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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

God Bless You !!

月影の司教と呼ばれた男 ーGod Bless You !! 外伝ー

作者: 灰色狼

タイトルにあります通り、本編に対する外伝の位置づけとなります。

単体でもお読みいただけないことはないと思いますが、世界観、および用語が一般的なものとは限りませんので、本編、特に「19:ストームポート案内所」や「幕間1」などを参照されますと、補完されるかとは思います。

本編を読んでおられる方は「72:因縁」をお読みになった後の方が良いかもしれません。

(この話の中に同じような描写が一部出てまいります)


 人の世の歴史とは精巧に織られたタペストリーのようなものなのです。

 表に見える部分は、それは色鮮やかに、その時起きたことを物語ってくれます。

 ですが、その模様を織りなすために、表舞台の彩りを支える無数の糸がそこにはあるのです。

 人の目にふれぬまま、陰で織りなされた物語を、少しだけ紐解きましょう。




 今日も無事に一日を終えることを月の神に感謝いたします。


 静かに祈りを捧げる。毎日繰り返される静かな日常。血にまみれた手も、月の光を浴びて清浄になる。

 天高くから世界を見下ろす、青白い光は冷たくそして優しい。

 祈りを済ませてから、休息用の軽い皮鎧に着替えて、固く焼しめられたパンと、薄く煮出したお茶。

 噛み締めれば芳香な小麦を感じ、茶を口に含めば豊かな香りが口に広がる。

 質素極まりない食事かもしれないが、確かな活力がそこにあることを感じる。紛れもなく神の恵み。


 世界を変えることは俺にはできないだろう。

 でも、助けを必要とする一人の人を救うことはできるはずだ。

 そのために俺はここにいる。

 旅の途中、平原の道脇に一人で眠りにつく男。

 彼の名はオースティン・ヘイワード。

 常に野に身を置く聖職者(クレリック)として知られる男だ。




 彼は貧しい農村に生まれました。

 村は政治的にはどこにも属さず、戦略的にも何の価値もない小さな村でしたが、近隣の貴族の対立によって、戦場と化してしまったのです。

 後に言われる「大戦」の影響を受けてしまった不運な村であり、それは歴史的に見て誰にも顧みられることのない戦争の暗い影の中の出来事であったのです。

 彼は幸いにして生き残りました。ですが、父も母も戦火に焼かれ、生き延びることは叶わなかったのです。彼が8歳の時のことでした。

 村には寺院がありました。

 寺院と言っても小さくて、とても古い。今の主流からすると時代遅れとも取られるような月の神を祀る寺院。代々の聖職者(クレリック)の家系が細々と守り続けてきました。一応天上神(セレスティアン)の教会に属している形にはなっていますが、支援などは一切ない、ほぼ独立した教会でした。

