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陸軍士官学校入学試験 1日目

 試験当日、隼人は昨日購入した私服を着て試験会場へと向かっていた。その費用は有難いことにゴリアテが出してくれたのだが、服を渡す時、ゴリアテの目つきが鋭い感じがしないでもなかった。それに、毛が逆立っていた。

(それにしても、ミーナさんがゴリアテ中将の一人娘だったなんてな。変な誤解をされてないといいけど)

 さあ考える隼人の乗った路面電車は、首都中心へと向かっていた。電車といっても魔導機関によって動いているのだが。

(でも、魔術はバッチリだ。ミーナさんの指導が効いた)

 隼人はなんとなく周囲を見る。車内には他の受験生がちらほら見受けられた。みな使い古した参考書を読み込んでいる。

(……やっぱり思い出すな。自衛隊は18で入ったけど、一応大学受験もしたんだよな。共通一次とか、俺もこんな感じだったかなあ)

 お母さんが手作りのお守りくれたんだっけ。隼人のつり革を握る手に力が入る。

(絶対合格してやる。魔王を倒して、元の世界に帰るんだ!)


 試験会場である陸軍士官学校校舎は、ちょうどアルカディア城の大きな堀沿いにあった。城の向かいは首都飛行場である。隼人は校門の前で、事前にゴリアテから受け取っていた受験票を用意した。隼人の戸籍はしっかり取得済みである。

『この受験票を見せれば、別室に案内されるはずだ』

「おはようございます。受験票はお持ちですね?」

 受付に言われた通り、隼人が紙を見せる。受付は手袋をしていたものの、紙をベタベタと触ってよく観察していた。

「……はい、大丈夫です。では、航空科一般は二階になります。頑張ってください」

「ありがとうございます」

(よし。それで二階にその別室が……)

 少し歩いてふと、隼人は靴箱の前で立ち止まる。

(航空科の、一般?)

「もしかして俺、一般入試に案内された?」

 隼人は急いで受験票を確認する。

『国立陸軍士官学校 航空科一般入学試験 受験番号334001』

「マジかよ……」

 隼人はすぐに監督者に言おうとしたが、すぐに思いとどまった。

(いや、待てよ?確かついさっき、正門の前で受験票を確認したぞ?その時は『特別措置試験』とか書いてあった。その後手にもったままだったから……)

 十中八九、これは自分の受験票である。

(でも今は書き換わってる!一体どうして……)

 心当たりは、あった。

「……受付か」

(さっき俺の受験票を確認した受付、不自然な持ち方で紙を持ってた。それに素手ではなく手袋をして。考えられるのは、手袋に仕込んだ魔術による受験票の書き換え、か。でも、そんな不正行為対策されているはず……)

 隼人が考え込んでいると、不意に試験監督者である軍人の声が響く。

「試験開始5分前!」

「まずい!」

(このことは試験監督には言えない。とりあえず今は教室に行かないと……)

 隼人は大急ぎで二階に駆け上がった。

(間に合った!)

 すでに隼人以外は席についていたが、時計を見ると開始4分前である。隼人は自分の席に着席すると、上着を脱いで筆記用具と受験票を取り出した。

「それでは試験日程一日目、航空科筆記試験を開始する。筆記用具と受験票のみを机の上に置いて待機しろ。私語は厳禁。カンニングは即刻退場処分の後、試験資格を永久にはく奪する」

 最後の言葉に教室の空気が張り詰める。そんなつもりはさらさら無いが、言われると緊張してしまう。

(でも今はそれどころじゃないんだよな)

 隼人の額には汗が浮かんでいる。こんな事態、どう対処すればいいのだろうか。

「……確認が終わった。ではまず、数学の問題用紙を配る」

 結論から言うと、隼人は筆記試験を全て受けた。

(終わった……)

 隼人は鉛筆を置く。解答は回収し終わり、休み時間である。

(何が終わったって、試験の出来もそうだけど、今になっても対処策が浮かばない。このまま受けるしかないのか?)

