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魔導総学

 次の日、隼人は朝早くに目を覚ました。体感は丁度6時くらいだろうか。自衛隊で身に付いた生活習慣は、この異世界であっても変わらないようだ。隼人はいつもより丁寧に布団を畳むと、服を用意されていた濃緑色の戦闘服に着替えて、備え付けられた小さな洗面所で顔を洗った。

「さて、どうするか……」

 隼人は窓から外を眺めてみた。隼人の部屋は、丁度滑走路を見下ろせる位置にあり、何人かつなぎを着た整備兵たちが、一機の焦げ跡だらけの複葉機を整備していた。

「……あれでワイバーンの群れと戦っていたのか」

 隼人は思わず呟いた。昨夜見たあの姿からして、あの複葉機よりワイバーンの方が、いわゆる運動性能も、速度も勝っているように思えた。

 その時、ドアをノックする音がした。

「誰でしょうか?」

「私だ。クリス大佐だ」

 それは基地司令だった。大佐は、部屋に入る前から自分の軍帽を取っていた。明らかに昨夜と態度が変わっている。大佐は言う。

「朝は早いのだな」

「起床時間が厳しかったので」

「……そうか」

 指令は黙り込んだ。そして言った。

「私は、まず最初に君に礼を言わなければならない」

「え?」

「君は二体のワイバーンを倒しただろう。そのワイバーンが焼こうとしていた村があった」

「確かハーバル村と……」

「そうだ。そこには、私の妻と子がいた」

「……!」

「だが、死んではいない。妻は、今まさに焼き殺されようとしていたところを、突然ワイバーンの体が切り裂かれたと言っていた。そして、その後を矢のような影が、轟音を伴ってものすごいスピードで飛び去って行ったとも言っていた」

 隼人の事だった。隼人は、意図せず基地司令の家族を救っていたのである。

「私は昨夜、君の発言を真に受けず、あろうことか疑問の目を向けていた。大変な不義理だ」

「そ、そんな。不義理だなんて」

「だがやはり、義理は通さねばなるまい」

 大佐はそう言うと立ち上がり、深々と頭を下げた。

「貴方は家族の、私の恩人だ。心から感謝する。そして、今までの無礼を赦してもらいたい」

「も、もちろんです!ですから頭を上げて!」

 隼人は慌てて言った。大佐はその後少しして、やっと頭を上げると、軍帽を被り隼人を見た。

「君と、君の機体は必ず首都まで送り届ける。予定日は3日後だ。それまでの短い間だが、この基地で自由に過ごしてくれ」

 隼人はその厚意に戸惑った。この世界に未練などないはずなのに、この世界の住人である彼らは隼人に友好的なばかりか、感謝までしている。隼人の心の中には、図らずも親しみの心が生まれ始めていた。

「……感謝します、大佐」

「こちらこそだ。ああそれと、君の機体を格納庫に移動させたのだが、傷か故障が無いか見てくれないか?」

「分かりました」

 隼人は大佐に言われるまま、部屋を出て外まで歩き始めた。廊下ですれ違う人々は皆、隼人の事を横目で追っていた。ヒソヒソと噂話も聞こえる。

(……警戒されて当然だ)

 隼人は先ほどとは違い、若干の疎外感を感じつつも、基地建物を出て隣の格納庫に入った。中は朝でも薄暗く、人の気配は無い。そして目の前には隼人の愛機、F-2が鎮座している。小さな木造の格納庫を圧迫するその姿はまるで、どこか遠い宇宙からやってきた宇宙船のように見えた。

「……参るよな、こんな事」

 隼人が誰に言うでもなくそう呟いた途端、格納庫の扉が勢いよく開いた。

「お!いたいた!ちょっとアンタ!」

 後ろそう大きな声がしたかと思うと、オイル塗れになった1人の整備兵がこちらに歩いてきていた。

「あの、あなたは……」

「俺はシルク中尉。エリオットの坊主とアンタの機体を検分した」

 彼は整備兵長らしかった。

「なるほど。それで俺に何か……」

「挨拶さ。こんなヤバい機体を操るアンタと話してみたくてね」

 コルクの話によると、昨晩、この機体を一眼見てからF-2戦闘機に夢中らしいのだ。

「凄えよ、コレ。全面金属張りで胴と翼の継ぎ目が見えねえ。それに当然、金属モノコックだろ?」

(モノコック、久しぶりに聞いたな)

