陸軍士官学校入学試験 2日目後編
ルーカスは、目の前の作戦図を見て考えていた。
(まずは状況を整理する。地形は、川が中央を縦に流れ、奥に森、手前に自陣の塹壕がある平野。敵はゴブリン兵1000が森を拠点として進軍、上空からはワイバーンとその上位種ワイバーンロードが2個小隊が接近中)
敵を模した黒い駒は、川の両側に分かれてじりじりとこちらに迫っている。
(……縮尺はなんだ?説明が無かったのがあえてだと考えれば、距離は無視するしかなさそうだ。すると森への曲射は可能にしても時間がかかる。ならば……)
そこでルーカスは閃く。
「……そうか。分かったぞ!」
「分かったって、なんのことだ。ルーカス」
隼人の質問に答えずルーカスは駒に命令する。
「ゴブリンは密集して前進、ワイバーンは上空から支援射撃を行う模様。第一、第二中隊は塹壕に展開。敵の進軍を遮断。砲兵隊は5分後に平野中央に観測射撃。総員、防御術式を起動せよ」
すると、自軍の駒が一人でに動き始め、歩兵の赤い駒が平面に描かれた塹壕内に広がり、砲兵の緑の駒が背後の砲兵陣地に移動した。
「おいルーカス、これじゃあ様子見が過ぎる。二個中隊も塹壕に残すのは過剰だ。それに航空隊は……」
(……チッ)
「素人は黙っていてくれ。僕一人で充分だ」
「何言ってんだよ。これはペアでの試験だ。独断で兵を進めるなんて……」
「だから!君は戦術のせの字も知らない無能だと言っているんだ!航空科を志願したのも、どうせ飛行機に乗ってみたいから、なんてふざけた理由だろうが。僕は違うぞ」
「なんでそうなる!だいたい……」
隼人とルーカスの様子を見て、その場に立ち会う試験官はため息をついた。
(……ここはダメだな。作戦指揮における最重要要素は情報の精査。つまり話し合いだ。その点、ルーカス・ウィンチェスターは突っ走りすぎ。状況整理は中々だがやはり未熟さが目立つ。そしてタカミネハヤト、こいつは正直未知数だ。戦術が得意とは思えないが……)
「もう勝手にしろ!君が自滅しても俺は責任を取らないからな!」
「ふん。上等だ!そこで大人しく『観戦』していろ!」
試験官はあきれた様子で首を振る。
(不合格だな。今のところは……)
そして5分が経過し、ルーカスの指揮した通り、砲兵隊が榴弾により弾着を観測する。
(命中は無し。まだ距離が掴めないか……)
「砲兵隊は続けて観測射撃。歩兵第三中隊は右翼から進軍し川沿いに防衛線を確保」
(最終目標は森奥の敵本陣への砲撃。そのためにまずはゴブリン兵を2方向から挟んで撃滅する)
「概ね順調……」
ルーカスが呟いた。その時だった。
「ルーカス!」
隼人が言う。
「まだ言うのか。お前は……」
「違う!塹壕左翼にワイバーンが接敵してるんだよ!」
「なに!?」
ルーカスが左端に目をやると、黒い駒が自軍塹壕に到達していた。
「しまった!ワイバーンロードか!」
ワイバーンの上位種、ワイバーンロードの飛行高度は最高8000メートル。対空射撃は届かず、さらに発見も容易ではない。
「高高度から急降下か!クソ、たかが駒のくせに!」
ルーカスは歩兵を左翼から撤退させる。そこにゴブリン兵がなだれ込んできた。
「最初からこれを狙っていたのか!」
じりじりとゴブリンたち、いや黒い駒は塹壕を前進していく。重装歩兵の機関銃も数が少なく防ぎきれない。あっという間に自軍は劣勢に追い込まれる。
「なんで。なんでこんなことに……」
ルーカスは思い出す。
『ルーカスよ、お前も兄のようにウィンチェスター家の名誉となるよう励みなさい』
