聖騎士団長ジーク・リンデンベルグ
昼下がりのアルカディア城前、レバラン通りでは、隼人とシルヴィアが歩いていた。
「すまないね、突然呼び出してしまって」
「構いませんよ。ちょうど休日が必要だと思っていたので」
隼人は軽装の軍服を着ている。一方シルヴィアはまたローブ姿である。
「なるほど。君のしごきは相当キツいと噂だからねえ」
「でなければ強くはならない。中途半端な訓練は寧ろ腕が鈍ってしまいますから」
「ははは、その通りだ」
(なるほど、ゴリアテの言っていたのはこういう事か……)
「それにしてもシルヴィア様、自動車は使わないのですか?聖騎士団の本部は数キロ先と聞いているのですが……」
「それが、乗り物は好かないんだ。どうもあのエンジン音が合わない。個人的な理由で悪いがね」
「いえいえ、ちょうど俺もこの街並みをじっくり見たいと思っていましたから」
「それは良かった。まあ私とのちょっとしたデートだとでも思ってくれたまえよ」
それに隼人は苦笑いする。
「はは、そうですね……」
(どう反応するのが正解なんだろうか)
シルヴィアはその様子を見て言う。
「なんだ、ウケが悪いな。賢者のジョークは評判なんだがね」
(ちょっと傷付くな……)
そして20分ほど歩くと、道の左手に大きな教会のような建物が見えてきた。
「見たまえ、あれが本部建物だ」
「大きいですね……」
(どこかサン・ピエトロ大聖堂に似ているな。この世界の宗教って、どんな感じなんだ?)
さらに近づくと、3メートルほども高さのある塀と、重厚な鉄製の扉を持つ正門があった。その脇の守衛詰め所で、シルヴィアは守衛に話しかける。
「やあ、賢者だよ」
「……!フェアチャイルド様!どのようなご用件で?」
「騎士団長に用事だ」
守衛はそれを聞いて来客者リストを手繰る。
「……確かに。聖騎士様は今、礼拝堂におられますよ」
「ご苦労」
そして鉄の扉が一人でに開く。その表面にはうっすらと魔術刻印が見える。
「すごい量の術枝だ……」
「上級魔術程度はあるよ。ここは特別に使用を許可したんだ」
相当警備が厳重であるらしい。軍事基地ほどには。門を通ると、目の前にはいかにもな礼拝堂があった。その表面は白い石材に覆われており、汚れ一つない。
(キリスト教と近い宗教なのかな?)
隼人はそんな事を思いながら、中に入るために階段を登り始めた。その時、不意にシルヴィアが立ち止まった。
「どうされました?」
その問いにシルヴィアはしばらくして答える。
「……いやなに、少し気圧されただけだよ」
「気圧されるって、シルヴィア様がですか?」
「苦手なんだ、彼女は」
シルヴィアはそれ以上の事は言わなかった。そして扉を押し開ける。その構内には、両側の壁に備えられたステンドグラスからの、鮮やかな光に照らされる神々しい光景が広がっていた。その厳かな雰囲気に隼人は息を呑むとともに、その奥の祭壇の前に跪く、一人の女性の存在に気付いた。
(なんて綺麗なブロンドなんだ。日光を浴びて輝いている……)
「ジーク団長、お時間よろしいか?」
シルヴィアの声に、ジークは立ち上がって振り返る。
「……!」
隼人は驚いた。
(この人が王国最強、聖騎士団の団長?なんて美人なんだ……)
人並みな感想だが、隼人にそれ以上の形容の仕方は思い浮かばなかった。そんなジークは金の刺繍のあしらわれた白いローブを着ていて、そしてにこやかに挨拶する。
「はい、もちろんでございます。フェアチャイルド様」
隼人たちがジークに相対すると、まずシルヴィアが言った。
「2年ぶりかな?相変わらず老けないな、君は」
「フェアチャイルド様もお変わりないようで。それで、そちらの方が……」
「そうだ。少佐、君からどうぞ」
「え?ああ、はい。自分は陸軍少佐、高峰隼人と申します」
「異世界からいらっしゃったのですよね。私はジーク・リンデンベルグ。聖騎士団の団長をしています。以後お見知りおきを」
ジークはほっそりとした左手を差し出す。
(騎士団の団長とは、正直思えないな……)
「こちらこそ」
隼人は握手した。その時だった。
「ッ……!」
隼人は思わず手を離した。
「あの、どうかされましたか?」
ジークが心配そうに尋ねる。
「い、いえ。申し訳ありません……」
(鉄のように固い掌だった!一体どれだけ剣を握ればあそこまで!)
