第一航空隊隊長 タカミネハヤト少佐
入学試験から2日後、隼人は泊っている部屋の呼び鈴を押す音で目が覚めた。目も覚めやらぬ中、のぞき穴を見るとそこには見知らぬ軍人が立っていた。とりあえずドアを少し開ける。
「はい。どなたでしょうか……」
「朝早くに尋ねた無礼をお許しください。小官は陸軍少尉、ラント・ケールであります。ゴリアテ中将閣下の命で、タカミネハヤト少佐をお迎えに上がりました」
「……少佐?」
(もしかして……)
「本日付けであります。中将閣下からの伝言に『合格だ』と」
「……!わ、分かりました。すぐに支度をします」
10分後、隼人が階級章の無い軍服で部屋のドアを開けた。
「お車を用意しております」
隼人は言われるまま、ホテルの前に停まるジープのような軍用車に乗り込んだ。
「俺は一体どこに行くんですか?」
「首都飛行場であります。……それと、私の方が階級は下ですから敬語はおやめください」
「ああ、そうだった。すまない」
(……そうだ。俺はもう少佐なんだ)
隼人はごくりと唾を飲み込んだ。
「すでに飛行場で中将閣下がお待ちです。それと、魔導航空大隊の編成員が」
「もうそんなところまで決まっているのか?」
「戦闘機乗りのベテランは少ないですから。それに、各前線ではそもそも航空機は軽んじられる傾向にあります」
「別にいなくても構わない、か。認識の改善が必要だな」
「正直、小官も同意です。これから先、必ず航空機が必要になってくると考えます」
「俺もだよ」
(元の世界での二度の大戦で、最も重要視され、発展したのが航空機だ。それはこの世界でも変わらないはず。竜が、そして人間がいる限りは)
朝5時の飛行場はひんやりとした空気が漂っていた。コンクリートによく似た建造材で作られた、無人の滑走路には着陸時のタイヤ痕が薄く伸びている。
(F-2もギリギリ飛ばせそうだな)
隼人は滑走路の脇に立って辺りの様子を眺める。
「少佐、こちらです」
ケール少尉に案内されて、隼人は一部城に隣接した航空基地に入った。以前来た時とは違い、兵士たちの熱気は無く、ひっそりと、どこか閑散としている。そして隼人が案内されたのは、ある大会議室だった。扉についたすりガラスの窓からは、明かりと人影が見える。
「小官はここで」
ケール少尉はそう言って敬礼すると、基地を後にしてしまった。隼人は若干寂しさを感じつつも、扉をノックした。すると、
「入れ」
ゴリアテの声がした。
「失礼します」
開けた扉の先、そこには奥まで並んだ長机の列と、そこにズラリと座る兵士たち。そして、正面奥には二人掛けの机に座るゴリアテがいる。隼人はキツい視線を感じながらもその場で敬礼する。
「高峰隼人少佐、現着いたしました」
「認識した。では私の隣に座れ」
「は。」
隼人は歩き始める。部屋を埋めるパイロットや整備兵の目線は、お世辞にも良いとは言えない。誰も彼も、この異世界人を警戒しているのだ。ただ一人以外は。
(……!あれ、エリオットか!)