父親はそういって顔も見ずに幼い僕の頭を撫でた。兄は優秀だった。頭脳明晰、明るく朗らかな性格で周囲に好かれる好青年だった。もちろん、父親と同じように政治家になった。今でも新聞で兄の顔を見る。僕は兄が嫌いだった。父は兄ばかりを贔屓していた。唯一の理解者だった母は戦争で死んだ。どうすれば僕は兄を超えられるのか。どうすれば僕は振り向いてもらえるのか。そう考える僕も嫌いだった。周囲の幸せそうな馬鹿どもも、露骨に態度を変えるごますり役人も嫌いだった。僕にあるのは魔術と戦略だけ。それだけが僕の武器だ。
ルーカスはその場に崩れ落ちた。
「……負けた」
「そんなことは無い!」
隣から声が響く。やかましい声だ。いけすかない声だ。
「タカミネハヤト……」
「立てルーカス!まだ戦闘は終わってない!」
「終わったさ。もうこれ以上なにが出来る。僕のせいで負けるんだ」
「お前のおかげで勝つんだよ!いいかルーカス。俺に考えがある。だから俺に協力してくれ」
「……は?」
(この馬鹿は何を言っているのだろう)
「何言ってんだって思うかもしれないけど、とにかく信じろ。ほら、立てよ」
隼人がルーカスの肩を持って引き上げる。想像以上に強い力だ。隼人は言う。
「ルーカス、この状況を打破するには手持ち全てを使うしかない。赤、緑、青、そして白の駒。これを使って逆転する」
「どうやって……」
隼人は駒に指示する。
「航空隊二個小隊はデルタ編隊で出撃。左翼に展開するワイバーンロードを包囲、撃滅せよ」
「ワイバーンロードにたったの二個小隊?やけでも起こしたのか?」
「違う。ルーカス、お前は戦略ばかりで肝心の兵站を見てないんだ。当たり前だけど、兵士は思考する。それは魔族でも、ただの駒でも同じことだ。ワイバーンの編隊を見てみろ」
隼人は黒い駒を指さす。
「……とても編隊とは言えないな。あれじゃあただの群れだ」
「そう。理由は先陣を切るワイバーンロードが先行しすぎているから。指揮官の不在は場に混乱を招く。そこでお前の考えた新戦術が生きる」
「……包囲戦術」
「そう。頭を潰せば奴等は身動きを取れなくなる。そこを一匹づつ墜とす」
「援護射撃の無くなったゴブリンはどうする」
「聖騎士だ。聖騎士一人でゴブリン兵を壊滅させる」
「……!それなら!」
「現状復帰。さらに敵の歩兵戦力が一掃される」
隼人は真剣な目付きで説明する。先ほどとは雰囲気からして違う。まるで、優秀な軍人のような……。
(こいつは一体……)
「……お前、何者だ?」
「え?それは……」
隼人は少し考えてから言う。
「ただのパイロットだ」
「………」
隼人の目論見は驚くほど上手くいった。ゴブリンたちは聖騎士一人に蹂躙され、ワイバーンロードを撃破されたワイバーンたちは混乱状態で、現行の戦闘機でも包囲ののち十分撃破出来た。さらに、観測射撃を行っていた砲兵はルーカスのおかげで地形と距離を把握済みであった。そのため森奥の本陣を榴弾によって、待機していたワイバーンごと粉砕した。隼人たちは戦闘に勝利したのだ。
「……よし、状況終了」
隼人が呟く。
(それにしても聖騎士が強すぎるな。逆に扱いづらかった)
そして二人の前に試験官が近づく。
「受験番号334001、002、合格だ。……見事だな」
最初に試験を突破したのは、隼人のペアだった。
「ありがとうございます」
「……ありがとうございます」
「では帰宅を許可する。二日間ご苦労だった」
会場である空き地を歩く途中、ルーカスは不意に言った。
「……すまなかった」
「なんだって?」
「僕の独断であの状況を作ってしまった。完全に僕のミスだ」
「……なんだよ。やけに素直だな」
「うるさいな!非は僕にあるんだ。これが道理だろ」
「お前……」
