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竜と賢者

「なんだ、あれは……」

 ゴリアテは地平線から伸びる一筋の光を見て言った。

「分かりません。ただ、邪竜に向かって物凄い速度でその先端が上昇していきます!」

「すぐに原因を特定しろ。あれは、異常だ…!」

 ゴリアテは、その神々しくさえある光景に戸惑うと同時に、微かな希望を抱いていた。

(神よ。あの光は、もしや貴方が遣わしたのですか?)


 その頃、隼人は上昇を続けながら、持ち前の冷静さを取り戻しつつあった。

(突拍子もない行動だ。自分でも驚いてる。あの人たちにこんなに情が移るなんて。……でも、きっとそれは正しいことなんだ。なら俺は、その正しさを貫く)

 隼人の意思は変わらなかった。すでに飛行高度は8000メートルを数えている。

(そろそろ、雲を抜けるはず)

 隼人の予想の通り、機体は遂に分厚い雲を抜け、周囲の視界は開けた。そして、ソレはいた。

(あれが邪竜……)

 隼人の目下には、翼長ゆうに1キロはあろうかという巨大な竜がいた。黄色く鋭い二対の目を持ち、皮膚は人1人ほどもある巨大な鱗に覆われ、その一つ一つが禍々しい黒に染まっていた。

(道理で)

 隼人はその巨体を見下ろしながら観察していた。もちろん、ただ見ているのではない。

(シルク中尉は確か、邪竜デスペラードはそれ単体で現れないと言っていた。必ず、使役者であるゼロス・タルコス将軍がいるはず……)

 隼人はバイザーを上げ、肉眼で竜の背を見た。

(背中じゃない。なら、頭か……)

 隼人の読み通り、ゼロスは竜の頭にいた。その兜を取って、特に警戒する様子もなく地上を見ている。

(いた…!それにやっぱり、兜を着けていない!)

 ゼロスの兜は、ゼロス自身が魔力を込めて作ったものであった。そして兜には強力な防御魔法が組み込まれている。

(油断しているんだ。僚機、いやワイバーンも連れずに、単騎で最重要目標の真ん前まで突っ込んでこれるほど。この高高度では、自分を攻撃できまいと、心底舐めている…!)

 隼人はスロットルレバーをしっかりと握りしめた。

(その傲慢、侮り。俺が後悔させてやる…!)

 そして上昇しきった隼人の機体は、不意に推力を失った。隼人がエンジンを停止させたのである。そして機体は、慣性のままに落下し始めた。

(あわよくば、一撃で仕留める!)

 隼人はその瞬間、スロットルレバーを最大まで押し込み、機体を急加速させた。向かう先はもちろん、邪竜の頭である。そしてゼロスもまた、コックピットの魔結晶から、微かにその気配に気づいた。

「……!この気配は!」

 ゼロスが真上を向くと、そこには見たことも無い形状の何かが飛来してきていた。

(巨大な矢じり?いや、それにしては構造が複雑すぎる。寧ろ……)

 その時、ゼロスの類まれなる動体視力により、なんとキャノピー越しに隼人を視認した。

(人!つまりあれは飛行機械か…!だがあんな速さは見たことも無い。新手の魔術か?いや、それよりも……)

「なっ…!」

 次の瞬間、ゼロスは驚く暇もなく20ミリ機関砲の弾幕を食らっていた。

「ッ……!」

 咄嗟に両腕でガードする。

(なんの魔力も感じなかった!つまりこれはただの銃弾か!それなのに、歴戦の剣士を相手取るような、そんな衝撃が絶え間なく…!)

 その時、ゼロスはある可能性に思い至った。そしてその可能性は、すぐに確信へと変わった。

「……そうか!貴様だな!我が手下を殺したのは!」

 その怒鳴り声は、隼人には届いてはいなかった。

(バルカン砲を食らって生きている!なんて強度だ。なら……)

 隼人は操縦桿のあるボタンに指をかけた。

(誘導ミサイルをぶち込む!)

