表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/26

聖騎士と戦闘機

「クソ…!」

 レオンは頬に青い飛沫を浴びながら、滑走路に向けて機体を旋回させる。

 その光景に、地上の兵士たちは一瞬の静寂の後、爆発した。

「すげえ!あんな動き見たことねえよ!」

「今一瞬機体が浮き上がって止まったぞ!」

「ほら、はやく賭けた金よこせよ」

 そして、格納庫の前で見ていた整備兵たちは言葉を失っていた。

「……マジかよ」

「あんな機動、見たことも聞いたこともねえ……」

 一方エリオットは、思わずガッツポーズをしていた。

「よし!やっぱり勝った!隼人さんの実力は本物だ!」

 隣のグリル整備兵長も、驚きを通り越して呆れた表情をしていた。

「ヘタしたら死ぬぞ、あんな動き……」

(30年軍にいて初めて見たぜ、あんなイカれた野郎)

「兵長!やっぱり僕の言った通りだったでしょう?」

「……まあな。認めるよ、その腕前と度胸は」

 グリルは整備兵たちに呼びかける。

「おい、お前ら!早くお迎えにいってやれ。特に少佐の機体は、主翼の一つでも折れかねねえからな」

「了解!」

 その頃、上空の隼人も大きく息を吐いていた。

「ふー」

(コブラ機動なんてするもんじゃないな。寿命が半分ぐらい縮んだ感じがする……)

「……なにはともあれ、俺の完勝だ」

 そして二機は着陸する。基地の方からは歓声が聞こえてくる。

(絶対賭けてたな)

 隼人が機体から降りると、なんとそこにはエリオットがいた。

「エリオット!」

「お久しぶりです!それにしても、素晴らしい空中戦でしたよ、ハヤトさん!じゃなくて少佐!」

「いや、ギリギリだった。レオンは強いよ」

 そこに、レオンも機体から降りてくる。

「レオン……」

「申し訳ありませんでした」

レオンは間髪入れずにそう言った。

「え?」

「完全に俺の負けです。貴方に一発も弾を当てられなかった…!」

 レオンは悔しそうにそう言った。隼人は答える。

「偶然さ。コブラ機動が成功していなかったら俺が負けてた。というか死んでいた」

「それでも勝ったのは貴方だ。約束は守りますよ」

「頼もしいな。じゃあ少しは俺の事を信用してくれたのか?」

「腕前は」

「ははは、そうかよ」

 やがて整備兵たちが主翼を持って機体を格納庫に押し始めた。

「俺もやるよ」

 隼人は尾翼の方を持つ。それにある整備兵が言う。

「なにも少佐殿まで……」

「俺も一パイロットなんだ。乗る機体は大事にしてやらないと」

「あっはっは!初めてですよ、そんな事を言う上官殿は」

 隼人たちが機体を格納庫に入れるころには、野次馬もすっかり消えていた。

「それにしても、どうやってあんな動きしたんです」

 格納庫の一角では、木箱の上に腰かけた隼人たちが先ほどの戦闘について語り合っていた。地上から隼人がコブラ機動を成功させる様子を見ていたカイルの質問に、隼人は少し考えると答えた。

「そうだな、そもそもあれは時速400キロは無いと成功しないんだが……」

「400キロ!?」

 パイロットたちは驚く。

「そんなの不可能じゃないですか」

「本来そのはずなんだが、あの時は若干、上昇気流が発生していたんだ。その隙を逃さないようにピッチアップをしてエンジンを絞った。その後の機首を下げるタイミングは勘だな」

「上昇気流って、レオンさんは気付いてましたか?」

「その余裕は無かったな。今思えば操縦桿の効きが若干悪かったが」

 隼人はその機微を感じ取っていたのだ。

(技量もそうだが、少佐は肚の座りかたが尋常じゃない。土壇場の状況判断が冷静すぎる……)

 レオンは思わずため息をついた。

「それでF-2にでも乗ったら、邪竜も倒せるか……」

「レオンさん?」

 レオンはカイルの問いには答えず、言った。

「戦闘機乗りとしての少佐の実力を確かに理解した。俺は副隊長として少佐の後に付いていくつもりだ。お前たちはどうだ?」

「………」

 みな難しい顔をする。まだ抵抗があるのだろう。隼人はそれを察して言う。

「今答えをだす必要は無い。どのくらいの期間か分からないけど、俺は教官としてお前たちを指導する。そこで俺がお前たちの信頼に値するか決めてくれ」

「甘すぎですよ、少佐……」

 レオンが苦言を呈する。

「まあまあ、とりあえず解散だ。俺はゴリアテ中将に報告してくる」

「了解」

「了解しました」

 そして隼人は格納庫を後にした。それを見送るとカイルは尋ねる。

「レオンさん、本当に少佐を信用するんですか?」

「パイロットとしてな。お前たちも戦ってみれば分かる。あの人は多分、天才だ」

(戦闘機乗りとしてな)

 その頃隼人は、基地の廊下を歩いていた。新たに支給された軍服は思ったより動きやすく、何よりその襟と肩には金の刺繍を施された少佐の階級章が光っていた。それに基地の人間は、すれ違いざま敬礼する。隼人は図らずも想起する。

(ステファノンの時とは、当然だけど違うな)

 みな隼人に尊敬や感心の目を向けている。隼人は早くも軍人として受け入れられ始めていた。やがて基地の3階にある長官室の前に立つ。そう、ゴリアテはこの基地の基地司令なのだ。隼人は扉をノックする。