 教会を護っているのはジェイソン・ヘイワードと言う壮年の男でした。

 天上神(セレスティアン)教会で聖戦士(パラディン)として勤めた後に故郷に戻って教会を引き継ぎました。

 月の神(デミムア)の信徒で聖戦士(パラディン)となるものは極めて稀なことです。

 彼には妻子は無く、娶るつもりもなく、静かに暮らし神の思し召しに従い生きることを決めていました。

 度重なる悪との闘いの日々で消耗し疲れ切っていたのです。

 そこに戦災孤児としてオースティンが暮らすこととなり、正式に養子として迎え入れることにしました。

 跡継ぎのいない教会。神は教会の存続を嘆かれて、この子を遣わしてくださったのだとジェイソンは思ったのです。

 オースティンはとても正義感の強い子供でした。当然のようにパラディンに強く憧れましたが、ジェイソンはその望みは叶わないことを知っていました。

 彼の強すぎる正義感は、パラディンには向かないものだったのです。

 ジェイソンはことあるごとにオースティンに言って聞かせます。

 正義を貫くことは簡単ではない。だが苦難の道を歩くのであれば、覚悟して、そして強くありなさい。と。

 オースティンはその言葉の意味を理解出来てはいませんでしたが、それが正しいことで、自分はそうありたいと願いました。

 ジェイソンから聖職者としての基礎を学びつつ、剣術の修行に励んだのです。

 彼が12歳になり、正式に聖職者の修行を行うために少し離れた街にある大きな教会の神学校に進むことになりました。

 そのころにはオースティンは聖職者としての基礎を学び、初級の奇跡の技を使えるようになっていました。

 剣術の腕前も相当なもので、まだジェイソンに力負けすることはあっても、力押しさえしなければ簡単には負けないくらいに技術を身に付けていたのです。


 神学校での生活はオースティンにとって退屈極まりない、苦痛に感じるような生活でした。

 毎日が規則正しく進み、決められたことを決められた手順に沿って行い、聖人と呼ばれる人たちの偉業を丸暗記し、さらには各国の歴史や、貴族の家の名やその歴史など、彼にとってはどうでも良いことばかり学ばねばなりません。

 オースティンにとって、神とは自分を導きその力を分け与えて下さる存在で、その力は苦しむ人々のために使うべきもの。

 その信念の前には、過去の聖人も、王侯貴族も、国さえもなんら意味を持たないものだったのです。

 1年ほどは我慢しました。

 ですが、ある日、彼は指導に当たる司祭たちに言ったのです。

 私は教会に勤めるつもりはありません。ですから、本日より人々を救うための奉仕の旅に出たいと思います。

 そうして、彼は教会から出て行ってしまいました。

 彼は故郷の教会に戻ると、ジェイソンに同じことを告げました。

 ジェイソンはその言葉をじっと聞き、そして言いました。

 それは棘の道だ、それでもそれを信じるなら、自らの信じる道を歩みなさい。

 それから彼は壁に掛けてあった二本の三日月刀のうち一本をオースティンに手渡して言いました。

 これは私がパラディンの時代に使っていたもので、わずかではあるが神の加護がある。お前の力になるだろう。

 オースティンはその月の神(デミムア)の聖印が施された三日月刀を受け取り、鞘から抜くと高く掲げて誓いました。

 義父()様、今日まで頂いた恩義、決して忘れません。ですが頂いた恩義をお返しできぬことをお許しください。

 受けた恩義は見知らぬ誰かに役立てることを誓います。

 ジェイソンは静かに頷いてから、

 ここはお前の家だから、行き詰まったらいつでも戻ってくるがいい。

 そう言ってから彼を送り出しました。

 オースティンの理不尽との戦いは、こうして始まったのです。


 オースティンはその後方々を旅してまわりました。

 旅を始めた頃の彼にできることはそれほど多くありません。

 困っている旅人を奇跡で癒したり、収穫期で人手が足りない村で農作業を手伝ったり。

 自警団と共に盗賊の襲撃を撃退したり。

 小さなことを積み重ねて、彼は多くを経験しました。

 徐々にその力も大きくなっていきます。

 病を癒す力を身に付け、呪いを打ち破る力を身に付け、毒を消し去る力を身に付け。

 飢饉に見舞われ苦しむ村で食料を与えて、時に理不尽な要求を突き付けてくる地方貴族と対立したり。

 ついには数十人の盗賊を一人で打倒し、彷徨う悪霊を一瞬のうちに滅ぼしたりと、人々の力になり続けました。

 その姿に人々は彼をこう称賛したのです。


 月影(ムーンライト)司教(ビショップ)と。




 当然のことをしているだけだ。

 戦争でそこら中に苦しむ人がいる。大勢だ。

 貴族だの王族だのはそんな人々を顧みもしない。どこに大義がある?

