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君が魔王を倒すんだ

「さて、君の質問に答えよう」

 シルヴィアは足を組み、スツールに腰かけ言った。隼人は若干の緊張を覚えつつも自らもスツールに座った。

「……俺の質問は2つです。俺は何故この世界に招かれたのか。そして元の世界に帰ることが出来るのか、です」

「なるほど。では答えよう。賢者として言わせてもらうと、前者は不明、後者は『可能』だ」

「……!本当ですか!」

(元の世界に帰れる!)

「うん。君がこの世界に転移した理由は、そもそも人為的か否かすら分からない。だが、帰る方法なら心当たりがある。まあ達成率はやはり、『可能』というに留まるけどね。それが何故か分かるかな?」

 なぜかシルヴィアは隼人に尋ねる。

「検討もつきませんが……」

「それは一重に、途方もない量の魔力が必要だからだ。それこそ、世界を変えてしまうほどの。そして、それだけの魔力を持つ存在は世界にただ一つ、魔王だ」

「魔王……」

 隼人には、段々と話が見え始めていた。今現在、大陸王国が戦っているのは魔王軍と、全ての元凶である魔王。つまり魔王は、大陸全土の武力を集結しても、4年かかってなお撃破出来ない未踏の存在。

「君が元の世界に帰還するためには、魔王を倒し、その魔力を奪うしかない」

 やはりだった。

「だから『可能』ですか……」

「そうだ。だが、気落ちすることはない。もちろん策はあるんだ」

「その策とは?」

「君だ、高峰隼人」

 それは、全く予想外の答えだった。

「……俺?」

「正確には、君と、君の機体だ。君が魔王を倒すんだよ」

「そ、そんな…!」

(よりにもよって俺がなんて、不可能だ!)

「『可能』だ。さきの邪竜戦を見て、君が魔王の命に届きうる存在だと、私は確信した」

「出来ません!」

「ではこのままこの世界で人生を終えるか?」

「それは……」

「分かりが遅いようだから言うが、これは取引なんだ。君が魔王を倒す代わりに、私は君を還す。そういう取引だ。おっと、先に言っておくが、これ以外の方法は無いよ。賢者が言うんだ、信用してくれ」

「………」

「君には家族や友人、大切な人がいるだろう。もう二度と会えなくなっても良いのか?」

「それは……」

「なら迷うな。即断即決、魔族を殺せ。空の魔族を殺し、人々を救えるのは、君しかいなのだから」

「…………」

(案外粘るな。だがあと一押し)

「隼人君、君は確か、ワイバーンからとある基地司令の家族を救ったそうじゃないか。名は確か……クリス大佐だったか」

「……!」

 そのとき、隼人の脳裏にある記憶がフラッシュバックする。

『感謝する。高峰隼人』

 クリス大佐は、そう言って深々と頭を下げていた。

「隼人君、君はこの世界で、救ってしまったんだよ。前途ある彼女らを救い、助けた。君はもう、この世界において将来、ある明確な、感謝するべき大切な存在として認識されたんだ。それを君は、見て見ぬふりできるのか?」

「そんなの…!」

「できるのか?」

「……できません」

「そうだろう。なら答えは一つだ。高峰隼人君、軍に加わり、共に戦ってくれるね?」

(この人、ただこの質問をするためにあんなことを…!)

 隼人は、シルヴィアのおよそ賢者とは思えない悪辣さに慄きながら、しかし心のどこかで思っていた。

(……でも、嘘はついてない。ただ俺の心の不安を、根こそぎ掘り返しただけ。彼女の問いは、俺自身が思っていることだったんだ。なら俺には、答える義務がある。自分から、逃げちゃだめなんだ。だって俺は、自衛官なんだから)

「……はい」

「それは良かった!聞いていたか、ゴリアテ中将!」

 その時、後ろの扉から、黒い毛並みを纏い、耳を立て、尻尾を揺らす、狼のような大男が入ってきた。

「シルヴィア様、貴方は相変わらずやり口が汚すぎます……」

 ゴリアテと呼ばれた獣人?は知った口でそういうと、呆気に取られて見上げる隼人を見た。

「君がタカミネハヤトだな?」

「は、はい……」

「私は王国陸軍中将、ゴリアテだ。君を迎えに来た」

「彼にはおもに君の軍籍関係が一任されている。だから彼と今後の身の振り方について話してくれ。今の隼人君は戸籍すらないからね」

「そういうことだ。では、ついて来たまえ」

「……はい」

 城を下りながら、隼人は前を歩くゴリアテをまじまじと眺めていた。一見コスプレのようにも見えるが、良く観察するとそれは被り物などではないと分かった。

「あまりジロジロと見てくれるな」

「あ!す、すみません。失礼でしたでしょうか……」

「いや、背後からの視線はどうにも気になってしまうのだよ。それに、君が私を観察する理由も分かる。獣人を見るのは初めてなのだろう?」

「獣人……やはり中将閣下は獣人なのですか?」

「ああ、私は狼族の獣人だ。軍で言うと、他にも狐や虎もいるぞ」

「はあ……」

 その後隼人は、パイロットスーツを預かってもらい、自身は着ていた濃緑色の戦闘服を、簡易ながらも正装の軍服に変えてもらった。そして隼人たちが城を出ると、二重の堀を抜けて大きな正門を出た。すると目の前には、広大な通りに面して、魔術によってキラキラと光る街灯に照らされた、様々な店が軒を揃えていた。通りは果てなく続いており、綺麗に舗装された道をクラシカルな服装に身を包んだ人々が行き交っている。それに、良く見ると尻尾や耳も見える。その様はまるで、現代のパリのような華やかさであった。少なくとも、戦争の辛気臭さを感じることは無かった。