「そうですね。あ、あと胴体と翼は一体成型ですよ」

「まじか!?一体どうやって」

「ブレンデッドウィングボディって言うんですけど……」

「はー!そんな技術が!」

 隼人の解説に、シルクは一々大袈裟なほど相槌を打ってくれた。気付くと、時間は正午を回っていた。

「いやはや、参考になる話ばっかりだ!午後もぜひご教授頂きたいんだが……」

「構いませんよ。よほど専門的な話でなければ、ぜひ」

 その頃には、隼人はすっかりこの陽気で気さくな中尉に心を許していた。

 2人は基地内の食堂に移動すると、カレーのような食べ物を食べ始めた。これがまたカレーの味で美味しかった。

「それにしても空尉、クリス大佐のご家族を救ったんだって?」

 不意にシルクはそう尋ねてきた。

「救ったなんてそんな……」

「謙遜すんなよ。アンタは確かに、自分の意思でワイバーンを撃ち落としたんだろ?なら感謝されて然るべきだ」

「そういうものなんですかね……」

 隼人は考え直してみたが、確かに悔いは無かった。恩師である教官の言った通り、自分の直感と信念を貫いた結果だ。

「大佐、大層感謝してたぜ。特にあの人はこの戦争で両親を亡くしてる。それが妻と子まで失いそうになったんだ。俺ならアンタに泣いて抱きつくね」

「だから朝から部屋まで来てくれたのか……」

「ん?もしかして大佐、アンタの部屋までいったのか?」

「はい。それで頭まで下げられてしまいました」

「あっはっはっは!相変わらず律儀だなあ、大佐は」

 シルクは愉快そうに笑った。エリオットといいシルクといい、彼らには悲壮感を感じさせなかった。まるで戦時中じゃないみたいに。

「なるほど納得だ。俺からも礼を言うぜ」

「中尉どのまで……」

「大佐は俺たちの恩人なんだよ。あの人は3年前、新兵ばかりだった守備基地を1からまとめ上げたんだ。それからみんな彼を慕ってる。俺もその1人だ」

「そうだったんですか……」

 それから中尉はある事を聞いてきた。

「ああそれと、聞きそびれてたんだがあの機体、何を動力源にしてるんだ?」

「何って、ジェット燃料ですよ。ガソリンとか」

「ガソリン?なんだよそれ」

「え?」

「俺はてっきり結晶循環型の魔導エンジンでも積んでると思ってたんだがな」

「魔導、エンジン?」

「そう。魔力の結晶体、魔結晶の融合反応を利用してエネルギーを得る、あの魔導エンジンだよ」

「魔力?」

「おいおい、頼むぜ。魔力も知らないってお前……」

 そこでコルクは言葉を途切れさせた。

「なあハヤト。お前、どこの出身だ?」

「……日本です」

 隼人は正直に答える。それを聞いたコルクの表情は芳しくなかった。尋問室で見たのと同じ、疑いと不安の顔だった。

 隼人は今更のように後悔した。それは、先ほどから薄っすらと感じていた疎外感の正体だった。

(なにを俺は呑気に…!そうだ、俺は。この世界で俺は、何も知らない。何も関係ない、誰でも無い部外者なんだ……)