 根底にあるのは怒りだ。

 戦争と言う愚かしい行為そのものに対する、そして自らの責務を忘れてその戦争を行う権力者たちに対しての。

 戦場では多くの命が失われ、その迷える魂が屍人(アンデッド)として地上を闊歩する。それ等は生者に対する怨念をぶちまけて人々をさらに屍人に変えて行く。働き手を兵士に取られて失った人々が路頭に迷い、子供や自らの身を売って何とか生きていこうとする。それを商いのネタにする連中がいる。

 不幸が連鎖し、力ない者たちは一方的にその命まで搾取されてゆく。

 世界を変えることは出来なくても、せめて目の前の一人を救いたい。

 だから人の皮を被った悪魔は許せない。盗賊などには容赦なく、苛烈を極めた。

 一方で病める者、飢える者、傷ついたものには誰よりも優しく、救いの手を差し伸べた。

 そうしていると自らの力の足りなさを痛感し、更なる高みを目指した。

 一人でも多く飢えから救い、一人でも多くの病を癒す。

 そのために。


 ある日道端に横たわる若い女を見かけた。足に怪我を負っている。

 その女は近隣の出身ではなさそうだ。共通語も片言にしか話さない。

 黒い肌に白い髪。話には聞くが闇エルフと言うやつか。

 どうしたものかと悩んでいると、どうも空腹らしい。

 奇跡の力で食料を出すのは量が多くなりすぎるので、荷物からパンと水を与える。

 その女は屈託のない笑顔で「ありがとう」と言った。

 見た目は20には満たない感じ、もしかするとまだ成人前かもしれない。

 闇エルフの話は聞いている。地下に潜み、悪事を働く呪われたエルフのなれの果て。

 だが目の前の娘は、飢えて行き倒れたかよわいただの娘にしか見えない。

 なので聞いてみる。お前は何なのだ、と。

 娘は少し困った様子であったが、自分はエルフだ。と言った。

 エルフに知り合いはいないので、断言はできないが話によるエルフとは見た目が違う気がする。

 だが、この娘の目には邪気も嘘もない。

 すまん、少し無礼を許せ。そう断ってから真実の間(ゾーンオブトゥルース)の奇跡を行使してから続けて言語会話(タンズ)の奇跡を行使する。

 今一度話を聞かせてくれ。お前は何者で、なぜここにいる。と問いかける。

 娘は、人間に追われて逃げた、仲間とはぐれて今は一人。私はエルフで名をジュリアと言う。

 そう答えた。彼女の言葉に偽りはなかった。

 なぜ人間に追われている、と聞いたら、

 理由は知らない。人間は私たちを見ると、理由もなく襲ってくる、と。

 少なくともこの娘を疑う理由は何もなかった。

 すぐさま奇跡の力で足の怪我を癒すと、街道沿いでは襲われるかもしれないから、少し離れてから休もう。

 そう言って食べているのを止めさせて、ひとまず移動する。

 夕暮れまではまだ時間があったが、火をおこして、暖かいものを用意することにした。

 余程飢えていたのだろう。あっという間にパンを完食すると、粉末にしたコーンのスープを飲み干した。

 少し落ち着いたように見える。

 あなたは人間なのに、私を殺そうとしないのはなぜ?

 そう聞かれたので、私にはお前を殺す理由がない、と答えた。

 それから、遅くなったが俺の名はオースティン・ヘイワード。聖職者だ。そう名乗った。




 その後彼はジュリアに大きなフードのついたマントを着せると、街道から逸れた道を進み、ほどなく山間の小さな農村にたどり着きました。

 彼は村長に連れの者が酷い呪いを受けて治療に時間がかかりそうなので、村はずれで良いから家を借りたいと交渉しました。

 村長は呪いが何か害を及ぼすのではないかと恐れましたが、見た目は非常に恐ろしい呪いだが、周囲に害はない。私が保証する。滞在中は私は村の手伝いなどをしよう。そう言って納得してもらい、村はずれにある使われていない小屋を借りました。

