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航空機の可能性

 平野から見て、ダルカ山脈の裏側。その中腹の横穴に『竜の巣』はあった。

「氷竜様、お時間よろしいでしょうか」

 横穴の奥、白く巨大な翼を畳み鎮座する氷竜の前に、身長3メートルもあろうかという一匹のゴブリンが跪いていた。氷竜はその様子を一瞥すると言う。

「……ゴブリンロードか。何の用だ」

「は。手下どもの報告によると、人間の航空隊が現着したと……」

「それで?」

「ワイバーンの大半が賢者の魔術によって屠られた今現在、警戒すべきかと……」

 ゴブリンロードがそう言いかけた時、氷竜は芯から凍える声で言った。

「それがどうした。たかが飛行機械、我のファンブルアイスで事足りる話。それとも貴様、我を侮辱しているのか?」

「め、滅相もございません!氷竜様こそこの北の大地の覇者!竜の中の竜にございます!」

「ふん。そんな事は分かっている。もうよい、下がれ。意味のない議論で我の尊き時間を奪うな」

「……は。申し訳ございません」

 ゴブリンロードはそのまま横穴から立ち去る。その途中、ワイバーンたちがこちらをあざ笑うようにブレスを溜めていた。

「チッ!あのクソ竜が!」

 山を下る途中、ゴブリンロードはそう吐き捨てる。

「ロード様、そのような事を言われては……」

「黙れ!」

 その途端、横を歩いていた部下の顔面が拳で粉砕される。ゴブリンロードはもう一人の部下に汚れた拳を拭かせると、怒りの冷めやらぬ中言い放った。

「ええい、竜共め!禄に働かぬくせに偉そうに!」

 そして、ゴブリンロードは呟いた。

『統悪魔法 ツァーオベライ!』

 その瞬間、一部のゴブリンの意識が掻き消える。

「今日は遠く離れた村を襲わせるぞ!不味い兵士ではなく、女子供の肉を喰わせてやる!」


 次の日、簡易飛行場にて、隼人は刻印紙でカバーされた手のひらサイズの魔結晶を渡されていた。

「一応刻印紙で保護しておきましたが、それでも魔力は常に漏れ出ています。離陸の際は出来るだけ早く使い切ってください」

 整備兵は言う。

「うむ、了解した。リーベイン少尉に礼を言っておいてくれ」

「分かりました。ご武運を」

 隼人は魔結晶をポケットに入れると、パイロットスーツの上から耐G服を着る。

(魔結晶そのものに術式を刻める人材がいて良かった。流石は魔導技師だ、慣れている)

 隼人はそう思いながらF-2に乗り込む。

「少佐、本当に防御術式無しで飛ぶんですか?」

 不意にカイルが近づいてきて尋ねる。

「ああ、そうだ。今日は曇りだし、目視で発見されることも無いだろう。そもそも魔力を帯びていないしな」

「……確かにそうですね。全く、化け物みたいな機体だ……」

 カイルはそう言ってその場から立ち去った。もうエンジンをかけるのだ。

「エンジン始動」

 隼人の合図で脱着式の魔術刻印が発動する。やがて魔力によって空気が送り込まれ、タービンが回る。

「計器、異常なし」

 エンジンの轟音の中、隼人は計器盤を見る。機体の周囲では整備兵たちが慌ただしくシークエンスをこなしているのが見える。やがてグリルからゴーサインが出て、隼人はぬかるんだ滑走路に出る。

「あれは……」

 ふと周りを見ると、滑走路の向こうに明らかに乗り気ではないドリー大佐とルーカスが立っていた。どうやらルーカスが連れ出したらしい。

(気が利くじゃないか、ルーカス)

 隼人はそう思いながら滑走路に正対する。そしてキャノピーを閉めて酸素マスクをつけた。

『最終確認、よし』

 隼人はスロットルレバーを握ると無線に向かって言った。

『F-2戦闘機、離陸する』

 その瞬間、エンジンの甲高い音とともに、隼人のF-2はぬかるんだ地面ではありえない急激な加速をして離陸した。その跡にはキラキラと消耗した魔結晶の魔力が漏れ出ていた。

「………」

 その一部始終を見て、ドリー大佐はジェット気流で火の消えた煙草をくわえたまま黙り込む。

「どうです大佐、ご感想は」

(あれがF-2か!)

 そういうルーカスも、内心驚きながら尋ねる。やがて大佐は答えた。

「……煙草をあと1カートン仕入れてくれ。少し考えたい」

「……!了解しました」

 その頃隼人は、徐々に高度を上げ始めていた。目標は6000メイル。”農家跡”を通過したのちは4000メイルまで下げ、目視による偵察に移る。そしてまず最初の関門である。

(そろそろ例の”農家跡”か……)

 隼人は機体を傾けて雲の隙間から地上を見る。するとちょうど隼人は、自軍の最前線を通過していることが分かった。うっすらと川沿いに黒い線のようなものが見えている。そして、

「あれが”農家跡”だな」

 隼人の目線の先、川の対岸には農家跡を囲むように掘られた円形の塹壕とその内側の対空砲。そして後方には地下へと通じていると思わしき階段があった。

(無警戒だな。あの階段に蓋もされていない)

 やはり、隼人のF-2は感知されなかったのだ。それを確認した隼人は速度を上げつつ高度を下げる。

(ここを抜けてしまえば後はこちらのものだ。レーダーを見ても、ワイバーンはいないみたいだし、完全に相手が無警戒の状態で偵察が出来る)

