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新育成カリキュラム

 模擬戦から一夜明け、隼人は固いベッドの上で目を覚ました。

「こっちのがしっくりくるな……」

 そう言って窓の外を見る。すると、朝焼けに照らされた首都の街並みが一望出来た。隼人は軍籍に入ったことで、ホテルから飛行場基地の一室に移っていたのだ。隼人は身支度を整えると、まず格納庫に入る。そこには何かの設計図を作業机に広げるエリオットがいた。

「早いな、エリオット」

「ハヤト少佐!」

 エリオットは敬礼する。

「少佐こそお早いですね」

「習慣なんだ。それで、その設計図はなんだ?」

「この機会にようやく新型の航空機が開発されるんでしょう?ですから自分なりにデザインしてみようかと」

「へえ、一人で書いたのか。どれどれ」

 隼人がその図案を見てみる。そこには、どこかゼロ戦に似た航空機が描かれていた。

(単葉機!それにこの設計、中々いい線いってるぞ?)

「なるほど、これは興味深いな……」

「でしょう?これを昨日整備兵長に見せたんですが、あの人はどうも……」

「俺がなんだって?」

 後ろから声がする。振り向くとそこには、グリル整備兵長ほか整備兵たち数人がいた。

「どうしたエリオット、言ってみろ」

「なんでも、ないです……」

 グリルはやれやれと言った感じで首を振ると隼人に、

「少佐殿、あまりコイツを甘やかさないでいただきたい」

 グリルはそう言ってエリオットを引っ張っていった。

 するとしばらくしてレオンたちの話し声が外から聞こえてきた。基地が動き始めた。

「……よし、始めるか」

 隼人はエリオットの書いた設計図案を懐に仕舞うと、そう呟いて椅子から立ち上がった。

 当分の目標は二つだった。現行の戦闘機を用いた対竜戦術の確認と改良、そしてパイロットの基礎技能の向上である。新型戦闘機の開発に関しては、今現在軍と民間混合でのコンペティションが計画されている。隼人は、ゴリアテから受け取ったそれらの資料と育成カリキュラムに目を通し、実行していく。

(結構詰め詰めだな。育成過程を終えたパイロットの育成とはいえ、その想定期間はたったの半年だ)

「これでも取捨選択が必要かな……」

 まず隼人は簡単なテストを行った。身体検査と、国数物理そして航空知識のペーパーテスト、最後に認知能力、空間認識、判断力のテストだ。これらを2日に分けて行った。

「少佐殿、こんな紙とにらめっこしている暇があるなら、機体に乗らせてくださいよお」

 そう苦言を呈していた第二航空隊隊長、カイルはペーパーテストで最下位だった。

「農家の次男だから仕方ないでしょう?」

 カイルはそう言うが、再テストである。これらのテストは公平でなくてはいけないのだ。

 そしてそれらの結果を総合10段階で評価する。これを見て隼人は考えた。

「満点はいない、9点はレオン一人、8点はゼロで、7点はカイルほか3人、か」

(正直、予想していたよりも低い評価だ。まさか平均が7ないし6を割るとは思わなかったな……)

 さらに詳しく見てみると、身体検査はみなほぼ同じで、ペーパーテストで最も差がでていた。ただ、その中で航空知識はみなほぼ満点。だが、

(さすがは各戦線の選りすぐりだ、航空知識で差は出にくい。だけど、判断力にバラつきがある。ワイバーンと戦う上でのポイントは、恐らく攻撃のタイミングを見極める判断力だ。それに対してこの結果は、ある意味致命的とすら言える)

 そこから隼人はより具体的な問題点と改善策を考える。

(同じ機体で戦わせるだけじゃだめだ。もっとワイバーンに近い運動が出来る的がいる。それは……)

「やっぱりF-2が最適だな。俺を敵に見立てた空中戦。ただ俺の後をつけるだけでもいい経験になるだろう。燃料が手に入ればだけど」

 そうと決まれば後は、そこまでのプロセスを考えて、日々の訓練に組み込めばいい。次の日、隼人はパイロットたちを一か所に集めた。

「全員傾注」

 ザッと軍靴の揃う音が聞こえる。

「今回行ったテストの結果を受けて、俺が新たに訓練メニューを定めた。これからはそれに従うように」

「は!」

 パイロットたちは、まずは何をするのかという目で隼人を見た。隼人は答える。

「まずは長距離走とリレーだ」

「……は?」

 新メニューでの訓練1日目、朝8時に訓練場のグラウンドに集まったレオンたちは、他の兵士たちに見られながらも延々と走り続けていた。すでに一周200メートルのトラックを50周以上している。そこにようやく隼人の声が響く。

「そこまで!各自、水分補給だ!」

 だがパイロットたちは膝に手をあててその場を動かない。

「まあ初日だからな」

 隼人がそう呟いた時、その内の一人、グラスマンが隼人に言った。

「少佐、俺たち、はあ、なんで、こんな新兵みたいな……」

「気の構え方として、それは間違いではないぞ」

「ですが少佐殿、基地の人間に見世物のように見られるのは……」

「勝って見返せばいい。これはそのために必要なことだ」

「……」

「必ず結果は出る。それに、リレーで勝った小隊は次の長距離走は40周に免除だぞ」

「マジかよ!」

「クソ!やるしかないか……」

 隼人の発言にみなが息を整えてストレッチをする。すでにやる気は回復しつつあった。

(この人は……)