 それからジュリアとオースティンの少し変わった共同生活が始まったのです。

 聖職者としての十分な能力と、戦士としての優れた能力を持ち合わせたオースティンは、すぐに村人たちの信頼と尊敬を勝ち取りました。

 日中は畑仕事や、狩りをこなし、村人の怪我や病気を癒し、必要な薬草の知識なども教えました。

 家に帰ると、ジュリアに共通語や簡単な料理、この世界の知識などを教えました。

 オースティンは旅に出てからもうすぐ20年。その間安息に満ちた日々を送ることはありませんでした。

 この少し穏やかな日々は、彼に安らぎを与えたのだと思います。

 自然とジュリアに惹かれていったのではないでしょうか。

 彼女は若く、そして肌と髪の色を除けば十分すぎるほど美しいのです。惹かれるのは当然だったかもしれません。

 ある日、ジュリアはオースティンに言いました。

 あなたはとてもいい人だ、私はあなたを気に入っている。あなたは私が気に入らないのか?と

 オースティンは答えます。そんなことはない、ジュリアは美しいし、私はとても気に入っているのだ、と。

 ではなぜ、私を抱いてくれない?女としての魅力がないか?

 その答えにオースティンは窮しました。少し考えてから、こう答えます。あなたは私の妻ではないから。

 ジュリアはそれにこう問いました。人間の習慣の婚姻だな。理解している。なら私が妻になれば良いのか?

 オースティンは少し考えました。そして自らの心に従ったのです。

 そうだな。ジュリア、結婚しよう。私の妻になってくれ。

 その夜、彼は彼女を愛していると実感したのです。

 そして新たに誓いを立てました。

 これからの人生は彼女のために生きようと。


 それから3週間ほど後のことでした。

 ここから二日ほど行ったところにある小さな町の教会から一人の騎士と数名の従士や司祭が彼の元を訪れました。

 彼らはオースティンに問います。月影の司教、オースティン・ヘイワードとは貴殿か、と。

 確かにオースティン・ヘイワードは私だ。だが、自ら月影の司教などと名乗ったことはない。

 騎士はこう言います。貴殿に異端の疑いがあるとの告発を受けた。身柄を拘束する。

 何かの間違いでは?そう答えかけた時、彼は両側から腕を押さえられ、膝裏を強くけられてその場に跪く格好を取らされました。

 そして後ろ手で拘束具を嵌められたのです。

 彼は抵抗しては状況が悪くなるばかりで、申し開き出来れば真実は明らかになる、そう思っていました。

 程なく家の中からジュリアも連れ出されて、後ろ手に拘束されます。

 騎士は証拠は見つかった。これより帰還する。そう言って二人を連れて、街の教会に戻ったのです。




 異端審問と言うのは、要するに茶番であることがすぐに分かった。

 ジュリアが闇エルフであろうとなかろうと、俺の言葉がどれほど真実を語ろうと、すでに筋書きは完成していたのである。

 審問に当たった司教の言葉がそれをすべて物語っていた。

 奴はこう言った。お前はやり過ぎたのだ、と。

 そう言われれば思い当たる節はいくらでもある。

 貴族連中とケンカしたことも一度や二度ではない。

 それが必要であるから。善き行いを貫くために、多くの人がより幸せになるために、それは必要なことであった。

 一つ思い違いをしたとすれば、教会もまた政治だの権力だのから距離を保ってはいなかったという事実。

 俺のやり方は、教会にとっては都合が悪いのだ。

 それによって俺が始末されるのはある意味身から出た錆、自分の未熟さ故に諦めもつく。

 だが、ジュリアはどうなる?

