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異世界への墜落

リアルにこだわった異世界ミリタリーものです

 時速800キロで移動するコクピットは、吹き付ける強風とエンジンの振動によって張り詰めていた。極限まで無駄を排したその内部は狭く、すぐ目の前には3つのディスプレイを備えた計器盤が機体の情報を伝えていた。航空自衛隊第4航空団、第21飛行隊F-2戦闘機のパイロットである高峰隼人は、バイザー越しに計器を一瞥すると、真横に付くダークブルーの僚機を見た。自衛隊入隊から3年、今や隼人は戦闘機に乗り、日本海を哨戒している。そして、訓練課程を主席で合格した彼にとってそれは、朝のジョギングと変わらないものだった。

 そのはずだった。

『Viper1,this is Eagle1.traffic at 12 o'clock.(こちらイーグル1。正面になんらかの障害物を確認)』

 不意に僚機から無線通信が届いた。

(障害物?レーダーには何も……)

 隼人の機体のレーダーには何の反応も見られない。勿論目視でもそれらしい影は見つからない。空は雲一つなく、全天の視界は良好だった。

『No issues, but?(問題は見られないが?)』

 隼人の返信に僚機は尚も続ける。

『Reverify now!(今すぐ再確認せよ!)』

 僚機は焦っていた。さらに僚機は機体を右に傾け、隼人の機体から離れ始めた。

(なぜ回避行動まで……)

 隼人の操縦桿を握る手に自然に力が入る。そして隼人が再度無線を開こうとした時だった。

『Break!Break!Viper1!(バイパー、避けろ!避けろ!』

 そう僚機から叫ぶような無線が届いたかと思うと、不意に辺りは暗くなって、隼人の機体はガタガタと振動を始め、キャノピーには大量の雨粒が激しく叩きつけていた。気づくと隼人は、嵐の中に入っていた。

「な…!」

 隼人は急いでラダーペダルを踏み込み、右に急旋回しようとした。が、舵が利かない。さらに無線も繋がらず、その他操縦系は一切反応を示さなくなっていた。

(一体どうなっているんだ!)

 隼人は激しく混乱した。こんなことは今まで経験したことが無かった。そして浮かぶ最悪の予想。

「このままだと、墜落する!」

 そして隼人が緊急脱出レバーに手をかけたその時、急に辺りは静寂に包まれた。強風による振動も、打ち付ける雨も止んでいた。

「嵐が、止んだ?」

(それにこの暗さ、夜になっているのか?)

 隼人は周囲の様子を確かめるため、試しに右のペダルを踏んでみた。すると機体は右に傾いた。舵が復活していたのだ。その他の操縦系も確認すると、隼人は機体の速度を若干緩め、機体をそのまま90度右に傾けた。そして開けた下方視界を見て、隼人は絶句した。

「な、なんだこれは…!」

 そこには、10メートルはあろうかという巨大な翼を広げた生き物が10数匹も、口に火球を溜め地上の様子を伺っていた。

(ここは上空6000メートルだぞ!それにあの形と大きさ、まるで竜じゃないか!)

「ここは何処なんだ!僚機の反応も無いし……」

 隼人が緩やかに旋回しつつその様子を驚きのまま観察していると、不意にその内の一匹が長い首を持ち上げ、こちらを見た。

(まずい!俺としたことが…!)

 隼人は急いで機体を水平に立て直すと、その場から離脱しようとした。が、それはかなわなかった。

 前方の雲から一匹、あの生物が飛び出してきたのだ。

「マジか!」

 隼人は右に急旋回し、間一髪で衝突をさけた。が、安心はできなかった。なんと上空には、あの生物が何体も、いくつかの集団となってこちらを見下ろしていたのだ。隼人は、この生物たちのど真ん中にいたのである。

(囲まれている…!なら一か八か……)

 隼人は生まれた戸惑いを瞬時に断ち、ラダーペダルを強く踏み込んだ。すると機体は右旋回しつつ裏返り、そのまま背面降下を開始した。そして隼人の視界は急激に変わり、ついに機体は、矢のように急降下し始めた。さらに隼人はスロットルレバーを前に押し込み、機体速度を時速900キロまで上昇させた。

 その3秒後、隼人を乗せたF-2戦闘機は、ソニックブームを発生させながら不明生物たちの群れを突破した。隼人は高Gに体を押さえつけられながらも操縦桿を手前に引き、なんとか機体を水平に戻した。上空1000メートル、機体の周りにあの生物はいなかった。

(なんとか群れは突破したか……)

 隼人はレーダーを見て周囲の安全を確認すると、機体速度はそのままに前下方視界を視認した。

(やけに暗いな……。ここは地上のはずなのに、明かりの一つも無い)

 隼人がそう訝しんだその時、左前方1キロほど先に、一瞬だが明かりが見えた。さらにその周辺でも次々と明かりが見えては消えた。その明滅はやがて数を増していき、それらはオレンジ色の光となって地上から周囲を明るく照らし始めた。その輝きを隼人は知っていた。

「あれは、炎か?」

 隼人の予測通り、ある地点一体を炎が煌々と覆っていた。つまり、火災が発生していた。そのすぐ上空にはあの生物がいる。

(ここにもいたか!それに、もしかしなくても、あの生物の口から出る火球が地上を焼いている……)

 さらによく見てみると、燃えていたのは建物だった。それもレンガ建ての古い洋館が燃えていた。

(あんなもの、日本には……)

 そう考えた時、隼人の目に、ある光景が写った。それは逃げる人々だった。炎に照らされ、夜でありながら黒い影を落とすその人々は、二匹の竜のような生物の放つ火球によって、建物を、恐らく家を燃やされていた。そして、彼らもまた火球のターゲットになっていた。

 それを察した隼人は、いつのまにか明かりの方へ旋回していた。そしてトリガースイッチに指をかけていた。隼人は逡巡した。

(無許可の発砲は出来ない。ましてや未確認飛行体なんかに。でも、今撃たなかったらあの人々は死んでしまう!)