「誰だ」

「高峰隼人少佐であります」

「入れ」

 扉を開けると、そこには窓の外を眺めるゴリアテがいた。

「中将閣下?」

「……ああ、すまんな」

 ゴリアテは椅子に座ると、隼人を見上げた。

「中々様になっているな」

「近しい職業だったので」

「異世界か。元は軍人ではないのか?」

「自衛隊、であります」

「ふむ、まあ一旦おいておこう。それで、目標は達成できそうか?」

「これからの訓練次第かと」

「そうか。まあ実戦投入は最低でも1か月は後だ。それまで存分に貴様の能力を発揮してくれ」

「は。……それと中将閣下、一つ言いたいことが」

「なんだ」

「F-2戦闘機の運用方法なのですが、できるだけ魔術を搭載したくないのです」

「……ほう、それはなぜだ?」

「あの機体の強みは、速度と火力だけではなく、そのステルス性にあると考えているのです。F-2は魔導エンジンもその他補助術式も使わずに飛行でき、そのまま作戦行動が可能です。すると、魔力を持たない高速の飛翔体が高高度を飛行する、という図式が成り立ちます」

「ふむ、すると索敵や敵地偵察が安全かつ迅速に行える、というわけか」

「はい。機体の性能を十二分に発揮するには、この運用法が最も理に適っているかと」

「……一理ある。だがエンジンを動かす燃料が無いな」

「はい。その『ガソリン燃料』を調達できないかと」

「なるほど。では工廠の錬金工学者に掛け合っておこう」

「……!ありがとうございます」

「当然だ。シーカー改であのような動きを見せられては、F-2戦闘機ではどうなるのか興味のあるところだ。今日の模擬戦を受けて、私だけでなく、みなそう思っただろう」

「はい…!」

 隼人はその時初めて、確かな実感を得たのだった。


 その夜、首都結界を離れて数キロ弱のステファノン守備基地跡では、邪竜の死骸の調査が行われていた。調査を行うのは、邪竜の呪いに対して聖竜の加護を持つ聖騎士団である。甲冑に白のマントを羽織った騎士たちは、その死骸の前で立ち止まっていた。

「団長、瘴気がかなり濃いかと」

「かまわん。それで死ぬような雑魚はこの場にいない」

「では肉片を回収しますか」

 それに、団長と呼ばれた騎士はしばし答えなかった。団長は言う。

「……その前に塵の掃除だ。見ろ」

 団長の指さした先、真後ろに広がる巨大なクレーターの中にいくつか蠢く影があった。

「アンデットですか」

(基地の人間が瘴気にあてられたか)

 それを見た騎士の一人は団長に尋ねる。

「団長、どう対処しますか?」

「殺せ」

 即答だった。

「ですが元は人間……」

 そう言いかけた騎士の首筋には、いつのまにか剣の切っ先が当たっていた。それは団長の剣だった。

(いつの間に…!)

「だ、団長!おやめください」

「では貴様から死ね」

 切っ先が騎士の首に食い込む。そこから血が滴り始めた。それを誰も止めない。団長は言う。

「貴様は重大な勘違いをしている。それは、我ら聖騎士団としての在り方だ。我々は神の剣、魔の者に裁きを下す執行者。常に拭う暇もないほどの血と脂に汚れ、魔の敵であり続けなければならない。故に!」

 さらに剣が首に食い込んだ。あともう少しで動脈に到達する。

「故に貴様如きの下賤な意思で、神のご意思を歪めることなどあってはならないのだ!今そこに見えるのは、死してなお醜くもがく、虫以下の肉だ!直ちに滅さねばならないクソの塊だ!ならば、その剣をアレの臓腑に突き立てよ!見るも無残にぶち殺せ!」

「ッ…!」

(この人は狂っている!)

 そこでやっと団長は剣を抜いた。すでに流れ出た血は団長の手甲まで滴っていた。そして剣を向けられた騎士はドサリとその場に座り込んだ。腰が抜けたのだろう。それを見て団長は、

「チッ、敬虔さの足らん半端者めが」

 吐き捨てる様にそう言うと、隣の騎士に言った。

「ガブリエル、アレは除名だ」

「よろしいのですか?貴重な新人ですが」

「いい。どうせ戦場でもすぐに死ぬ。大して変わらん」

 そして団長は剣の血を払うと、クレーターに足を掛けてその中心を見下ろした。そこには焼け焦げた体にぼろぼろの衣服を纏った、兵士たちの死骸がこちらに這ってきていた。

(蛆が……)

「私が往く」

 団長はクレーターに飛び降りた。そして着地する瞬間、月に照らされてその刀身がキラッと光ったかと思うと、その時すでに団長は剣を収めていた。周囲には切り刻まれたアンデットの肉片が散らばっている。その様子を見ていた新人騎士は、首の出血を抑えながら息を呑んだ。

(俺もやられた、肉眼で追えないほどの高速斬撃。傍から見ると、速すぎてまるで緊張感が無い。負ける恐怖が無い)

 騎士は呟いた。

「あれが王国最強、『聖騎士(パラディン)』ジーク・リンデンベルグ……」

 ジークはクレーターを上がってくると、副団長であるガブリエルに言った。

「後で焼いておけ。ドッグタグは回収してやった」

 ジークの顔が月光に照らされる。真っ直ぐな鼻筋にやや引き締まった口元、その美しい顔立ちの中で、特に目立つその瞳は青く、気高く力強いまなざしを持っていた。そして月明りに照らされて鮮やかに輝く三つ編みのブロンドと、白く柔らかい肌には似つかわしくない血痕が飛び散っていた。

 ジークは言う。

「早く戦場に戻りたいものだ。魔族を鏖殺せねば、腕がなまってしまう」

 そして騎士たちは調査を再開するのだった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