 俺の巻き添えでしかない。何とか生きながらせてやりたい。

 それが俺の最後の願いであり、誓いを立てた責務でもある。

 そのために手段は選べない。

 半地下の牢獄で、静かに機会を伺うことにした。


 チャンスは比較的早く訪れた。

 ジュリアの処刑が決まり、それに立ち会わせるというのだ。

 悪趣味極まりないと思うが、これは絶好のチャンスでもある。

 俺は連中の指示通りに動くことにした。

 教会の表に火刑台が準備されておりそれを囲う柵の周りに結構な数の民衆が押し寄せていた。

 俺は教会側に手かせを嵌められたまま鎖につながれている。

 奴らのシナリオは、ジュリアは魔女の類で俺はそれにそそのかされた。教会はその罪を断罪し、正義の立場を維持する。そんな所なのだろう。

 そこに縛られた状態でジュリアが連れてこられる。彼女は大きな声で喚き散らしていた。

 あの男と寝れば自由にするって約束じゃないか、私は約束を守ったんだぞ

 その言葉に俺は呆然とするしかなかった。

 ジュリアは聞くに堪えないような言葉をまくし立てていたが、俺の耳には届かない。

 だが次の一言だけは再び俺の耳に、いや心に届いたのだ。

 お前さえいなければ、私はこんな目に遭わなかったんだ。呪ってやる。呪い殺してやる。

 倒されていた木材に縛り付けられて、木材が数人がかりで立てられて火刑台が完成する。

 その光景は俺の心には届いていなかった。

 俺は何を誓った?

 何のために誓った?

 俺が感じていた安らぎは偽り?

 俺が愛だと感じたのは何だった?

 柵の外から民衆が投石を始める。

 魔女を殺せ、悪魔を殺せと叫ぶ住民たち。その投石は俺にも当たる。

 火刑台の上で民衆や司祭やそして俺への罵声が発せられる。

 みんな呪われろ、みんな死んでしまえ。

 頭の中を回り続ける疑問と、ジュリアの言葉。

 俺は脇にいた衛兵から松明を持たされた。火を付けろと言うのだ。

 その時の俺に判断力があったのかすらわからない。手に松明を持ち、一歩前に進む。

 ジュリアを狙った投石がそれて俺の額に当たる。そこから血が流れる感覚はあったが痛みはない。

 その場に渦巻く民衆の憎悪。

 教会の司教達の悪意と偽善。

 愛し、愛されたはずの女から向けられる憎悪。

 時間が、世界が歪む。

 目に見える全てが虚偽に感じる。

 掴みどころなく、何一つ確かなものがない。俺は何故ここにいる。

 俺は正気を保とうと必死に口にした。

 神よ、これが正しいのか?

 俺は何を信じればいいのか?