隼人は思わず冷や汗を流していた。そんな隼人を横目にシルヴィアは言う。
「……ジーク団長、例の聖剣は用意できているかな?」
「ええ、保管室の封印は日没まで聖竜様が解いて下さっていますよ」
「では早速向かおうか」
「ま、待ってください。俺はまだ、なぜこの場に呼ばれたかの説明を受けていないんですが……」
「ここでは言えないんだ。でも、危険のある案件じゃないのは確かだよ」
「はあ……」
そして隼人たちは礼拝堂裏にある、地下へ通じる隠し扉を通って長い階段を降り、そして狭い通路を歩き始めた。
「ずいぶん長いですね。それになぜか明るい」
「全て聖竜の権能だよ。仕組みは全くの不明だけど、魔力を用いた光源が壁面を覆っているんだ」
「……ずっと疑問だったんですけど、その聖竜様は古竜種なんですよね」
「そうだね」
「やっぱりそうだ。古竜は魔術でも魔法でもない魔導技術を持ってる。聖竜様もそうだし、邪竜の死骸だって呪いを……」
そう隼人が言いかけた時、シルヴィアが遮る。
「それ以上は言わなくていい。ジーク団長、」
シルヴィアはなぜかジークの名前を呼ぶ。それに先頭を歩くジークは答える。
「……大丈夫です、お薬と礼拝を済ませたばかりなので」
「そうか……。でだ、少佐。君の疑問は大方察した。だから答えてあげよう」
「それは、ありがたいです……」
(一体なんだ?今の不自然な流れは)
隼人の疑問をよそに、シルヴィアは話し始める。
「古竜の結界や呪い。それはズバリ、古竜種は我々の何倍も魔力そのものに精通しているからこそのものなんだ。私が魔力の概念を発見し、魔術を創ったのが1000年前。対して古竜種は、世界の創造から存在していたとされている。それも一匹として死なずに今も生きているんだよ」
「経験と知識の差、という感じですか」
「まあそうなる。特に4体いる古竜種のうち、剣竜ハンニバル、そして竜王イスカンダルはそれが顕著だ。いずれも行方不明だが、この二体が世界で最も強大な生物だと推定されている」
「シルヴィア様よりも強いのですか?」
「まあ、そうだね。私一人で戦うのは少しキツいかな」
「じゃあ……」
「おっと、そうだった。そうなるのか」
シルヴィアは隼人の口に指をあてる。
「言うのが遅くてすまないが、今はソレ関係のワードは禁句だ」
ソレとはつまり、魔王や魔族に関係した言葉、ということだろうか。
「なんで……」
隼人がわけを尋ねようとしたとき、不意にジークは立ち止まり言った。
「着きました、保管室です」
その目の前には、ある一つの扉があった。その傍には、甲冑姿の騎士が1人立っていた。
「警備ご苦労様です、ガブリエル」
「は。……そちらの方が例の異世界人ですか」
隼人の事である。
「ええ、タカミネハヤト少佐です。聖剣の様子はどうですか?」
「変わりありません」
「それは良かった。ではハヤト少佐、フェアチャイルド様、部屋の中までどうぞ」
ガブリエルが扉を開ける。すると扉の先には、洞窟のような空間が広がっていた。まるで人工物は見当たらず、ただその真ん中に、柄に金と銀の装飾が施された一振りの剣が浮いていた。
「この空間は聖竜様の聖域に指定されています。ですから聖竜様以外にこの空間に危害を加えることは出来ません。そしてこちらが、聖剣アヴァロンです」
ジークは宙に浮く剣の横でそう言った。
「聖剣、アヴァロン?」
「はい。アヴァロンとは聖竜様のお名前。そして聖剣とは、聖竜様がお創りになられた未来を見る剣なのです」
シルヴィアが言葉を継ぐ。
「君にはこの聖剣を握ってもらう。そして君の脳内に流れる未来の映像を伝えてほしいんだ」