 その光景に隼人は思わず息を呑んだ。

「どうだ。君の世界にこれほどの賑わいはあったか」

 ゴリアテは門の前でそう尋ねる。

「先進国の大都市でもこれは中々……」

「そうか!君から見てもそう見えるか」

 ゴリアテは面白そうに尻尾を振った。隼人は、その動きをどうしても目で追ってしまう。

「では、あれはどうだ」

 不意にゴリアテは目の前を指さした。そこには、どうも古めかしい自動車が、運転手を伴って停車していた。

「自動車、ですか」

「そうだ。やはり知っていたか」

「俺も良く利用していたので」

「ほう、一個人まで普及していたか」

 またもやゴリアテは尻尾を振る。それに、見た目に反して良く喋ってくれる。どこか実家を思い出す。

「では今からその車に乗るとしよう」

 ゴリアテは慣れた様子でその巨体を車内に押し込むと、隼人も乗るように促した。

「少し窮屈だが、乗ってくれ」

 確かに窮屈だった。だが、手に尻尾が触れる。その手触りがなんとも、頬が緩む。

 車が出発した。例の魔導エンジンを積んでいるのか、エンジン音はほとんど聞こえなかった。

「……すまないな、ハヤト」

 不意にゴリアテは言う。

「半ば尋問のような形で君の決断を促してしまった」

 扉の外で聴いていたのだろう。

「……俺が意地を張ってしまっただけです。最初から、迷う余地なんて無かった」

「君はそれで良いのか?」

「分かりません。でも、俺は元の世界に帰りたいんです。それに、もう誰にも死んでほしく無い……」

(ステファノンか。何かあったな……)

 ゴリアテは察すると言った。

「……そうか。では、もう聞くまいよ。私は君の選択を尊重しよう」

「ありがとうございます。中将閣下は、お優しいのですね」

「まさか。私は軍人だ。部下を死地に往かせるのが仕事の男だ。世辞はよしたまえ」

(本心なんだけどな……)

「分かりました。それで、一つ聞きそびれていたことがあるのですが……」

「なんだ?」

「この世界の軍用機は、一体どのくらいの種類があるのですか?」

 隼人は、すでに先の実戦を見越していたのだ。

(やけに冷静だな……。どこかズレを感じるほどに)

 そう思いながらもゴリアテは答える。

「……戦闘、爆撃、偵察とあるが、機体の種類は一つだ」

「やっぱり……」

「不満か?」

「正直、そうですね。俺の機体とでは性能差がありすぎて、編隊を組むのも難しいかと……」

「そうか……。では、新型機の設計も行う必要があるな」

「何もそこまで…!」

「良いのだ。むしろ、これが良い機会だ。君の戦果をアピールし、航空機に消極的な上層部を動かす」

 ゴリアテはグッと拳を握って見せた。大きな拳だ。

「そもそも、もっと早くからこうできていれば良かったのだ。できていれば……」

 ゴリアテは何か思い出すように拳を睨みつけた。

「中将閣下……」

「……!ああいや、すまん。とにかくだ、君の軍への編入に関しては私が勧めておく。君はまず、私たちの世界について知りなさい。特に魔術について。実戦的な話はその後だ」

「はい。分かりました」

 と、車はとある建物の前で止まった。それは、この華やかな大通りにおいても、一際目立つ煌びやかな大理石の装飾と、良く管理された煉瓦造りを持った立派な洋館だった。

「とりあえず、君にはここで寝泊まりしてもらう」

(ここホテルかよ!それに、)

「こんな豪華なところで!」

「国王陛下らのご意向だ。どうか、使ってくれ」

 そう言われては、利用するしかない。隼人は車を降りると、慣れないこちらの軍服の襟を整えた。そしてゴリアテに礼を言うと、良く磨かれた大理石の階段に足を掛けた。と、

「ハヤト!」

 後ろからゴリアテが呼び止めた。彼は軍帽を取り、ピンと耳を立たせて言った。

「高峰隼人、邪竜どもを討ち取ってくれたこと、私からも心から感謝する」

 隼人は先ほどの言葉を思い出した。

『ある明確な感謝するべき大切な存在として認識されたんだ』

(俺は、戦わないといけないんだ)

 この人たちの為に、

「はい…!」

 そして隼人はホテルへと入っていった。

その様子を見届けると、ゴリアテは車に戻った。そこに運転手が話しかける。

「閣下、どう見られますか?」

彼は、ゴリアテの直属の部下だった。ゴリアテ少し考えて答える。

「ふむ。まあまだそう多く語り合ったわけでも無い。具体的な感想は無いな」

「と、言いますと?」

「予感だ。確かに彼には素質がある」

(シルヴィア様の言う通り)

「素質?」

「ああ。それも、軍人としての素質だ」


 次の日、隼人はだだっ広い寝室で朝早くに起きると、中将からもらった地図を頼りに王立大図書館に向かうことにした。目的はもちろん、この世界の勉強である。

(幸い文字に単語、そして文法は英語と酷似している。これを機に色々と学んでしまおう)

 隼人は、しっかりと軍服を着なおすと、魔術で施錠されていたドアを押し開けた。


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