表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/26

お手並み拝見

「おはよう、諸君」

 ドリー大佐はそう言って煙草をくわえる。その目の前には、隼人やルーカスをはじめ、今現在集まることの出来る前線の下士官までいた。そのためこの狭い小屋では非常に窮屈だった。

「さて、こんな朝っぱらに集まってもらった理由は他でもない、バイパー大隊の到着だ。」

 視線が隼人に集まる。

「バイパー魔導航空大隊、大隊長高峰隼人少佐です。よろしく」

「と、いうことだ。ルーカス中尉」

 大佐の指示でルーカスは作戦図をテーブルに広げる。

「この機会です。今一度前線の再確認を行います。まず最前線は平野中央を横断するシロン川下流から中流までの東西400キロ。これは流動的なものなのであくまで参考程度に」

(まあこの前線が一年以上動いていないんだが)

「そして北上して50キロにはダルカ山脈、通称『竜の巣』があります。ベント少尉、前線左の様子は」

 ルーカスの問いに、泥だらけの防寒服を着た若い将校が答える。

「は。小官の受け持つシロン川最下流では、日に1、2度の小規模な奇襲を受け続けています。特に対岸のパットとデルの農家跡には敵側の工兵がトンネルを開通、および拠点化しており、その応戦に兵站の大半を割いております」

 ルーカスはそれを聞いて頷く。

「ではメルン少尉、あなたは」

 それに今度は、いかにも歴戦の兵士然と言った風の初老の男が答える。

「変わりなし。川を挟んでのにらみ合いは依然として続いています。ゴブリン連中はもう完全に鹵獲した兵器を改造し、魔力そのものを弾薬として運用。こちらの防御術式の欠損率は常に5割。それに加え、そもそも前線に割く人数が少なすぎる。あと数か月もしたら渡河されるでしょうな」

 総合すると、戦局は不利である。ルーカスは言う。

「地図で表すと、ここが”農家跡”。そこから東に50キロ伸びて爆破済みの連絡橋。そして100キロ伸びてメルン少尉の受け持つ左翼中央。この司令部は最前線から南下して40キロの位置にあり、そして簡易飛行場も位置しています」

 隼人は作戦図をじっと見つめると言った。

「……なるほど。まず聞いておきたいのですが、今後大規模な反転攻勢の作戦計画はありますか?」

 それにドリー大佐が答える。

「まあ、無いな。ロマノフ中将は特に攻勢の激しい前線中央に釘付けで、兵站を両翼に割けていない」

「物資の要請も通りませんか?」

「ここは『魔の左翼』だぞ?誰が望んで貴重な兵士を送る」

 大佐は諦観気味にそう言った。隼人は思った。

(……そうか、諦めているのか。この戦況を見て、碌な成果を期待していない。前線の兵士にも、俺にも)

「では、我々を前線に投入してください。敵の意識が中央に向いているのならば左翼から……」

 隼人の発言に被せるように大佐は言う。

「分かった分かった。そうなるよな、総司令部のご意向は。だが駄目だ」

 隼人は若干の苛立ちを覚えながら尋ねる。

「それはなぜでしょうか……」

「これ以上戦力を削れない。陸上支援もなしに『竜の巣』近辺や山脈を攻撃なんて、ハチの巣をつつくようなものだ。これ以上この薄弱な前線に厄ネタを持ち込まないでほしい」

(これ以上、だと?)

