機会は扉を叩く
午前四時半。
どれほどの時間、眠っていたのかは分からない。そんなことはどうでもいい。
適当に、あるいは無意識に選んだTシャツとズボンを引っ張り出し、肩をすくめるようにして身に纏う。引き、締め、掛け、整える。…快適さ?ふん、そんなものはとうに意味を失っている。
段ボールとガムテープで覆った窓の向こうから、コツ、コツ、としつこく叩く音が聞こえる。視線をやる。ほんの一瞬だけ――本当に、一瞬だけ、そう思う。
無視して台所へ向かい、朝食を取る。
食べ終えたら廊下を戻り、部屋で上着を取ろうとした、その時だった。
ふと、窓に貼りつけた段ボールに目が止まる。
――コツ、コツ、コツ。
背後で、微かに響く音。
まだ、いる。
彼女はいつもいる。夜が更け、太陽が昇るまで。
十四階の窓辺に立ち、夜風に長い髪を靡かせながら、やさしく、やさしく、窓を叩く。
開けて、と。
入れて、と。
人生を変えてあげる、と。
そう言っている気がする。
ぞっとして、目を逸らす。
以前、友人に言われたことがある。
「お前は疲れている」「幻覚を見ている」「誰かに相談した方がいい」と。
――かつては、そう言っていた。
彼女が、彼の窓を叩くまでは。
あの日、息を切らしながら彼は電話をかけてきた。
「お前の言うことは、本当だった……すまなかった」
声が妙に弾んでいた。期待に満ちた、まるで何かを待ち焦がれるような声音。
――それが、最後だった。
以来、彼の消息は知らない。
彼は幸せになれたのだろうか。
思えば、あの頃はまだ普通に眠れていた。
一定の時間に眠り、一定の時間に目覚める――そんな当たり前の生活があった。
最初に彼女が現れた夜も、私は眠っていたのだ。
――コツ、コツ。
礼儀正しいほどに静かな、けれど確かにそこにある音。
かすかすぎて最初は気づかなかった。
起き上がり、玄関の扉を開ける。
しかし、廊下には誰もいない。ただの静寂だけが広がっている。
不思議に思い、再び寝床へ戻ろうとした、その時だった。
窓の向こう――
何もない空間に、彼女は立っていた。
十四階の高さに、足場などどこにもないのに。
風に翻る白いドレス。
片手で窓を叩き、もう一方の手を振る。
まるで、親しい友人に挨拶するように。
私は逃げるようにリビングのソファへ転がり、何度も寝返りを打ちながら朝が来るのを待った。
そして、朝が来ると、彼女はいなかった。
だが、翌晩には戻ってきた。
その翌晩も。
さらにその次の晩も。
夜ごと、夜ごと、私を呼ぶ。
優しく、柔らかく、それでいて決して拒めない響きで。
――お前の人生を変えてあげる。もっと、よくしてあげる。
私は耐えかねて窓を覆った。
無視しようとした。
忘れようとした。
だが、何も変わらなかった。
もう、決して元には戻らないのだ。
今も、私は目を逸らし続けている。
窓から。
そこにいるはずの彼女から。
だが、分かっている。
私はもう、限界なのだと。
時間の問題だ。
このままでは、私は歩み寄ってしまう。
震える手で、障壁を剥がし、
戸惑いながらも、窓の鍵に手をかけてしまう。
そして――