 とりあえず、一日目はこのまま受験しよう。隼人はそう思うとため息をついた。と、先ほど置いた鉛筆が床に落ちる。

「あ……」

 拾おうとしたところで、別の手が伸びる。それは右隣の受験生だった。ゴリアテに負けず劣らずな鋭くキツい目をして彼は、不機嫌そうに鉛筆を拾い渡した。

「ごめん。ありがとう……」

「不快だ」

「は?」

「気が散る。そもそも筆記具を落とすなんて、受験生としての意識が無いのか?見た目の年齢的に、初めての受験でも無いだろうに」

「……」

 隼人は面食らっていた。そして無言で鉛筆を受け取る。

「おい。無言はないだろう。君は常識も無いのか?」

「アリガトウ……」

「ふん。どういたしまして」

 彼は荷物を持って席を立った。

(……なんなんだ?アイツ)

 隼人は彼の背中を睨んだ。

(カンジ悪すぎだろ。それに、見た目の年齢的にってなんだ?)

 隼人の鉛筆を握る力が強くなる。

「もっと違う言い方があるだろうが」

 隼人は少し苛立ちながらも席をたつ。次の試験に向かうためである。それは、ミーナの言っていた実技試験、つまり、魔術式の製図である。どうやら今年は、全員合同で体育館で行うらしい。

(広いな……)

 受験生1000人分の机が入る巨大な体育館である。天井が落ちてこないか心配になる広さだったが、そこは魔術で解決できる。周囲では、他の受験者たちのザワザワとした声が聞こえる。前年度とは違う仕様に困惑しているのだろう。

(俺の席は……)

 隼人は自身の番号が書かれた机を探していた。と、目の前に見つけた。その隣には、

(番号的に、またアイツが隣なのか……)

 隼人は椅子に座ると、右隣をチラッと見た。彼は勉強する素振りも見せず、良い姿勢で待機している。

(予習とかしないんだろうか……。でも俺の見たところ、教室で一番速く全ての問題を解き終わっていたのはコイツだったな。相当頭が良いんだろう)

 それゆえの傲慢さなのか。そもそも傲慢なのか。そう言い切るには、この青年はどこか誠実そうに見えた。

(……まあまずは自分の事だ。魔術は結構自信がある。特に術式の製図はミーナさんとミッチリやってきた)

 それもたったの二日間であったが、やはり気休めは必要である。

 やがて、試験開始時刻となった。その時だった。体育館の舞台に一人の人物が現れた。それは、

「シ、シルヴィア様…!」

 それは『賢者』シルヴィア・フェアチャイルドであった。

「本物の賢者だ!なんでここに!」

「賢者だって?なんで彼女が……」

 ざわつく受験者に、シルヴィアは咳払いをする。なぜか良く響くその声は、場に静寂をもたらした。

「さて、困惑気味の皆さんこんにちは。私はシルヴィア・フェアチャイルド。今回は、いや今回から、王立魔導学院の学院長としてこの場に立つこととなりました。よろしく」

 またもや会場は騒然となる。

「はあ。やはり駄目か。私だって事前に知らせるつもりではあったんだ。しかし、それではこの試験の意味が無くなってしまう。なので突然の変更については謝罪する。だが、試験は続行。今年度から、実技試験科目『魔術式の速記』を行う。監督者は私。不正行為は不可能だと思ってくれていい。そして、この試験はその名の通り速記試験だ。つまりスピードが重要。そこで……」

 シルヴィアは会場中を見渡し言う。

「採点基準は二つ。魔術式単体の評価と、完成するまでの速さ。つまり順位をつける」

 もはや誰ひとりとして声も発さない。

「完成したら、これから配布するタイマーを押してくれ。では試験を開始する。せいぜい頑張りたまえ」

 その目は、たしかに隼人を見据えていた。

「……!」

(もしかしなくても、俺を一般試験に参加させたのはシルヴィア様か!)