「……それは逃げでしょう」

「なに?」

 場の空気からルーカスは察する。

(これはマズいな……)

 そして隼人が言う。

「失礼ですが、貴方は航空機の利点を無視しすぎだ。確かに装甲が薄く、ワイバーンのブレスに耐えられなくとも、それを補う機動性がある。特にシーカー改の旋回性能および操縦性能はそのワイバーンに匹敵しうる」

「スピンがあるだろ」

「改良しました。エンジンの補助術式の見直しに加え、構造材の補強を行っています」

「具体的な数値は」

「速度は時速250キロ。翼面荷重は48キロ/1平方メイルまで向上しています」

「武装は?」

「……変わりません」

「では駄目だ」

「大佐…!」

 隼人はそう言いかけてルーカスに止められる。

「落ち着いてください、ハヤト少佐」

 そして大佐は煙草をもみ消すと答えた。

「結論から言って、君たちに戦闘行為はさせない。砲兵隊の弾着観測か偵察任務に従事してくれ。といっても、その役目は『アブソルート』の獣人たちが請け負っているが」

 それに隼人が反論しようとしたとき、代わりになんとルーカスが言った。

「大佐、バイパー大隊についてはひとまず偵察任務に就かせるべきです」

 大佐はルーカスを見る。

「……リンクルが拒否するだろう」

「すでに了承済みです。そうでしょう?ハヤト少佐」

「……!ああ、そうだな。実は昨日、リンクルに会いまして……」

 大佐は隼人の話を聞くと、また煙草に火をつけて煙を吐く。

「はあ。何をやっているんだ、君は……」

 大佐は若干呆れ気味である。それを見たルーカスが畳みかける。

「大佐、これはバイパー大隊の実力を計る良い機会となります。大佐のお気持ちも分かりますが、これで大隊の練度が相当なものであれば、前線への投入は充分な選択肢となりえます」

「それが、作戦参謀としての君の意見か?」

「そうです」

 大佐は黙り込む。

(チッ。面倒くさい新人を2人も抱えてしまった。それも航空隊がらみで。厄介だ、目障りだ。飛行機乗りなんて、碌なもんじゃない。私はただ、代わりの人間が来るまで安静にしていたいだけなんだ。この不毛な前線で、『魔の左翼』で戦果を挙げるなど、ガキの妄想でしかない)

 そう考えて、ふと大佐は思い立った。

(かといって、このまま少佐と押し問答を続けても面倒だな。そうだ。ここは一度、痛い目を見させるのがいい……)

 そして大佐は言った。

「……では、”農家跡”周辺10キロを昼間に偵察しろ」

「な…!」

 その発言に、前線の将校2人はざわつく。そしてベント少尉が言う。

「大佐殿、それはいくらなんでも無茶です!あれはただの要塞ではなく、魔力反応型の合成魔獣が設置されていて、あの『アブソルート』でも隠密行動がバレているのです。それを航空機で通過なんてしたら……」

「だが、少佐は”改良した”と言っている。それに、F-2戦闘機とやらもあるんだろう?」

 それに隼人が答える。

「あります。何機編成での偵察でしょうか」

 大佐は少し言葉に詰まった。

(今の話を聞いてなお、やる気なのか?)

「……何機でも構わない」

「了解しました。日時は何時頃に?」

(まだ聞いてくるのか!)

 大佐は苛立ちながら答える。

「明日だ!明日の正午に出撃しろ」

「は。」

 以前として隼人は余裕の表情である。それを見て大佐は思わず尋ねる。

「本当に出撃するのか?」

「はい」

「その場しのぎの虚言でなく?」

「必ず実行します」

「………」

 大佐は煙草をもみ消すと、腕を組んで背にもたれる。

(とんだ莫迦か自信家だな、この少佐は)

「……勝手にしたまえよ」


 会議が終わり、小屋の外ではルーカスが隼人に苦言を呈していた。

「まったく。昨日と言い今日と言い、喧嘩っ早過ぎますよ、少佐」

「その通りなんだが、どうもな……」

「何が不満なんです」

「うーん。舐められる事、かな。有用な人材や部隊を、単なる思い込みで腐らせるのは嫌いだ」

「有用って……」

(言い切りやがった。どれだけ自信があるんだよ)