 小さな俺の声に、神は答えなかった。


 俺に明確な記憶が残っているのは、そこからさらに数歩踏み出し、松明を火刑台の根元に投げ込んだこと。

 そしてなんとも形容しがたい人の呻きとも叫びともつかぬ声を聞きながら、槍を持つ衛兵の腰にあるショートソードを抜いた所までだ。

 ああ、そういえばこう思った。

 そうだ、みんな死んでしまえば良い。と。




 彼の手にしたショートソードは槍を持つ兵士を切り裂き、直後に彼の手から放たれて司教の喉を貫きました。

 切り捨てた兵士から槍を奪い、走り寄ってくる兵士を突き、再び腰の剣を奪います。

 パラディンの苛烈な一撃を、手を縛る鎖で受けて、その輪の一部を破損させると強引に引きちぎり、自由になった手でさらなる殺戮を続けました。

 彼がこの時、何を考え、何を思っていたのかは知る由もありません。

 彼の魂は悪しき力によって囚われてしまっていたのではないかと思います。

 戦士としての圧倒的な力、暴力がその場で解き放たれて、多くの命が失われました。

 暴力の嵐の中心にいた彼は、無数の傷を受けましたが、生きていました。

 彼の周囲には斬られた者、突かれた者、体を引き裂かれた者。多くの非業の死を遂げた屍が横たわるばかりでした。

 彼は激しく肩で息をし、自らの血と激しい返り血を浴びた姿で、ふらつきながらその場を後にしました。


 彼がそのあとどういう道筋をたどったのかは分かりませんが、一月ばかりの後に、彼の故郷にその姿はありました。

 かつての村は彼がいた時以上に荒れ果てていて、人の姿はありません。

 懐かしい古い小さな寺院も、崩れかけています。

 大規模な戦闘がこの辺で再び起きたのでしょう。

 崩れかけた寺院を一周し、寺院脇の墓地に差し掛かった時に、少し離れた位置に一つの墓石があることに気が付きます。

 その墓石にはヘイワード神父ここに眠る、とだけ刻まれていました。

 彼の義父は誰かに埋葬してもらえたようでした。

 わずかな安堵と、強烈な孤独が彼を襲いました。

 この世界に、彼を愛し見守ってくれる人はもう誰もいないのだと。

 彼には義父の墓が、自分の墓に思えたのです。

 もう、かつてのオースティン・ヘイワードはいない。死んだんだ。

 彼は自然と泣いていました。

 悲しかったのでしょうか。寂しかったのでしょうか。

 いいえ、彼の心には違う感情がありました。

 絶望。そしてこの世界に対する怒り。

 彼は思ったのです。

 こんな世界なら滅んでしまえば良い。

 わずかに残っていた救いを求める彼の人としての心が死んでしまったのです。




 俺は新しい力を手に入れて少しご機嫌だった。

 久しぶりに鬱積した気分が晴れた気がする。

 月の神の加護を失ってはいたが、捨てる神あれば拾う神あり、良く言ったものだ。

 終末の王(フィニス)が直々に声をかけてきたのだ。そう、パラディンが啓示を受けるように、俺に世界を滅ぼす力をくれると。

 その啓示に従い、今や俺は闇の聖職者(クレリック)にして闇の守護者(ブラックガード)となった。

 終末の王は随分と俺を気に入ってくれたらしい。

 一つ二つ村を滅ぼしてみたが、悪くない。だが、世界を滅ぼすにはまだ力が足りない。

 もっと力を手にするために、もっと殺さなければ。そうすればもっともっと沢山殺せる。

 前の村の教会で偶然見つけた漆黒の両手刀(ファルシオン)の試し切りをしたくてたまらない。

 生意気にもこの剣は喋りやがる。口数は多くないが偉そうなことを時折()かす。

 こんな危ないおもちゃを寂れた教会で保管してるなど、本当に人間は愚かだ。

 斥候の報告が入る。教会の攻撃隊が近くに来ているらしい。

 性懲りもなく。だが、パラディンが率いていると言うではないか。

 面白い。少し遊んでやるか。

 俺は近くにいた蝙蝠に命令を出す。

 連中をお前の配下にせよ。

 蝙蝠は飛び去った。


 10分ほどで蝙蝠は逃げかえってきた。大半がパラディンで特に二人が手強いと。

 パラディンの大部隊など存在しない。おそらくは訓練部隊だ。面白い、腕のいいパラディンと、若い従者たち。未来を担う神の先兵か。

 未来などないことを教えてやらないと。

 俺は自ら出向いた。

 神威を借りたオーラを放つと、見習いどもはすぐに崩れる。

 聖職者の一人が悪からの防御の呪文を素早く張った。良い判断だ。