 レオンは首を振ると、大きく息を吐いた。

「やるか」

 勝者はカイル小隊だった。

 それが終わると今度は座学である。王立魔導学院の学院長でもあるシルヴィアの協力で、外部から講師を招き、魔導航学や航空法、気象学について総復習する。さらに隼人は、独自に魔族についての授業も設けた。講師は学院で魔生物学科の生態学を専攻している、ルシア・ローデンという学生だった。

「どうも初めまして、この度竜種について講義をさせていただくことになりました、ルシア・ローデンです。みなさん気軽に『先生』とお呼びください」

 パイロットたちに笑いが起きる。

「おいおい、エリオットと同い年の先生かよ」

「また何を教わるって言うんだ?」

(こいつら、また安直に……)

 後ろで見ていた隼人が注意しようとしたが、それをルシアは目で制した。

「別に舐められるのは一向に構いません。それで食い殺されても私のせいではないので」

 場が静まり返る。みなこの16歳の発言に面食らっていた。ルシアは続ける。

「いいですか、皆さん。私の見たところ貴方がたは、思い込みの激しい傾向にあります。その油断をワイバーンは敏感に感じ取り、他の個体に伝えます」

 黒板に映写機で写真が投影される。それはとある解剖写真だった。

「これは翼竜種と竜種にのみ存在している、魔力を介して他の個体と情報の共有を可能とする、いわゆる無線器官です。現在使用されている無線は、この器官をもとにして作られていますよね。そして……」

 さらに写真が変わる。今度は鱗の写真である。

「この鱗一枚一枚が受信器官になります。ですから、表面には魔力を流す溝があるんです。さらに鱗が魔力で覆われるので空気抵抗も減り、防御としても役立ちます。大変興味深いことに、こういった魔術的要素は、実はワイバーン以外の魔族でも見受けられ……」

 ルシアの話は1時間続いた。だが、誰一人として声も発さず真剣にそれを聞いている。

「ということで、これがワイバーンの主な生態です。理解できましたか?」

「まあ、かなり……」

「勉強になりました!」

 後ろの方から声がする。それは、

「エリオット、お前なんで……」

「俺が許可したんだ」

 隼人が言う。隼人は、エリオットをこの講義に参加させることに、ある予想を立てていたのだ。

 授業後、案の定エリオットはルシアに質問攻めをしていた。それにルシアはさらっと答えている。

(やっぱりな。あいつの優秀さの根源は若さゆえの強力な知的好奇心。今のうちに様々な知識や考え方を吸収させれば、いずれその才能が開花するはずだ)

 実はそれはグリルの提案だった。なにかとエリオットをこき使うグリルだが、やはりその才能はかっているのだろう。案外面倒見のいい男である。

(それにしてもあの二人……)

 隼人はルシアとエリオットを見る。

「……まあ、いいか」

 体力トレーニングと航空学、竜についての講義、これら一連の訓練は1週間続いた。それからようやく、練習機に乗って飛行訓練である。練習機の4機並んだ誘導路では、まず第一航空隊の第一小隊から訓練を受ける。

「これから行うのは、ごく基礎的な編隊飛行だ。ただし、僚機との間隔は1メイル。それより離れていても、近づいていても駄目。さらに無線は禁止だ。そしてそこに、俺が敵として突入する。3秒以上俺に後ろをつけられたら失格、つまり撃墜とみなす」

 つまり3対1の模擬戦である。それも無線無しの。

「少佐……」

 レオンはそう言いかけた。

「レオン少尉、内容に変更はないぞ」

「そうではありません」

「……なに?」

「もし俺が少佐を撃墜したらどうなさるのです」

(コイツ……)

「腕立て500回、でどうだ」

「1000回ですよ、少佐」

 まだレオンは隼人に勝ちたいようだ。

(元気なおじさんだな……)

 だから生き残ったのだろう。隼人たちは練習機であるシーカーに乗り込んだ。

 編隊飛行はデルタ編隊で行われた。そのためか僚機との間隔1メイルは難なくクリアできた。

「どこからくる……」

 レオンは周囲を警戒する。つい先ほどから隼人の機体が雲の中に消えたのだ。

(機影すら見えない。どこに隠れた?)

 その時だった。ごうという突風とともに、デルタ編隊の目の前をシーカーが真上に突き抜けていった。

「真下から!」

 すぐに先頭のレオンは速度を上げて旋回する。それに合わせて僚機も散開したが、その時には隼人の機体は上昇しきって降下中だった。

「まずはグラスマンから墜としてやるか」

 隼人は真下のグラスマンの機体に対して背面降下を開始した。それを地上で見ていたカイルたちは圧倒されていた。

「すげえ、あんなに精密に速度を調整できるもんなのか?」

「うわ、またえげつないロールだ。もう2機やられちまった……」

「残ったのは、レオンか?」

 その頃レオンは、

「なんで追いつけないんだ、クソ!」

 隼人の機体を必死に追っていた。だが、隼人は絶妙なタイミングでレオンの射線から外れる。

「まだだ、あともう少し!」

 その10分後、レオンは格納庫の端で腕立て100回目を終えていた。

「もう100回か、早いな」

 通りがかった隼人が言う。もうすぐ第二小隊の飛行訓練が始まる。

「まああと少しだ。頑張れよ、レオン少尉」

「……」

 そして飛行訓練が始まってから1か月後、ついに隼人のF-2戦闘機に燃料が給油された。






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