隼人は言いかけてやめた。
「いや、なんでもない」
「なんだよ。言えよ」
「なんでもないって。それより、いい指揮だったよ。ルーカス」
「……皮肉か?」
「まさか。ゴブリンに塹壕を破られたとき、ゴブリンとの白兵戦を選択しなかっただろ?お前無意識に兵士を守ってた」
「そんなことない。戦場に私情を持ち込むなんて……」
「それがお前の良いところでもある。戦場で照準ばかり覗いて、隣の仲間が撃たれたのに気が付かなかったら元も子もない」
「……そうかもな」
(俺は、目先の勝ちに固執して自分自身を見失っていたのか……)
「だろ?」
(今のセリフ、教官の受け売りだけど)
ルーカスは歩きながら拳を握りしめる。
「……ハヤト」
「なんだ?」
「次は勝つ」
「俺にか?」
「両方だ。お前にも、戦争にも勝ってやる」
「……まあ、新しい目標が見つかったようでなによりだ」
隼人もまた、新たに決意を固めた。
(できるかもしれないな、大隊長)
試験の結果は、二日後に発表された。
その頃、首都アルカディアから遠く離れた辺境、アークサス島では魔族たちが集結しつつあった。
「……魔王様はまだか?」
ゼロスが言う。教会のような建物の真ん中には、黒い円卓が置かれ、各々が席についている。
「まだ魔王様には封印の影響が見られます。当分御目見えなさらないかと思いますよ」
一人が答える。人間の子供のような容姿である。
「それよりよぉ、リバイアサンを増やしてほしいんだよな、オレ」
「ヴァード、貴様は欲張りすぎだ」
ゼロスが睨む。その先には、円卓に両足を乗せてくつろぐ魔族がいた。やすりのような皮膚に切れ長の目と鋭い歯は、人型の鮫を彷彿とさせた。彼は言う。
「黙れよゼロス。邪竜ごとぶっ殺されたくせに指図すんなよな」
「今までに殺された水魔の数を数えてから意見しろ、雑魚が」
「……もう一度死んどくか?」
「まあまあ、双方収めて。ここで極大魔法を使おうとしないでください。僕、死んでしまいます」
先ほどの子供のような魔族が言う。
「そういうお前はどうなんだよ、ベスタ。人間と獣人の子供ばっか集めて、遊んでるようにしか見えねえぜ」
「まさか、ちゃんと考えてますよ。『嫌がらせ』」
「……相変わらずか」
「プロメアはどうだ?」
ゼロスの問いに、先ほどまで黙っていた軍服姿の魔族は答える。およそ人間と区別がつかない。
「……目立った進展は無し。可も不可も無い」
「昨日も東で大勝したくせに、謙虚なジジイだなあ。どっかのバカとは大違いだぜ」
「燃やす……」
ゼロスそう言いかけた時だった。咄嗟にヴァードは足を仕舞い、その場に静寂が訪れた。どこからともなく声が聞こえる。
『……甦ったか、ゼロスよ』
「は、魔王様。申し訳ございません」
『よい。アレは放っておけば復活する。そも古竜に死の概念は無い。そしてヴァードよ』
「は。」
『シーサーペントが欠けたようだな』
「……は。」
『では新たにくれてやる。名は海溝王ティターニア。これでもって海を獲れ』
「……!ありがたき幸せ!」
『うむ。では将軍たちよ。此度の集い、目的は変わらず。目標は大陸首都アルカディア。陸も、海も、空も、すべてアルカディアに向けて進軍せよ。その暁には、我ら千年越しの勝利を刻むのだ』
そして魔王の気配は消えた。
「ふー、疲れるぜ。嫌な汗がでちまうよ」
ヴァードは椅子にもたれる。
「貴様がそれだけの忠誠心だったということよ」
「言うじゃねえかゼロス。そういうお前はどうやって首都に進攻すんだよ。邪竜無しで賢者の守りは突破できねえだろ」
「案ずるな。策はある」
「策?」
「じき分かる」
ゼロスは意味ありげにそう言うのだった。




