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新設、魔導航空大隊

 隼人が国立図書館に向かっている頃、ゴリアテもまた、目的地へと向かっていた。それは首都郊外の陸軍総司令部であった。およそ20ヘクタールの土地に、司令本部と駐屯施設、陸軍研究所が入り、周囲は防御魔術の組み込まれた壁と警備兵によって厳重に囲まれている。

「ここで構わんよ」

 ゴリアテはその正門で車から降りると、徒歩で目の前の司令部へと向かった。その2階、第一会議室には煙草の煙がもうもうと立ち込めている。すでに首都に滞在する将官は集結しているようだ。

「来たか、ゴリアテ中将」

 大テーブルの奥、一番上座に座る人物は、煙草を灰皿に置くと言った。その軍服の襟証には大将の階級が刻まれている。

「遅れてしまい申し訳ありません。グレイストーン陸軍大臣」

「いや、遅刻はしていないよ。したら、君と言えど『お叱り』しないといけない」

 周囲から笑い声が上がる。壁際に立つ補佐官たちであろう。

(相変わらずだな……)

 そう思いながらも、ゴリアテはあまりの煙たさに咳払いをすると、席についた。それを見た大臣が話し始めた。

「では、ただいまから緊急会議を開始する。議題は2つ、西方戦線における責任所在の明確化と追及。そして例の異世界人についてだ。まずは西方戦線から……」

 そこで、一人の人物が挙手をする。細身で頬のこけた中年の男で、軍服のサイズはどうも大きく見えた。そしてその繊細そうな手は、少し震えていた。

「どうした、バーン少将」

「この度のヘルベル陥落および、環状守備基地の壊滅について、私から」

「別に構わんが、結論から言って君の処分は変わらんよ?バーン少将」

「……」

「そんな顔をしないでくれ。私も、君の左遷にはもう少し慎重になるべきだと思っているんだから」

「では…!」

「だが、やはり駄目だ。確かに君は有能だ。陸軍士官学校でも、そして前線でも君の戦略家としての頭脳が生かされている。現に、師団規模のゴブリンに平野部での反転攻勢を成功させたのは君だけだ。それでも、やはり駄目だ」

「なぜでしょうか……」

「はあ、それが分からんか。少将、つまり君は、作戦家であって指揮官ではない。ヘルベル方面軍の兵は10万人、そのうちの5000人の兵も守れない指揮官は、無能だ」

 そう切り捨てる大臣はなおも続ける。

「では私からも聞くが、なぜ君は、邪竜の存在を知りながらその対処を怠った。なぜ全ての高射砲に兵を配置した。なぜ戦闘準備に入った。なぜ上級魔術の使用申請を行った。そして、なぜ逃げなかった」

 場の空気が張り詰める。そんな中、バーン少将は口ごもりながらも続ける。

「へ、ヘルベル山地は西方の要所であるのと同時に、首都防衛に有力な大口径高射砲群を配置できます。私は、その効力射でもって邪竜の侵攻を遅らせようと……」

「失敗している。兵士が5366人死亡した。その亡骸は今、ゴブリン兵どもが食糧として切り刻み、焼き、喰らっている。君は失敗し、兵を殺した」

「………」

「効力射による足止めだと?自惚れるのも大概にしたまえ」

「申し訳ありません……」

「黙れ…!謝るべきは、戦死した兵士のご遺族だ。断じて私などにでは無い。この大莫迦者が」

 大臣はそう言うと煙草の空き箱を握りつぶした。そして続ける。

「詳しい転属先はおって連絡する。長くなったが、結論はバーン・アルフレット少将の左遷で決定した。そして肝心の後任だが……」

 大臣はなんとこちらを見た。

「ゴリアテ中将、君に任せよう」

「わ、私でありますか…!」

「そうだ。なにか異論は……」

 そこで、またも挙手があった。今度は30代ほどの女性の将官であった。

「よろしいでしょうか」

「また君か、アーヴィング少将」

「今度こそ、私を前線指揮にあたらせてください。すでに経験は充分のはずです」

 真剣な目である。だが、大臣は揺らがない。

「それは受け入れられない」

「……なぜでしょうか」

「兵士に受け入れられないからだ。殺せども湧く魔族たち、劣悪な塹壕生活、いつ襲来するか分からないワイバーンの強襲部隊。そんな悲惨な戦場で、疲弊した兵士たちが求めるのは、頭脳明晰で、機転の利く君のような女性ではなく、ゴリアテ中将のような質実で剛健、そして屈強な、力の象徴としての男性だ」

「私が女だから、だと言いたいのですか?」

「言い方が乱暴だが、話のニュアンスとしてはそうだ。ヘルベル、ハーバイン方面軍はゴリアテ中将が適任、君は引き続き作戦参謀として貢献してくれたまえよ」

「聖騎士団長は…!」

「君をアレと同じように扱えと?無理な話だ」

 それにアーヴィング中将はなにか言いたげな表情であったが、押し黙った。

「いいかね、我々は個人の思想、信条、私利私欲によって動いているのではない。ただ一つ、王国の勝利のために動いている。そこに個人的な意思を介在させる余地は、無い」

 そして大臣は一服すると、目の前の資料に目を通した。

「では次。3日前に突如としてこの世界に来訪したとされる異世界人、タカミネハヤトについてだ」

(来たか……)