机の最前列、こちらを見る顔ぶれの中に、人懐っこい視線を向ける青年が一人いた。それはステファノン守備基地で知り合った、エリオット・フォークナーという整備兵だった。
(あいつ、まだ若いのにこんなところに……)
そして隼人はゴリアテの隣に着席した。やはり、少し圧迫感がある。ゴリアテは言う。
「……では、この時点をもって魔導航空大隊は編制された。まずは軽い紹介をしよう。少佐」
ゴリアテに言われて隼人は起立する。
「大隊長を拝命された高峰隼人少佐だ。王国の一戦力となれるよう尽力するので、どうぞよろしく」
静寂である。拍手は無し。エリオットはソワソワしているだけだった。
(やっぱり受け入れられていないか……)
「では、第一航空隊から順に名乗れ」
ゴリアテの命令に立ち上がったのは、30代半ばほどの男だった。肌は日に焼けて黒く、がたいは良かったが、どこかくたびれて見えた。男は言う。
「……第一航空隊副隊長、レオン・グレイフォード少尉」
明らかにこちらを睨んでいた。それは、ただの疑いの目、というだけではないように見えた。そして第一航空隊11人が紹介を終える。残り一人は隊長である隼人である。隼人はパイロットも兼任するのだ。
そして第二航空隊に移る。
「第二航空隊隊長、カイル・レイノルズ少尉。よろしく」
こちらも全12人である。次に補助要員だ。
「整備兵長ヨハン・グリル大尉」
どこかシルク中尉を思い出す風貌である。そして、
「同じく整備兵、エリオット・フォークナー少尉!」
エリオットは元気に言う。隼人はこれで終わりかと思っていたが、この世界にはまだ役職がある。
「魔導技師ガーネット・リーベイン中尉」
「航空魔導士アル・クラウス少尉」
この二人はいわゆる魔術関係の役職である。具体的な役目はあまり想像がつかないが。
「では紹介は終わりだ。次に、私から本部隊の目標を発表する」
全員がゴリアテに注目する。ゴリアテは言う。
「それは竜の殲滅だ。具体的には竜種に勝りうる戦術と技量、そして機体を獲得する」
場がざわめく。
「不可能ではない。そして、その理由は少佐にある」
今度は隼人に視線が集まる。
(きたな……)
「彼の機体、F-2戦闘機の技術、そして少佐の技量と戦術を君たちに転用する」
「そんなの信じられるか…!」
「そもそも邪竜を倒したのは賢者様って噂だろ?」
特にパイロットたちから非難が集まる。そんな中、不意に手が上がった。それは、
「第一航空隊、レオン・グレイフォード少尉です。中将閣下のおっしゃられた『目標』には概ね同意です。ですが、そこに座りっぱなしの少佐殿は信用できかねます。この場にいる全員がその実力も、性能も見たことが無いのです。はっきり言って、そんな得体のしれない相手に命を預けられません」
「………」
隼人はそれに答えない。
「彼の元では作戦行動に支障がでるか?」
「その通りです!大体、戦場では鳴り物入りで来た奴ほど使えない!」
「それは侮辱にあたるぞ、少尉」
隼人が拳を握りしめる。
「ですが!俺の部下は、戦友はそういう無能な隊長に盾にされて死んだんだ!」
レオンの発言にパイロットたちは賛同し、さらにヒートアップする。
「口を慎め少尉。退室させる……」
その時だった。
「中将閣下、よろしいですか」
隼人が立ち上がった。その行動に、一時部屋が静まり返る。隼人は言う。
「レオン少尉、だったな」
「………」
「返事をしろ、少尉」
「……貴方には従えません」
「強情だな。それでよく生き残れたものだ」
「な…!」
「少佐、お前はなにを……」
隼人は続ける。
「少尉、お前は俺を信用できないと言ったな。それは俺の実力が分からないからだと。では証明してやる。機体の性能差を考慮して、俺と少尉、2人とも同じ機体でドッグファイトをする。そして俺が勝ったら命令を聞け。逆に俺が負けたら命令に従わなくていい」
「そんなこと、本気で……」
「本気だ。俺は大隊長で、そして第一航空隊の隊長だ。お前の前には俺がいる。先陣を切り開き、全ての戦闘の起点になるのは俺だ。いいか、他のパイロットたちも良く見ておけ。お前たちが命を預ける相手が俺であることを、俺は決して後悔させないだろう」