「そもそも、偵察任務はどうするんです。どうせF-2単騎で飛行する魂胆だと思いますが、”農家跡”の目はベテランの獣人隠密部隊すら見逃さない」

「安心しろよ。F-2に魔力は使ってない」

「……は?」

「俺がゴリアテ中将に提案したんだ。魔導エンジンや魔導弾薬を使わずに、火薬と合成燃料を使いたいと。その目的はドンピシャ、敵地偵察任務のためだ」

「そんなことまで……」

「どうだ。案外考えているだろう?」

「……いや、それどころじゃない。僕はどうも、貴方という人を思い違いしていたようだ」

(それに気づけなかった僕は、まだ未熟なのか……)

「とにかく、レント少尉には僕から情報を共有しておきます。少佐は僕が複製した地図を使って作戦を立てておいてください」

「ああ、助かるよ。さっきも、俺を諫めてくれた上に大佐の説得まで、ありがとう」

「……別に。あくまで僕の思う最適な判断をしただけです」

「そうか。でも、感謝する」

 隼人はルーカスに礼を言うと、飛行場のある廃村へと戻っていった。それを見送ったルーカスは呟いた。

(たかが礼を言われたくらいで……)

「見苦しいな、僕」

 その夜、ルーカスは自室である司令部の隣の小屋で、机に向かっていた。広げているのは作戦図とペンである。

「僕も、前線の見直しが必要だな……」

 ルーカスは飛行場を中心に、コンパスで円を書く。

(シーカー改もF-2も、『竜の巣』のあるダルカ山脈まで十分飛行圏内だ。そこまでの対空戦力は、新たに確認されたワイバーンがおよそ一個中隊と、鹵獲された対空砲が12門……)

「ワイバーンの補充が早いな。やっぱり首都への大規模な侵攻は計画的なものだったのか」

 あのヘルベル山地も見逃されているし、とルーカスは呟く。

(まあそれはいいとして、もしバイパー大隊が有力であった場合、どのように運用する?)

 そう考えた時、まずルーカスは思考を整理する。

(目標を前線の押し上げに絞った場合、必要になるのは自軍が渡河する際の援護だ。今まで川を渡れなかったのは連絡橋の破壊と対岸に待ち構える銃で武装したゴブリンの存在がデカい。それに連日のように襲来する小規模なゴブリンの奇襲部隊……)

「対する自軍は度重なる奇襲と物量の差、さらに『魔の左翼』騒動で士気が著しく低下。司令部の対応が後手に回りすぎた結果の悪循環だな」

 だが、今はルーカスがその司令部である。

(僕はそんな事にはさせない。この戦況を変えうるカード、僕はそれを見つけているんだ)

 ルーカスは前線に目をやる。

(レント少尉は攻撃に対して常に受け身だ。この状況を鑑みて、自分の決断を放棄する典型的な新人。一方でメルン少尉は、流石に10年軍にいただけある決断力がある。自分の部隊を見極めて引き際も理解している)

 それでも、前線は長い。

(左翼だけで150キロ、総全長は400キロに及ぶ。正直、今までこの人数で左翼を維持できていたのは幸運と言うべきだな。シロン川下流の広い川幅がゴブリンの侵攻を遅らせている)

「だからこそ、”農家跡”は最重要破壊拠点となる。ここを突き崩せれば、あちら側の前線に穴が出来る」

(教本通りだ。敵兵站の補給路の破壊。むしろ、識別しやすい記号となっている分、戦術例題よりも簡単なくらいだ)

 ミスは出来ない。

(そこで僕の持つカードを切る。つまり『バイパー大隊』。首都での噂通りならば、すでにバイパー大隊は”航空戦力”の一つに数えられる。それを操るのは、僕だ)

 ルーカスは思わず身震いする。

「僕の才能で、手腕で戦局を傾ける。その絶好のチャンス!」

 ルーカスは”農家跡”に印をつける。

(まずはお手並み拝見だ。あの大佐に存分に実力を見せつけろよ、タカミネハヤト!)

「そうと決まれば航空機の具体的な利用策だ。また紙が足らなくなるな」

 そして次の日、ルーカスの期待はいざしらず、隼人はF-2へと乗り込んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