「ターゲット、ロック」

 機械制御された照準が、迅速かつ的確にターゲットを定めていく。

「槍成魔法…!」

 人間の体を一発で吹き飛ばすほどの20ミリバルカン砲の弾雨を耐え、ゼロスは魔法を唱えた、

(もう半分も距離を!なんて速さだ!だが、やはり魔術を行使しているのは明白!奴の機体からは微かに魔力が漏れ出している!)

 ゼロスは右腕を突き出すと、隼人を見据えた。

「降り穿つは霰がごとく 我が魔槍は限りなし レグンスピア!」

 その途端、ゼロスの周囲から何本もの槍が生成され、隼人に向けて超高速で打ち出された。

「しまった!反撃か!」

 隼人は機首を引き上げ急上昇し、邪竜の上空から離脱した。そして背面から急降下した。その曲芸じみた機動による高Gに耐えつつ、隼人はその攻撃を分析していた。

(機関砲のように何かが打ち出されている!それも、ピンポイントに俺を狙って!)

 隼人はさらに機体のスピードを上げて降下すると、真下の雲に突っ込んだ。丁度、邪竜の前下方である。ゼロスはそんな隼人の機体を見て動揺した。

(なんなのだあれは!咄嗟で狙いがブレたとはいえ、余の最速の魔法だぞ!それを機械とは思えん機動で避け切った!)

「……賢者か?奴ならば造れるはず!だがそれよりも、機体が見えん!」

(何を企んでいるのだ……)

 ゼロスはまたもや魔法を唱えた。

「四界を拒みて魔を拒絶せよ 魔断壁マルドゥック!」

 そう唱えると、今度はゼロスの目の前には透明な球体が出現し、邪竜の頭ごとゼロスを覆った。

「来い!あらゆる魔術、余が至高の魔法で以て防いでくれる!」

 ゼロスは雲の隙間を見据えながらそう叫んだ。

 その瞬間、ターゲットがロックされる。隼人の機体はすでに、ゼロスの頭上にいた。

(中尉たちの仇!)

「ロックオン フォックス2、発射」

 隼人は発射ボタンを押し込んだ。それと同時に90式空対空誘導弾は推進剤を吹かせ、ゼロス目がけて亜音速で突っ込んだ。ゼロスがそれに気付き振り向き見上げた時には、すでに90式誘導弾は防御魔法を貫通していた。

「魔力が無い、だと…!」

 次の瞬間、ゼロスと邪竜の頭部は火球に包まれ、そして吹き飛ばされた。ゼロスはすでに、兜を再生成する魔力を残していなかった。

「お、のれ……」

 ゼロスは瞬間、意識を保っていたが、すぐに邪竜の頭蓋とともに体は消し飛び、意識は掻き消えた。そして脳を破壊された邪竜もまた、脳漿をまき散らしながら地鳴りのような咆哮を上げ、地表に向かって落下し始めた。邪竜デスペラードとその使役者、魔王軍ゼロス・タルコス将軍は、隼人の放った一発のミサイルによって絶命したのだった。


「す、すごい……」

 ある兵士は、空を見上げてそう呟いた。魔力の光跡を残して空に駆け上がった『それ』は、今まさに自分達と相対せんとしていた邪竜と魔王軍将軍を、鮮やかな火球でもって一撃のもとに葬ったのだ。その光景を、あるものは別の守備基地から。あるものは魔導高射砲陣地から。あるものは城のテラスから。そしてあるものは作戦司令部から、その光景を息を呑んでただ見守っていた。そして誰からでもなく、そこここから大歓声が巻き起こった。

「やった!やったぞ!邪竜が、ゼロスが死んだ!」

「一体あの光はなんなんだ!神の使いか?」

「昨日ワイバーンも撃墜されたらしいぞ!」

「きっと賢者様の魔術だ!あんなことが出来るのは賢者様しかいねえ!」

「俺たちの勝ちだ!初めて、初めて竜に勝ったぞ!」

 兵士たちは歓喜した。軽薄に、手放しに喜んだ。その喜びは、彼らが4年前からずっと欲していたものだったからだ。邪竜に勝てる。邪竜は殺せる。将軍だって殺せる。千年前と同じように。空は、魔族のものじゃない。兵士は、人々は歓喜した。