「聞いた事も無えな。ハヤト、お前一体……」

 その問いに、隼人はこう答えるしかなかった。

「異世界……」

「あ?」

「異世界から、来ました。多分、恐らく」

「………」

 一瞬、沈黙が流れる。それは隼人にとって、永遠のように思えた。だが、沈黙は破られた。

「……そうか。そうだったか!」

 コルクは先ほどから一変、またあの陽気な調子に戻って隼人の肩をバンバンと叩いた。そして笑って言った。

「つまり転移か!どうりであんな機体やお前が突然現れるわけだ」

 それは全く予想外の反応だった。

「……驚かないんですか?」

「驚くさ。でも異世界からの転移は前例もあるしなあ。別に、未知との遭遇ってカンジでも無いわけだ」

「そ、そうですか。そうなんですね……」

 隼人は思わず俯く。

「ん?お前、なんで泣いてんだよ。……もしかして気に障る事でも言ったか?」

「そんなことありませんよ。ただ、安心したというか……」

「……はは、そりゃ良かった。さっきからお前、影のある顔してたから心配してたんだ」

(今考えるとホームシックだったんだろうがな)

 シルクは一人で納得すると、先ほどの話を再開した。

「それで、ハヤトは魔力について知らないんだったな」

「そうですね。今現在の戦争状況は、エリオットが教えてくれたんですが……」

「アイツ、また中途半端に教えたなあ。まあいい、俺じゃ詳しくは教えられねえから、基本だけ教えるぞ。後は本を読め」

「ありがとうございます」

「いいってことよ。でだ、まず魔力ってのは空気みたいにこの世界に満ちていて、あらゆるものや力に姿を変える謎の力のことだ。これをエンジンなり、兵器なり、その他にも光源やらなんやら、とにかく色んな事やものに利用しているわけだな」

「……なるほど」

(電球だと思ってたあの照明は、魔力を使ったものだったのか)

「そして、これらの魔力を使用した技術系統をまとめて魔導総学と言う」

「魔導総学……!」

 それは、昨夜エリオットが言っていた言葉だった。

「単語は知ってるのか……。それで、魔導総学の学問系統は6つ。その中でも特に、魔術学と魔法学は一大学問だ。なんでかって言うと、俺たちが魔術、魔族どもが魔法を使うからだな」

 と、ここまで聞いて隼人は頭の中でその内容をまとめていた。

(魔力は姿形を変え、物を形作ったり、なにかしらの現象を引き起こす。この世界における魔力は恐らく、エネルギーとしての電気、資源としての原油のようなものなんだろう。それを人間や魔族は、例えば魔術、魔法として使用しているのか)

 聞いた限りだと、魔力やその使用方法は、科学的には説明できないいわゆるファンタジーなイメージで問題なさそうだ。後は、

「魔力を使って、具体的にはどんな事ができるんですか?エンジン以外では」

「そうだな……。例えば、被弾時のダメージを軽減する防御魔術に、金属加工や鉱石の錬成の効率を上げる錬金術。そして、魔族どもが使う、効果を発動させるために詠唱を行う魔法。で、この中でも特に、防御魔術は兵器類で重宝されてるぜ」

「じゃあ表の複葉機にも?」

「そうだ。いわゆる防御刻印ってのが刻まれてる。あれが無けりゃ俺たちは負けてたな」

「そんなに……」

「まあ詳しくは他所で聞いてくれ。それより、お前のメシ冷めるぞ」

「あ!」


 その後、コルクは部下も連れて、夜が更けるまで隼人とF-2について語り合った。

「それじゃあ、続きはまた明日だ」

「はい。ぜひ」

 隼人はシルクらと解散すると、部屋で服を着替え、ベッドに横になった。そして今日一日を振り返り始めた。

(……なんだか、不思議な感じだ。昨日の今頃この世界に転移して、すぐに帰りたいはずなのに、もう少し居てもいいと思う自分がいる)

 隼人は壁にかかるパイロットスーツを見た。

(……やっぱり帰りたいな。現状帰る方法も分からないけど。でも、もしその時が来たら、中尉たちや大佐には、別れの挨拶をしておこうかな)

 隼人はそう考えると、目を閉じた。そして真夜中、隼人は轟音と喧騒とともに目を覚ますこととなった。

「総員起床!総員起床!最悪の古竜が!邪竜デスペラードが来たぞ!」

 そう兵士は告げていた。





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