ホールに約千人の力強い雄たけびが響いた。そのまま一階の小隊から魔導牽引車に順番に乗り込んで西部国境へ出発した。ベンベルグの街並みや、道中の田畑と農村の穏やかな情景。それらを追い越して国境へと向かう。
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国境に着く頃には日も暮れかけていた。夕日に照らされた帝国防衛線は地平線の彼方まで続いていて、所々に頑丈なコンクリートに守られた場所があり、機関銃が据えられていた。
「おぉ!着いたか!長旅ご苦労さん!このヴァルザーが歓迎しよう!」
「ヴァルザー大将!?」
サーシャ達を迎えたイケオジが自己紹介をするとゼクレス中佐が日頃からは想像できない声で反応した。
「そうだとも。何だ?君達は第一軍直属の突撃魔導大隊だろう?なら上官たるこの私が君達の面倒を見るのは当たり前だろう。」
「ですが…。」
「なぁに。気にするな。私がここまで老いぼれる事が出来たのはただの運じゃないんだ。いつもはもっと後方の西部方面軍総司令部におるわ。」
彼は笑いながら踵を返し、「頑張ってくれよ〜!」と残して去っていった。
「…ゼクレス中佐。彼は…?」
「あぁ…。私の元上官で、今は西部方面軍司令官兼西部方面軍第一軍総司令官のヴァルザー大将だ…。良い人ではあるんだが昔からクセのある方でね…。」
「成る程…。」
サーシャ達がゼクレス中佐がヴァルザー大将に感じている違和感に同意すると、気を取り戻したゼクレスが説明を再開した。
「取り合えす今後はひたすら穴掘りだ。小隊長と中隊長は就寝前に大隊長用テントの前に来てくれ。今後の詳細を伝える。」
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「わざわざ来てもらって済まないね。早速だが本題に入ろう。帝国軍諜報部によるとマレイスト陣営は大陸国家が同盟を結んだ為、国境沿に兵を集めていて、五月上旬頃の攻撃を予定しているらしい。故にだ。君達魔導兵は塹壕の準備を行うと共に一帯に魔法で警戒線を張って奇襲の対策をして欲しい。勿論監視が多く置かれているが念のためだ。西部方面軍第二軍が到着する二月末までは絶対に防衛線を破られてはならない。」
「しかし常時魔法を張るのはとても…。」
「大丈夫だ。帝国の技術を詰め込んだこれを使えば過度な血液損失を防ぎつつ警戒線を張れる。勿論日ごろから使える魔法の回数自体は減るが塹壕掘りに魔法は使わないだろ?」
そう言われて手首に着けられた魔導器は手首にプスっと小さな針を刺して吸血を始めた。すると魔導服と同じように埋め込まれた警戒魔法が周囲に展開された。
サーシャは手首の魔導器に違和感を覚えながらテントへ戻ろうとすると小隊用の宿泊テントに入ろうとする隊員が尋ねた。
「小隊長はこっちじゃないんですか?」
「将校は個人テントなんだよ。まぁ開戦したら皆ドロドロの壕の中で寝るんだ。別々なのも今だけだよ。それじゃぁおやすみ。」
「はっ!おやすみなさいませ小隊長殿!」
個人テントと言えどその中は別に良いものではない。鉄パイプを組んで布を張った上に毛布が二枚あるだけである。確かに他の隊員は木製フレームに布を張った簡易ベッドなので少しは待遇が良いが誤差である。そんなベッドでよく寝れる訳がないのは誰でも分かる。サーシャは寮のベッドを恋しく思った。
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サーシャ達が塹壕を掘っている間に旧宗教祭が終わり、年も変わった。今年度の冬は例年と比べても特に寒く、全員に保温コートが追加で配布される程だった。皆が保温コートに包まれながら掘り続けた塹壕は深さ二メートル弱で、各所には土嚢とコンクリートで保護された機関銃が据えられている。そして土砂が崩れるのを防ぐ木の板や、砲撃から身を守るための壕などを備えており、ロドミア極東の要塞を設計したロドミアの戦術家の指導の下強固な防衛線が完成しようとしていた。
新たに組織された西部方面軍の第二軍の一部が防衛線に到着し、完成を目前にした塹壕内で大隊が寝泊りするようになった三月二日の夜のことである。「カーッ」と空が光った。空は昼間のように明るく、太陽がいくつか空に浮かんでいた。照明弾の光は防衛線を照らし、塹壕内の兵全員を叩き起こした。
「警戒!警戒態勢!」
防衛線の各所からそのような声が響き、塹壕を守る第一軍の総勢約三十万の兵がライフルを担ぎ、弾薬ポーチを確認し、担当する区画にて視線を国境に向ける。
見つめる先にはフォラール共和国のものと見られる複数の気球が照明弾に照らされつつ飛んでいた。それを見たゼクレス中佐は慌てて皆を地下壕へ隠れるように指示をした。
「中隊ごとに地下壕へ!砲撃が落ち着くまで待機!」
地下壕に押し込まれた皆は何が何だか分からないままでいる。中隊ごとに狭い地下壕で待機していると大地が揺れ、自身の頭上から土がポロポロと落ちてくる。中隊長の指示通りに耳を塞ぎ口を開けて目を押さえてやり過ごそうとするが、頭上から襲ってくる不安と恐怖はどうしても拭えなかった。
ゼクレス中佐の指示で地下壕に入ってから一時間ほど経ってからだろうか。未だに砲撃は続いている。塞ぐ手を貫通して聞こえる外から悲鳴が止んだ頃、各小隊長とシュポア中隊長の手首の魔導器が一斉に緑に光った。それは国境の無人地帯に大きな動きがある事を知らせていた。シュポア少佐は砲撃の間隔が広がると皆を連れて急いで外に出た。
外に出たサーシャを待っていたのは想像を絶する地獄であった。