「なんとか、殺せたみたいだな」

 隼人は旋回しながら雲を突き抜け落ちる邪竜を見とどけた。そして思った。

(……でもなんだか、後味が悪い。アイツらは、数えきれないほど人を殺したはずなのに)

 そして隼人は、ポケットからシルクに託された魔結晶を手に取った。

(でも、アイツを倒せたのはこれのおかげだ。……ありがとう、シルク中尉)

 そして、さようなら。

 すると、魔結晶は突如として輝きを失い、光の粒となってさらさらと消え始めた。

「な!」

(結晶が崩壊していく…!魔力が尽きたのか)

「まるで役目を果たしたみたいだ……」

 隼人は最後に残った粒を握りしめると、手の甲で涙をぬぐった。そして操縦桿を握った。

「……よし!残りの燃料で首都まで行こう!」

 隼人は前方に見える首都に機首を向けた。


 その頃首都飛行場では、20歳ほどのローブを着込んだ女性が滑走路に立っていた。その後ろには、今まさに格納されようとしている複葉機があった。整備兵と搭乗員たちは和気藹々と語り合っている。

「高峰隼人……。物理防御を展開していなかったとはいえ、邪竜とゼロスを倒してしまうとは。想像以上だね」

 女性には、数キロ先を飛行するF-2戦闘機の姿が見えていた。

 そこに、一人の軍人が声をかける。

「シルヴィア様。ここにおられましたか」

「ゴリアテ中将か。持ち場はどうしたんだい?」

 それはゴリアテだった。ゴリアテは司令部を離れ、彼女を探していた。

「それは貴方とて同じでしょう。首都防衛の要が、しかも一人でこんなところにいては……」

「だがもう私の出番は終わってしまった」

 シルヴィアは、以前として戦闘機を見ながら言う。その下には、今まさに頭を失った邪竜が無残にも地表に墜落していた。

「……あの飛行機械は、シルヴィア様の造られたものでしょうか」

「違う。そもそもあの機体、魔力で動いていない」

(なんだと…?)

「魔結晶と魔術の反応はありましたが……」

「外付けだろう。現に、今は魔力は確認できていない」

「……!ではどうやって飛行し、そしてゼロスらを殺したのです!」

「落ち着け中将。君らしくないよ」

「ですが……」

 そこで、シルヴィアはようやく機体から目を離し、ゴリアテを見た。その目は、獣人の長であるゴリアテをも萎縮させる、底なしの目だった。その眼底には、千年の歴史が刻まれている。

「ゴリアテ、君は『勇者』をしっているね?」

「千年前、貴方とともに魔王を封印したとされる、異界の剣士ですか……」

「そうだ。かつて私とともに戦い、魔王アークサスを打倒した、この世を外れし『異界』の剣士。彼は、この世界の出身では無かった」

「まさか、シルヴィア様…!」

「そうだ。恐らく彼は、そして彼の機体は、この世のものではない。異世界からの来訪者だ」

「勇者、ですか……」

「今はまだ定かではない。だが、その素質はあるのではないかな?」

 ゴリアテは耳をピンと立て、緊張した。

(この御方、本気だ…!)

 ゴリアテは少し尻尾を揺らした。それは彼が考え込む時の癖だった。

「……早急に受け入れる体勢を整えます」

「よろしい。それと、邪竜の死骸には誰も近づかないよう伝えてくれ。あれは呪いを振りまく」

(それに、どうせ奴等は復活する)

「了解しました。では」

 ゴリアテは敬礼すると、傍にいた部下に何事かを命じ、立ち去った。そして残った将官がシルヴィアに言う。

「シルヴィア様もどうぞ中に。首相と国王陛下がお待ちです」

「今回の件、やはり私が説明するべきか……」

(彼と話したかったんだが)

「まあ仕方ないか。なにせ私は、『賢者』なのだから」

 賢者シルヴィアは、意味ありげな微笑を浮かべると、目の前にそびえるアルカディア城へと歩き始めた。









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