「それが、ここに呼ばれた理由ですか……」
「そうだ。さあ、怖がらずに両手でしっかりと握るんだ」
隼人は瞬時ためらった。目の前に浮かぶこの聖剣は、あまりにも神聖に見えたのだ。それを、自分如きが触れて良いのか。だが、頼まれた以上はやらなければならない。隼人はごくりと唾を飲むと、聖剣の前に立った。
「い、いきます」
そして隼人は剣を握った。
気付くと隼人は、F-2戦闘機のコックピットにいた。
『ここは…!』
隼人は周囲を見渡す。キャノピーはなぜか前方が鋼板に覆われ、細いスレッド以外からはほとんど前が見えない。さらに計器類も見たことのないものに変わっており、その大半がボロボロであった。
『一体なんなんだ……』
その時隼人は、首の周りに違和感を感じた。そして首元に手を当てると、隼人はネックレスをつけていた。それは、牙のような形をしたクリスタルのついたものだった。
『魔結晶?でも、少し違う』
そして隼人が操縦桿を握って機体をロールさせようとしたとき、不意に声がした。
「その手を絶対に離すなよ」
『え?』
そして気付くと隼人は、聖剣を握っていた。目の前のシルヴィアが言う。
「見えたかい?未来は」
「多分……」
隼人は剣から手を離す。手のひらは赤くなっていた。相当強く握っていたのだろう。
「どんな未来を見たのですか?」
隣のジークも尋ねる。
「それが……」
隼人は自分の見た未来?を伝えた。
「ふむ、なるほど……」
「声がした、というのは初めてですね」
どうやら二人は、隼人の聞いた『声』が気になるらしい。
「その手を絶対に離すな、そう言ってきたのだろう?」
「はい」
「誰の声か分かるかな?」
「いえ、聞いたことのない声でした」
「そうか……」
「とりあえず聖域を出ましょうか。私やフェアチャイルド様はともかく、ハヤト少佐には魔力が濃すぎます」
「……そうだね。地上まで出ようか」
そして隼人たちは、終始無言のまま礼拝堂まで戻ってきた。そしてまずシルヴィアが言う。
「……ジーク団長、この件は内密に頼む。できれば大臣たちにも」
「分かりました」
「じゃあ少佐、私たちは城に戻ろうか」
「え?もう用件は済んだのですか?」
「ああ、後は私の仕事だからね。それともなんだ、この見目麗しい団長ともう少し一緒にいたかったかな?」
「ま、まさか!ただ、あっけないなと……」
「そんなものだ。寧ろ、あっけなくて良かったくらいだよ」
シルヴィアはそう言うとジークとガブリエルに礼を言った。
「それじゃあ、今日のところはお暇しよう。聖騎士団はこれからヘルベルの後援だろうから、私も城の一室から健闘を祈っているよ」
「ありがとうございます。今回もまた、神に誓って必ずや勝利しましょう」
「心強いね。じゃあ、また首都で会おう」
「ええ。そしてハヤト少佐も、いつか戦場で」
「……!はい、よろしくお願いします」
そして隼人たちは騎士団本部を後にした。それを見送ったジークは、よろめいてその場に膝をついた。
「キツいですね、やはり……」
「よく堪えた方でしょう。これを」
ガブリエルは懐から小瓶を取り出す。その中身をジークは飲み干した。
「……ふー」
ジークは深く息を吐く。そして立ち上がると呟いた。
「一体いつ、私は解放されるのでしょう……」
「魔族を絶やした時、『その時』の貴方はおっしゃっていました」
(……そうだ。全ての魔族を、私が殺す……)
やがてジークは言った。
「騎馬の用意と騎士の身支度を急がせろ、ガブリエル」
「……了解しました、団長」
そしてジークは、震える手を握りしめた。
(神よ、どうか私に力を……)