 隼人はまず上空から見た”農家跡”の様子をメモに書き留める。

『”農家跡”地下通用路にカモフラージュの形跡は見られず、地面に露出している。探知型合成魔獣は恐らく地下に埋められている模様。上空からの爆撃が効果的』

 さらに隼人は敵前線を超えて侵入する。

(これで5キロ。塹壕は見られないし、地下通路で繋がっているんだろうな)

 要爆破対象である。最後に隼人はダルカ山脈を見る。

(変わった様子は見られないな。となると山の裏か……)

 だが、そこまで行っては流石に発見されてしまう。隼人は敵前線から15キロ地点まで侵入したところで旋回した。すでに偵察任務としては充分である。

(山脈まで塹壕が無いのが分かったのがデカい。対岸の塹壕やら拠点を攻略してしまえば、山脈までの敵勢力はワイバーンたちだけだ)

「そう簡単に行くかは分からないが……」

 隼人は敵の指揮官にあたる魔族を知らない。相手がこの事実に対してどのような解釈を持ち、対策しているのかを推測するのは、ルーカスたちの仕事である。

 隼人はその後、一度も敵に発見されることなく、悠々と飛行場に帰投した。ガリガリとランディングギアのこすれる音を聞きながら、隼人の機体は停止する。

「お疲れ様です。少佐殿」

 整備兵がコックピットから降りてくる隼人のヘルメットを預かる。そしてその場にはルーカスもいた。

「どうでした?偵察任務」

「ああ、”農家跡”の魔獣には発見されなかった。それと、敵前線から15キロ奥までの記録をした」

「15キロ?まさか、そんなに奥まで?」

「気づかれなかったさ。ワイバーンは哨戒中のものすら一匹もいなかった。相手の油断かは分からないけどな」

「十分すぎる成果です!さっそく大佐の元まで行きましょう!」

「あ、ああ」

(こいつ、こんなにテンション高かったか?)

 そして隼人はパイロットスーツのまま大佐の前に立つ。まず大佐が言う。

「早いな……」

「時速600キロで飛行しておりましたので」

「……結果は?」

「結果としましては、目視での偵察によりダルカ山脈までに塹壕が発見されませんでした」

 それには流石の大佐も驚く。

「な…!塹壕が無いだと!?本当か!」

「は。魔力によるカモフラージュの可能性もありますが、目視では」

「一つもナシ、か。舐められたものだな……」

 大佐はため息混じりに煙草を吹かす。

「それ以外は?」

「”農家跡”に恐らく20ジール連装魔導高射機関砲を3門確認しました。そして合成魔獣に関しては地表には確認できず、地中に埋められたものかと」

 大佐はそれを聞いてまたもや黙り込む。大佐は気付いていた。

(この男、優秀だ。恐らく目が抜群に良い。それにF-2戦闘機も驚異的なスピードと運動性だ。シーカー改がおもちゃのように見えてくるほどに。この二つの組み合わせに、少佐が育てた飛行隊か……)

 そこで大佐はドキリとした。

(それはつまり、つまり……)

 本前線においてバイパー大隊の航空戦力は、有効である。大佐は思わず冷や汗をかいた。

(いや、決断を焦るな。まだF-2と少佐の実力しか見ていない。決断を下すにはまだ早い)

 早すぎる。それは到底受け入れられないのだ。航空隊など、私の父など意味の無い……

「大佐?」

 不意に隼人の声がする。

「どうかされましたか?」

「ああ、いや。少し考え事をしていただけだ。任務ご苦労、ハヤト少佐」

「は。それで、バイパー大隊に関して……」

「それはまだ保留だ。私に考える時間をくれ。その、考えがまとまっていない」

「……分かりました」

 隼人は大佐の様子を不審に思いながら小屋を後にする。そしてその場にはルーカスとドリー大佐だけが残った。

「……ルーカス中尉、レント少尉は何と言っていた」

「”農家跡”に変化は見られなかった、と」

「そうか……」

 隼人は確かに、”農家跡”の監視の目を破ったのである。

「中尉、君はどう思う」

 大佐は不意にそう尋ねる。

「どう思うも何も、まだ僕も結論が付きかねていまして……」

 そう、ルーカスもまた隼人の話を聞いて動揺していた。そして興奮していた。

(今すぐにでも検証したい!”農家跡”にF-2が検知されなかったということは、単騎での精密爆撃が可能!それはつまり、一年以上の課題だった『敵前線に穴を開ける』を達成可能だという事!)

 そして大佐も考える。

(出来るのか?できてしまうのか?『魔の左翼』と笑いものにされたこのドーラ前線で、敵前線を突き崩す?無理だ。いや、可能だ!だが、それは私の恐れていたこと!)

 大佐は震える手で煙草に火を付ける。そして一服すると思考を整理する。

(……一旦落ち着け。この予想には不確定要素が多すぎる。それを一つずつ検証しないことにはバイパー大隊の真の価値は分からない)

 大佐はさらに考える。

(……クソ、これほどなのか?航空戦力とは、これほどまでに戦術の幅が広がるのか?)

 やがて、大佐はルーカスに言った。

「中尉、君の意見も聞きたいのだが……」

「大佐、これは僕の個人的な意見なのですが……」

 それと同時にルーカスも言った。

「「F-2を含んだ航空編隊を、何日か哨戒任務に就かせるのはどうだ?」でしょうか?」

 二人は口をつぐむ。そしてルーカスが尋ねる。

「大佐も、同じ考えなのですね?」

「ああ、そうなる……」

 その翌日、ドリー大佐の命により、バイパー魔導航空大隊の第一航空隊による哨戒任務が開始した。




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