 二人のパラディンが飛び出してくる。蝙蝠との戦闘で疲労の色が見えるな。

 俺は魔法破りを行使して悪からの防御の魔法を破壊する。

 短距離のテレポートを行い、背中から司祭の心臓を貫く。

 この剣の正体が良く分かった。

 こいつは魂を喰らう。生きているものの魂を喰らい、輪廻の輪から外してしまう。良い刀だが、死者の王(モーテュラム)の匂いがする。

 そこは気に入らない。この剣で喰らわれた魂は奴への貢ぎ物、ということか。大いに面白くない。

 先頭にいたパラディンが一気に間を詰めて切り込んでくる。

 鋭い剣捌き、良い腕だ。

 だが。

 両手刀で奴の切先を弾き、無理に防御姿勢を取ろうとしてバランスを崩しかける。そこに足払いを入れる。

 お行儀の良い奴はこの手の技に弱い。

 晒される無垢な首筋。

 刀を振り下ろす。

 なんの抵抗もない。期待外れだ。つまらない。

 首が宙を舞い、鎧をまとったからだがその場に伏した。

 その光景を見ていたもうひとりのパラディンが切りかかってきた。

 先ほどの奴ほどではないが、太刀筋に無駄がなく、良い剣捌き。実戦も十分に積んでいる様だった。

 女か。力はさほど強くないが、俊敏に懐に入ってこようとする。

 こちらの得物は両手刀。こいつは長剣に盾。アウトレンジで戦うのは不利だからインファイトをお望みのようだ。

 俺は両手刀を振るい、奴の盾を撃つ。

 体重が軽いのか。

 奴は盾で防ぐものの、インレンジには入れない。うまく威力を捌き、再度接近を試みてくる。

 俺は同様に大きく力を込めた一撃を入れるように見せかけて、奴の動線から位置をずらし脇腹を薙ぐ。

 少し踏み込みが甘かったか。胴体を両断とは行かなかった。

 女のパラディンはその場に倒れた。

 従者たちに止めを刺して回る。無抵抗に横たわる相手の首を刎ねるなど、退屈な作業でしかない。いちいち両手刀が歓喜の声を上げる。

 甲高く、人をイラつかせる声だ。

 始末が終わって帰ろうと思ったときに、さっきの女パラディンが動いた。

 じっとしていれば助かったものを。

 俺はそいつの脇に歩み寄り、首を刎ねるべく両手刀を振り上げる。

 そいつが振り返りながら俺を見た。

 俺を射抜くような強い目。

 ああ、そうだった。パラディンと言うのはそういう生き物だ。盲目的に神を信じ、その正義を疑わぬ愚か者。

 俺は剣を下ろし、そいつを蹴り上げる。

 鎧ごと斬られた脇腹からは大量に出血している様だ。ほっといても死ぬだろう。

 そんな状況でもこいつは剣を手放していなかった。ふと一つの考えがよぎる。

 俺を楽しませてみろ。

 そう言ってから剣を握る右手を強く蹴飛ばす。たまらずに剣を離してその場に倒れ込む。

 俺はポケットから3つの大きなルビーが輝く指輪を取り出して手にはめてから、両手刀をパラディンに握らせる。

 パラディンは激しく血を吐いた。ここで死なれては困る。久しぶりに治療の奇跡を施してから、俺は言った。

 我は願う、この者にこの剣の鞘としての役割を与え、この剣と一対を為すものとせよ。

 指輪のルビーが一つ弾け飛ぶ。続ける。

 我は願う、この者に施された呪いに触れるものに、地獄の苦しみを与えることを。

 指輪のルビーがまた一つ砕け散る。

 我は願う、この者に課せられた呪いは私がこの世界から存在を消した時のみ、効力を失う。

 3つ目のルビーが砕けた。

 俺は指輪を外し捨て、その場を去った。

 このパラディンが、神に見放されてどんな顔をするのかを想像しながら。

 このパラディンが落ちて復讐者となり、俺を殺しに来るのが楽しみだ。

 この程度しかお前らの命で楽しめることはない。

 世界を滅ぼすまでにはまだ時間が必要だ。楽しみの一つや二つあってもいいだろう。

 退屈させてくれるなよ。




 その後の彼の足取りは分かりません。

 彼は私の光の届かぬ場所に行ってしまったからです。

 月影の司教はこの世界から消えてしまったのです。




 最最初のプロットの段階で決まっていた初期の敵役となる、オースティン・ヘイワードの物語です。

私はこれで闇に落ちました。という話になります。

 彼の最後は本編で語られますので(外伝公開時点でまだ書きあがってはいません)もうしばらくお待ちください。

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