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ワイバーン殺し

「まずは名前と所属部隊名を聞かせてもらおうか」

 守備基地の最奥にある取り調べ室では、一辺15センチほどの謎の黒い箱が置かれた机を挟んで、隼人と基地司令であるクリス大佐が対面していた。天井に備え付けられた電球は、なぜかフィラメントも無しに煌々と部屋を照らしている。そして隼人は言う。

「航空自衛隊所属、高峰隼人三等空尉です」

 隼人は正直に答えた。だが、やはり相手の反応は芳しくない。

「貴様、またそのような事を…!」

 扉のそばに立つ兵士はこちらを睨みつける。この兵士は最初、隼人を連行した1人だった。中佐は怒る部下を諌めて尋ねる。

「止せベーリン。それで、お前の所属は置いておくとして、外のアレはなんだ?」

 アレとは、隼人の乗ってきたF-2戦闘機の事である。今は基地の人間が検分中だ。

「ジェット戦闘機、F-2です」

「あれが戦闘機?バカを言うな」

「ですが……」

「ではどう飛ぶのだ。プロペラの一つも無しに、何を動力とする」

「ジェットエンジンです」

 そこで基地司令は目の前の箱の中を見た。すると基地司令の表情は、みるみる内に困惑の表情に変わり始めた。

「まさか、正気で言っているのか?」

「正気とは?」

「つまりお前は、真実として今までの内容を語っているのか?」

「はい」

「………」

 隼人の答えに基地司令は考え込んだ。どうやらあの箱の中は、うそ発見器のようなものであるらしい。と、その時だった。

「司令!入ります!」

 不意に兵士が1人、ノックもせずに部屋に飛び込んできた。その兵士は興奮気味で、どこか高揚しているようにも見えた。

「今は尋問中だぞ」

「ですが司令!ワイバーンが、ワイバーンが撃墜されました!それも2体!しかも他の群れも撤退していきます!」

「……!それは本当か!」

 基地司令は隼人の事などお構いなしに椅子から立ち上がった。

(ワイバーン?)

 隼人は黙って彼らの会話を聞くことにした。

「撃墜だと?事故ではなく?」

「はい!たった今現地から通信が!」

「どこだ。どこで堕とされた」

「ハーバル村です」

「な、ハーバルだと!?……いや、今はいい。それで、誰が堕とした。航空隊か?」

 司令の問いに、その時初めて兵士は言い淀んだ。

「それが……不明です」

「不明?なぜだ」

「どうやらワイバーンの死骸に機銃掃射の跡があるらしく……」

「ではやはり航空隊ではないか」

「違うのです!機銃掃射と言っても、その口径がおよそ20ジールもあり、それでワイバーンの胴や首を両断しています……」

「20ジールの機銃掃射?そんなもの……」

 司令がそう言いかけた時、また新たに兵士、ではなく整備服を来た若者が入ってきた。こちらは若干困惑気味であった。

「……司令、お取り込み中でしたでしょうか」

「エリオットか。構わん、話せ」

「はい。指示通り例の機械を調べたのですが、その……」

「その、なんだ」

 司令の問いに、エリオットは口籠もりつつ答えた。

「……あり得ないのです。そもそもつくりからして違いすぎる。あんなに滑らかな接合面と曲面鋼板、王立工廠でも作るのは不可能だ。それに先端の尖ったあの形状。あれは……」

「待て。落ち着けエリオット。要点を話せ」

 大佐に窘められて、エリオットは一度息を整えた。そして言った。

「あの機械は飛行出来ます。それも、恐らく音を超えて……」

「……なんだと?」

「ですから、形状が余りに洗練されているのです。簡易的に計測しても分かるほど精密に計算された角度で、音を超えた際発生すると言われる衝撃波を機体の外へ受け流す。僕の予測が正しければあの機体は……」

「あの機体は、なんだ」

「……古竜種に匹敵する戦闘力を有している可能性があります」

 大佐は絶句した。

「……ありえん。古竜は、古竜種は1匹で国を滅ぼせるほどの力を持つとされている。それと、あの矢じりの様な機械が同等だと言うのか?」

「はい。それほどの潜在性を秘めているかと」

「エリオットをしてそこまで言わせるか……」

 中佐はどさりと席につくと、神妙な顔をして聞き入る隼人に尋ねた。

「……もしや、ワイバーンを殺したのはお前か?」

「ワイバーンというのが、あのドラゴンのような生物の事を指しているなら、そうです」

「………」

 箱を覗くと、またも大佐は長考した。額には汗が滲んでいる。そして数分経った頃、遂に司令は決断を下した。

「彼を余りの部屋へ案内しろ。それに例の機体も格納庫に移せ」

「司令!こんな得体の知れない輩を信用するのですか?」

 ベーリンが言う。だが、大佐の判断は変わらなかった。

「……信じるしかあるまい。現状の我々にワイバーンは墜とせるか?答えは否だ。ならば、やはり、彼と彼の機体が堕としたのだ。この特異な状況が、それを証明している」

「………」

「私は大本営と連絡を取る。エリオット、彼を部屋まで案内してやれ」

「はい!」

 エリオットはどこか嬉しそうに返事をすると、隼人を連れて部屋を出た。

「その服は飛行服ですか?」

「まあ、そうですね」

(耐Gスーツなんて言っても伝わらないだろうな)

