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芽生え――二十二――

作者: 五月 和香

 手に取ってくださりありがとうございます。これは「芽生え」をテーマにした、短編小説です。

 作者等身大の気持ち――主観を多大に盛り込んだ、読み物というより作者の捌け口的なものであまり面白くないかもしれません。

 捌け口と言っても作者の考えと作中の人物の考えが必ずしも全て一致しているわけではなく、別人です。22才の友人から聞いた話、22才の自分が感じ考えたこと。それらを何とか一つの作品にまとめられたら、と思いこの物語を作りました。

 しかし一般的に共感できるもの、正しいものを書こうとしたつもりはなく、あくまで作中「私」の考えなり感性に過ぎないことを、あらかじめご了承下さい。

 またこれから22才になられる方、今22才の方、かつて22才だった方――作品を通じて何を感じたか、自分の時は何を思ったかなど。どうか気軽に聞かせていただければ幸いです。

 電車の長くて大きな窓の外、一面の漆黒の中、きらきらと瞬く夜景が移ろいでいく。 就職活動の真っ最中、何度めかの不採用通知を私に告げた会社の電話番号を携帯のメモリから削除して、また窓へと目を遣った。慣れない化粧でよそよそしく、疲れきった顔の向こうを透かしてみれば、そこはネオンのオフィス街。

 まるでふわふわとその中をさ迷っているような気分に襲われて、私は私をここにつなぎ止めているはずの自分の核に、意識を巡らした。

 ――自分がどうしたいかも、分からない。

 就職、夢、恋愛。どれをとっても右往左往している。その中心にいるはずの私は目まぐるしい周りの動きにその度心を動かされるばかり。何かを失いそうで、何かが見つかりそうで――それでもやっぱり、その中で何をどう見つめたら良いのか分からない。どう生きていきたいのか、分からない。自分が何者なのか、見えていそうなものだけど――見えてこない。

 しばらく同じところをぐるぐると回った末残されたのは結局そんな答えで、私に何も与えてはくれない。ただそれでも外の景色はずっと動いていて、電車はどこか終点へと向かっている。それがまるで自分の人生と重なっているように思えたりして、私は妙なところで感心してしまった。

 22才。もっと大人なのだと、思っていた。少なくとも自分が乗りたい電車が分かって、降りるべき駅が分かるくらいには。だけど実際、迷子になってこうしてさ迷っている。もちろんこの電車がどこに向かっているかは知識として、多分おそらくわかっている。だけどもっと、肝心なところが分からない。

 そう例えるなら、そんな感覚。

 そんなこと考えても仕方ないから、手に持つ本に目を移す。だけどすぐに落ち着かなくなって、また電車の外に目を遣った。

 22才。迷うなら、考えるならきっと今なのだ。

 中学生の頃に私をさんざん悩ませた自問自答を後の私が無意味だと、とるに足らないことだと言い切ったように、きっとこのまま時間が経てば、悩んだことすら忘れてしまう。その時にはもう、きっと私は何も考えず今の私が選んだ駅に、着いてしまっている。そして、恐らくそこで降りる。


 物思いに耽っていた私の視界に、ふと向かいに座る親子が飛び込んできた。幼稚園くらいだろうか。彼をさりげなく見守る母親の隣で、外の景色に夢中になっている。一方、多分私と10才も年が変わらないであろう母親の目は、常に何かに気を巡らせ、臨戦体勢であることに気付く。これからきっと、子どもが安心して眠れる場所に帰るんだろう。それがきっと彼女の、絶対的な目的地なんだ。

 ふと横を見ると、熱心に単語帳を読む高校生の姿。塾帰りだろうか。部活の帰りだろうか。何にせよ彼は、何かをひたむきに目指している眼をしていた。目指すは志望校だろうか、優勝だろうか。何にせよがんばってねと、関係ないのに心の中で呟きたい気持ちになった。以前の私が、きっとそうしてもらったように。

 意識がまた、自分に戻る。端から見れば学生なのか社会人なのかそれともニートなのか、子どもなのか大人なのか分からないであろうけどきっと一応は大人なのであろう私。

 中身もけっこう見ためそのままで、一応は自分がどんな人間なのか分かっているようで、本当に分かっているかと言われると自信がない。少なくとも分かっているのは向かいの子どものように親がどこかに連れていってくれる年齢でもなし、かと言ってひとりでは分からないことだらけ、万事思いのままいくわけじゃなければ、そもそも原動力になる自分の思いすらよく分からない。思いのまま遊んでいるあの子どものように、きっと望むものなら方々にあるのだけど。思いのまま突き進んで怪我した程度の人生経験なら中途半端にいろいろと持つ子ども卒業生兼大人一年生は、臆病になりはじめているし、それらをどう統合した上でどんな行動をすれば痛い思いが少なくて済むのかななんて、考え始めている。その上そんな自分に居心地の悪さとためらいを持っていて、心のどこかで冒険もアリだなんて考えて、けれどもすぐに整備不良のブレーキがかかる。