隼人の発言に、パイロットたちは一度押し黙った。隼人の気迫は凄まじく、それこそゴリアテのような有能な上官然としていたからだ。やがてレオン少尉が言う。
「……良いのですね?少佐殿」
「もちろんだ。俺の方こそお前たちの腕前を見たいと思っていた」
「チッ、口だけ達者な野郎だ……」
レオンはそう言い捨てると席についた。隼人も席につく。
「少佐、貴様……」
「申し訳ありません。俺の独断で……」
「いい、許可する」
「……よろしいのですか?」
「ああ。この場にいる皆が、確かに貴様の活躍を見たいと思っているだろうからな」
確かに、最前列の整備兵たちもざわざわとしている。
「むしろ良い機会ができた。これで貴様が勝てば一定の信頼を得られるだろう。たったの一勝でだ」
「重い一勝ですね」
「なんだ?貴様から言っておいて緊張しているのか?」
「咄嗟に出た言葉なので……」
ゴリアテはあきれる。
「貴様はそういうところがある……」
「でも、俺は勝ちますよ」
「勝たねば困る」
(なんと言ってもシルヴィア様のお墨付きだ)
「……信じているぞ、少佐」
「は。」
ゴリアテは室内がある程度静かになったのを見て立ち上がった。
「ではハヤト少佐とレオン少尉の模擬戦は3時間後に行う。シーカー改を二機、整備しろ。順次解散」
「了解!」
整備兵たちが解散する。そしてパイロットたちも。最後に、部屋にはゴリアテと隼人だけが残った。
「……これからは貴様が言うのだぞ」
「分かっております」
格納庫では、エリオットたち整備兵が、主力戦闘機であるシーカー改の整備を行っていた。エリオットはコックピットに乗り込みながら、エンジンに油を差しているグリルに言った。
「グリルさん、防御術式減らしていいですよね?」
「おう。っていうかお前、もう計器類のチェック終わったのか?」
「油圧も確認終わりです。ほら、ラダー動かしてたでしょう」
「……そうだな」
(こいつ、学院の工学科を飛び級で卒業しただけあるな。良い勘してる……)
「優秀な部下がいて幸運だぜ、まったく」
「僕もですよ。またハヤトさんと再会できるなんて幸運だ」
そういうエリオットに他の整備兵が尋ねる。
「お前、やけにアイツの肩持つけどよ。一体なんでだ?」
「期待ですよ。第三格納庫の戦闘機は見たでしょう?」
「ああ、例のF-2とかいうヤツか」
「皆さん思いませんでした?『これは速い』って」
「そりゃまあ……」
「どうみても音を超えられるな」
グリルが言う。
「でしょう?そして隼人さんはそんな化け物みたいな機体のパイロットですよ?」
エリオットは力説する。だが、周囲の反応は芳しくない。グリルはため息をつく。
「はあ。やっぱり若いな、お前」
「同感です」
エリオットはその意味を図り損ねた。
「……でも、理屈としては正しいはずです」
「理屈だけはな。考えても見ろ、機体が高性能であればあるほど、乗り手の力量は反映されなくなる。それはF-2にも言えることだ。例えば奴が機体を直進させたまま、あの大口径弾をバラマいてもワイバーンは倒せる」
「邪竜はどう説明するんです」
「不意打ちだろ。高高度からの急降下、ワイバーンも使う初歩戦術だ」
「……」
「お前には悪いけどよ、きっとタカミネハヤトは負けるぜ。なんてったって、相手は戦争初期からの熟練パイロットのレオン。それで機体はこのシーカー改ときた。ペイント弾を使うにしても、あのスカした少佐は木の葉みてえに墜ちるさ」
グリルの発言にどっと笑いが起きる。
「エリオット、この際賭けてもいいぜ。1000リーヴでどうだ?」
「おいおい、もう少し負けてやれって」
そんな会話を聞いて一人、エリオットはスパナを握りしめた。
(それでもハヤトさんは勝てる。僕の予想が正しければ、隼人さんは絶対勝てるんだ!)
エリオットはコックピットから降りて言った。
「その賭け、乗りましょう」
そして3時間後、滑走路には二機の機体がエンジンを吹かしながら並んでいた。パイロットはもちろん、隼人とレオンである。