「……気付いたか。勘はまずまずかな」

 シルヴィアは舞台でそう呟くと、会場全体を睥睨した。今は試験官が魔術刻印紙と専用インク、そしてタイマーを配っている。大体の受験者は困惑気味で落ち着かない様子だったが、何人かは微動だにせず前を見ている。特に隼人の向かって右隣の青年などが顕著だ。

「良い自信と冷静さだ」

(……今年は粒よりだと聞く。そんな当たり年に試験内容の突然の変更。一見悪手に見えるが、私はそうは思わない。才能が集まっているからこそ、この試験は生きる。知識だけじゃない、焦り、動揺、困惑といった感情のコントロールが必要なこの状況で、いかに適応し、勝つか。それが分かる)

「これを許可したグレイストーンは、やはり私と似た者同士だった、というところかな。フフ、お互い性格の悪い」

 だからこそ『知れる』。シルヴィアは隼人を初めて見た時と同じように、不敵な笑みを浮かべた。


 試験が開始した。問題はルーン型円形魔方陣を用いた防御術式の製図。上級魔術以上で使われる方式で、術式の比較的簡易である防御術式を製図する。例えるなら、鉄板で折り鶴を作るようなものである。つまりこの課題を達成するには、何かしらの工夫が不可欠なのだ。

(……難しいな。本来防御術式にルーン文字は必要ない。むしろ、術枝が複雑になるだけ。なら、基底術式はそのままに、外縁のルーン文字を攻略するのが妥当なのか?)

 隼人は目の前のタイマーを睨む。試験開始から5分が経過しようとしていた。だが、会場にインクペンを走らせる音は聞こえない。ただ、右隣以外からは。そして不意にタイマーを押す音がして手が上がる。

(右隣!アイツ、もう完成したのか!?)

 試験官はそれを見ると、2つの魔結晶の欠片を持って近づき、その魔方陣の中心と一番端に置いた。すると、両方の魔結晶が光り始めた。それを見た試験官が言う。

「受験番号334002、合格。ペンとインクを置いて退場しろ」

(合格した!たった5分で!)

 一体彼は何者なのか、それを考える余裕は無かった。開始10分あたりからチラホラと合格者が出始めていたのだ。

(焦るな。集中しろ)

 隼人は内縁の基底術式を組み上げ、問題の外縁のルーン文字に移っていた。

(並みの発想じゃ攻略できない。なにか、セオリーから外れたもの、異なったものを……)

 そこで隼人は気付いた。

(……そうだ、俺は異世界から来たんだ。そして元の世界では、魔術はいわばコンピュータのようなもの。回路同士を繋げた大きな回路基盤だ。そしてルーン文字はそれだけで1000通り以上の変数を持つ情報の集合体……)

「……そうか!」

(ルーンをCPUのように仮定して、術枝をそこに集約させれば……)

 隼人はペンを走らせる。

(できた!やっぱり術枝の総量が減っている!かさばるはずのルーン文字が、その術枝を減らす有効な手段として生きた!)

 隼人は同じ要領で他も仕上げると、タイマーをストップした。結果は見事合格。最終的なタイムは20分、順位は150位ほどであった。

(受験者は全部で1000人、結構頑張った方じゃないか?)

 隼人は帰りの電車でそう考えた。

(それにしても疲れた……。帰ったらゴリアテ中将に連絡しないとな)

 隼人はそう考えながらも思った。

(……でも、ちょっと楽しかったかな。ルーン文字の対処は我ながらいい案だったし、それに)

 隼人は先ほどのあの青年を思い浮かべていた。

(アイツ、滅茶苦茶優秀だったな。性格はまあ悪かったけど)

 そして呟いた。

「敵わないだろうけど、一度競り合ってみたいな」

 隼人は最初思いもよらない対抗心を燃やしながら、試験二日目を迎えた。




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