  がたんごとん、がたんごとん。私たちを乗せた電車は縦に横にとゆれながら、進んでいく。どこに向かっているのだろう。窓に映るのは様々な世界。オフィス街を抜けると工場の灯りがまぶしく光り、それをわずかに写しゆったりと流れる河は静かな黒曜石の色。そして等間隔に明かりの点る住宅街、ときどき見えるあかりが妙にあたたかい田園地帯。全てを飲み込んでしまいそうな山、山、山。

「ママ、お月様」

 山のこちら側に写る、先ほどの子供に目を移す。明るい車内から、また窓の外へと視線を移す。そういえば。山の向こうには、星があるはずだ。きっとたくさん。そして今夜の月は、満月……には少し足りない月。街灯が少ないから、ぽっかりと浮かぶその月は妙に明るく見える。


 ポケットのバイブ音が、また私を現実へと引き戻す。親からのメール。いつも気にかけてくれている。ありがたいと思いつつ今は返信したくない気分。ページを一旦閉じる。

 この春大学を出て院に進むか夢を追うか、結婚するか――進路に悩んでいる友達の、メールに返信する。悩みがあるなら聞くよと。どれだけ力になれるか分からないけどと。

 それから自分の溢れる気持ちを、少しだけそこにこぼす。基本軽い口調で。でも本音を書く。そしてさも大事のように反応しながら他人事として片付けてくれることを期待している。重いもの、暗いものを一緒に背負ってくれるのは、とんでもなく気がひけるし、あってはならないことだと思う。けれどもどこかで、優しく差しのべてくれる手を期待する。親になかなか言い出せなくなった救いを、求めてしまうこともある。そんなときはやっぱりひどく、気がひける。

 ……人のためを装って実は自分がそれをしたかっただけなんじゃないかと、送信したあと罪悪感に襲われる。だけどその子に幸せになってほしいのはきっと嘘じゃないし、全部が全部、自分中心なわけじゃない。……って信じたい。

 友達や仲間。軽く支えあう。お互いに危うい足取りを。共に転ばないように危ない時はいつでも離せるように身構えながら、それでもどうにもならないときはすがる。自分が転びそうならこの手を離してくれていいよと言いながら思いながら、すがる。

 だけど本当は、自分の足で立って、自分で次の一歩を見つけて、進まなきゃいけないって分かっているから。

 もし友達が自分が頼ったことでゆらいだりしたらひどく罪悪感にとらわれるし、誰かに何とかしてもらおうとか、安易に答えを出そうとする自分には激しく嫌悪する。

 そしてそうしなくて良い方法を見つけようと、もがく。強くなりたい。優しくなりたい。なんだか中学の誰も読まない校訓のように使い古されたありきたりな言葉だけど、なぜか強くそう思う。

 ひとつだけ、見つかったかもしれない。元からそこにあったものに、今やっと焦点が合った。そんな感覚。今の私には果てしなく遠く感じられる、望む終着点のひとつ。会社とか専門とかそんなことも大事だけれど、もしかしたらもっと大事かもしれないもの。本当は、本当は、しっかりとした自分という人間が大事な友達に、本物の思いやりの言葉をかける。そんなふうに、なりたいと思う。どんな生き方を選ぶにせよ、今の自分がどんな人間であるにせよ、いつかはそんなふうになりたい。

 どこかほっとする。そこでやっと、電車をたくさん、乗り過ごしていたことに気付く。携帯電話の画面を見ると、デジタル時計の数字は22時を回っていた。

 見えてきそうでなかなか見えてこない、自分という芽――もしかしたらこれを、自我っていうのだろうか。まだどんなものかもよく分からない自我の芽が、今はただもどかしく、苛立たしい。動けない。動きたい。でも、どこに向かって?

 それでもやっぱり電車は止まることなく私をどこかへ運んでいて、時計の数字は変わっていく。向かいにいた親子も隣の高校生も、いつの間にかいなくなっていた。

 母親から、二通めのメールが届く。外の風景で今の位置を確認して、あと30分くらいで着くよと、返信する。

 結局何度か乗り過ごした上で自分の家に帰るべくいつものホームに降りた私は、馬鹿な――無駄な時間を過ごしたと思いながら、少しだけすっきりした、けれどもまだもやもやした気持ちで、一歩を踏み出した。

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[良い点] 年齢がいくつになっても、時折自分の現実は、自分の満足のいく方向なんだろうかと悩むことがあります。さつきさんの小説は素直にその迷いが描かれていて感動しました。主人公は最後何を見つけそうになっ…
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