「やっぱりそうだ!なんの対策も無しに音速なんて超えたら、加速負荷で失神してしまいますもんね!ああ、それと敬語はどうかよしてください。僕の方が階級は下ですから」

 エリオットはそう言って人懐っこく笑った。隼人はどこか緊張が和みつつも尋ねた。

「じゃあエリオット、幾つか聞きたいことはあるんだが、まずワイバーンってなんだ?」

「ワイバーンはゼロス・タルコス将軍直属、竜騎師団麾下の魔物です。ゼロス・タルコスはご存じでしょう?」

「いや、全く……。というか、そもそもこの地域?世界?の知識が皆無なんだ」

「それは驚いた!丸きり知らないとは。……では簡潔に申しますと、ここエルドラ大陸では3年前から、千年の封印から復活した魔王アークサス、そしてその配下である魔族たちと、我々人間やその他の種族が戦争を続けているのです。そして空尉どのが先ほど撃墜されたのは、首都近郊で不定期に夜襲を行っていた魔王軍のワイバーン部隊だったという訳です」

「………」

 何を言っているのかさっぱり分からなかった。

(エルドラ大陸?魔族に魔王?本気で言っているのか?)

「これが夢なんてことは……」

「お言葉ですが空尉、これは現実ですよ。いやはや、あの機体に……いや、空尉どのに出会えたのも奇跡のような現実ですね!」

 またもやエリオットははにかむ。が、今度は心が和むことは無かった。隼人はエリオットの説明を受けて、なんとか情報を整理していた。

(そもそも大陸からしておかしい。エルドラ大陸?聞いたことも無い。それに魔王やらなにやらと)

 だが、隼人は薄っすらと理解し始めていた。

(……でも俺の直感は、ここが現実だと言っている。夢なんかじゃない。この世界は、現実?)

 そこで隼人の脳裏にある言葉がよぎった。

(異世界……ここは、異世界なのか?)

 その突拍子もない予想を、あろうことか隼人は現実的だと受け入れようとしていた。

(でないと説明できない。魔王や魔族だのという全く常識の埒外の出来事を処理しきるのに、納得しきるのに、唯一この予想は理に適っている……)

 そう考えると隼人は、ある一つの事を切実に願い始めた。

(……帰りたい。元の世界に帰りたい)

「ですが、それは無理なんですよ」

 不意にエリオットの言葉が耳に入ってくる。

「む、無理って?」

「え?ですから、現行の航空機では設計からして……」

 どうやらエリオットはこの世界の飛行機の話をしていた。思い返せば、エリオットは先ほどから一人で、延々と語っていたのだった。それを思い出し、隼人はほっと胸をなでおろした。

(心臓に悪い……)

 そう思っていると、エリオットはいつの間にか話すのをやめ、ある扉の前に立っていた。

「つきました。ここが空尉のお部屋です」

 隼人は言われるままに室内に入って見た。中は六畳ほどで狭かったが、暖かそうな布団が置いてあった。この部屋にもやはり仕組みの分からない裸電球がぶら下がっている。

(戦時中と言っていたけど、案外まともな部屋だな)

 隼人はベッドに腰かけると、やっと一息ついた。それを見たエリオットは、どこか口惜しそうに廊下に立った。

「僕は今日には首都に転向してしまいますが、機会があれば、また」

「ああ、そうだね」

 会う気は無かった。エリオットには悪いが、それよりも、元の世界に帰りたかった。

「今度はぜひ、魔導総学について語り合いましょう」

 そう言うと、エリオットは扉を閉めた。

(魔導総学?)

 また知らない単語である。だがそれを考え始めるとキリがない。隼人はずっと着こんでいた耐Gスーツとパイロットスーツを脱いで壁のハンガーにかけると、隣にかかる着替えを無視して、Tシャツ姿のままベッドに倒れ込んだ。そして隼人は木張りの天井を眺めながら、一連の出来事を思い出していた。

(……だめだ、訳が分からない。俺にはまだ、知るべきことが多すぎる)

 そして思考を整理するように、目をつむった。隼人は、異世界で初めての一夜を過ごしたのだった。




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