 ゴリアテは身構える。

「資料は読んでいる。相変わらず凄まじい戦果だ。わが軍の戦闘機では、100年、いや、1,000年かかっても同じ事はできまいよ」

「そんなことはございません」

 ゴリアテが言う。

「……その根拠は?」

「彼の搭乗する戦闘機です。F-2と呼称されるあれは、我々の手で再現可能です。一番下の資料をご覧ください」

 部屋に紙をめくる音が響く。

「次世代航空機開発案。なるほど、良い資料だ。丁寧だな。いつから構想していた」

「3年前からであります。そしてつい3日前、固まりました」

「ふむ……」

 大臣はじっくりと資料を読みこむ。

「既存の魔導エンジンの術式変更による効率化に、新型押し出し成形機の設計概案。それに、搭乗員の育成カリキュラムと航空戦術の刷新まで……」

 さらに大臣は考え込む。そこにアーヴィング中将が言う。

「とても実現可能とは思えません。特に、搭乗員の育成は教官となる人員がいません」

「1年以上の死亡率80パーセント、か。ゴリアテ中将、そこに関してはどうだ」

「タカミネハヤトを使います。彼を指揮官として、新たに魔導航空大隊を編成します」

「な…!」

 アーヴィング中将をはじめ、周囲の人間がざわめく。

「なるほど、そこに繋がるわけか……」

 大臣は一人考える。

(これは賢者が1枚噛んでいるな?エンジンの術式変更など、奴にしかできん芸当だ)

「グレイストーン大臣」

「分かっている。正直、この構想は非の打ち所がない。扱いが面倒な異世界人も、最大の課題の一つ、対竜戦闘もこれ一つで片付いてしまう。」

 しかしそれは、今の『戦争』という概念に大きな波紋を呼ぶおそれがある。うねり、渦巻き、自らを飲み込む大波となって。それを避けるのは、

「だが……」

 大臣が言いかけた時、すかさずゴリアテが言う。

「勝利に直結します。これは、栄光の勝利に確実な一歩を刻みます」

『ただ一つ、勝利のために動いている』

 大臣は言いかけていた言葉を飲み込んだ。

(それは私の芯だ。すべての行動原理は我等の勝利。今見ているこの資料は、この男は、『どちら』だ)

 大臣の手から燃え切った吸い殻が落ちる。その煙すら掻き消えた頃、ついに大臣は口を開いた。

「検討する」

「……!感謝します」

 夕方、赤みがかった地面を歩くゴリアテは、確かな実感を持っていた。

(やっと私の夢が進みそうだよ。エリアナ)

 ゴリアテは、そっと左手の薬指にはめた指輪を触った。


 次の日、ハヤトはいつものように6時に起床した。ベッドの寝心地は相変わらず最高である。と、そこに電話がかかってきた。ダイヤル式電話である。

「はい。高峰隼人です」

『ゴリアテだ。やはり起きているな、君は』

「ゴリアテ中将…!どうされましたか?」

『君の配属が決まった』

(1日でかよ…!)

「一体どこに?」

『陸軍、魔導航空大隊だ。君はその大隊長、少佐として任務についてもらう』

「……え?」

(少佐?それも大隊長?)

 隼人の言葉を遮るように、ゴリアテが言う。

『言っておくが、もちろん本当だぞ。君には航空隊の指揮と搭乗員の育成を任せるつもりだ』

「お、俺はそんな…!」

『決定事項だ。それに、君は私たちよりも技術の進んだ世界から来たのだろう?ならその技術を生かしてくれ。ワイバーンに勝てるのは、現状君一人だけなんだからな』

(この戦争に勝つために、航空戦力の向上は必須……)

「……分かりました」

『そうか。ではまず、君にある試験を受けてもらう』

「試験?」

『陸軍士官学校の入学試験だ。流石に、ある程度の知識は無いと士官階級は与えられないからな』

「日程はいつですか?」

「3日後だ」

「みっ…!」

(早すぎるだろ!)

『安心したまえ。君が受けるのは一般受験生とは別の、もっと簡易的なテストだ。試験範囲は郵送しておいたから、それを元に学んでくれ。いいな?』

「……はあ」

『では、これからよろしく頼む。タカミネハヤト」

「よろしくお願いします……」

 隼人は受話器を置くと、ベッドにドサッと腰かけた。

「俺が、大隊長?」

(ただのパイロットなのに?)

「それに3日後の試験。そうか、試験勉強しないとな」

 隼人は今だ止まない心臓の鼓動を無視するように、図書館へ行く支度を始めた。

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