 隼人は悩んだ。そして思い出した。かつて教官に言われた言葉を。

『高峰、お前はお人よしだ。それが敵機撃墜なんて、出来るはずが無い。けどな、必ずその時は来る。来たら迷うな。お前の直感を、信念を信じろ。お前にはそれを実現する腕がある』

「今がその時だ!」

 隼人は照準器を覗き込むと、不明生物の一体に狙いを定めた。

(何万回とシュミレーションしたんだ。絶対に外さない!)

 そして完全に照準が定まった瞬間、隼人はトリガーを引いた。その途端、機首左に配された20ミリ機関砲が唸りを上げ、毎秒6000発の勢いで銃弾を発射した。打ち出された銃弾は細長い鞭のように伸び、不明生物の胴を両断して、さらにその勢いのまま奥の個体の首を薙いだ。そして地面に堕ちる死骸の跡を、隼人の機体は轟音を残して通過した。

 隼人は早鐘の様に鳴る心臓を抑えて、必死に次の手立てを考えていた。

(当たった!哨戒用で残弾が少ない。当たってしまった!かといって二発しかないミサイルを使えない。あの生物を殺した!残りの燃料を鑑みて、一旦着陸するべきだ)

 錯綜する意識の中で、隼人は動揺を抑えてなんとか結論を導き出した。

(まずは着陸できる空港なり場所を確認する)

 隼人は若干高度を上げ、視界を確保した。

(どこか、火災以外の光は……)

 隼人は探しながら無線をかける。が、応答は無い。

(結局、ここは一体どこなんだ……)

 隼人がそう考えながら3キロ程直進すると、丁度目の前に、簡素な滑走路灯を伴った短い滑走路のようなものが現れた。それは、路面標示も無い、ただ地面を均しただけの簡素なものだったが、やはり滑走路だった。

(……!これならギリギリ着陸できる!)

 隼人は速度をゆっくりと下げ、ほぼ滑空の状態まで移行した。その間隼人は右手で操縦桿のスティックを軽く握り、指先で慎重に機体を操作した。訓練生時代、滑空した状態を維持できるのは、隼人以外いなかった。

(滑走路は恐らく1000メートルと少し。でも、このままいけばなんとか足りる!)

 同時に隼人は翼端灯も全て点けた。無線の通じない状況で、この滑走路を持つ施設の人員に、自らの無害を伝えるためである。

(どうか、このまま着陸させてくれ!)

 隼人はついにランディングギアを展開した。地上まであと20メートル程である。

(頼む!)

 隼人は祈るような気持ちで機体の機首を持ち上げ、着陸体制に入った。

 そして、

(……!)

 衝撃とともに機体は無事着陸した。

(着陸できた!)

 機体が停止すると、すぐに隼人はエンジンを切り、マスクを取ってバイザーを上げた。そして目に入ったのは、人だった。暗がりの中、左に見える建物から、何人かがこちらを伺っていた。彼らは軍服を着ていた。

(軍服!まさかここは軍事基地か!)

 そして隼人の予想の通り、建物から数人が、古めかしい小銃を構えてこちらに近づいてきた。その顔はどれもヨーロッパ系で、やはりここは日本では無いらしかった。

(まず、敵意が無いことを見せなくては)

 隼人はキャノピーの開閉ボタンを押すと、両手を挙げて笑顔を作った。すると、兵士らしき彼らのうちの1人が、流暢な英語で話しかけてきた。

「誰だ貴様は!所属を答えよ!」

(ここは素直に答えるしかないか)

「私は日本国航空自衛隊所属、高峰隼人であります」

「ジエイタイ?そのような部隊は存在しないぞ!」

 兵士たちは隼人の答えに明らかに警戒を深めた。

(自衛隊を知らない?)

 焦った隼人は必死に弁明する。

「で、ですが私は自衛隊員であります」

「まだ言うか!」

 兵士たちは銃口を隼人に向けたまま、ジリジリと近づいてきた。そして真横まで来て言った。

「降りろ」

「それにはタラップを……」

「余計なことをするな。飛び降りればいいだろう」

 隼人は仕方なくコックピットに足をかけて地面に飛び降りた。

「ッ……!」

 足に鈍い痛みが走る。パイロットスーツを着込んでいたので、着地の仕方が悪かったのだろう。だが、兵士はそれにはお構いなしに隼人の腕を掴み、ぐいと引っ張った。

「前を歩け。逃げれば撃ち殺す」

 言われて隼人は、両手を挙げて滑走路を歩き始めた。恐らくこのまま目の前の建物まで連行されるのだろう。

 そして隼人は、我慢できずにある事を質問した。

「……ここは一体、どの国のどこなんですか?」

「何?」

「ああいえ、決して他意は無く。私は、この土地がどこか知らないのです」

「………」

 兵士たちは、小声で何事か話し合っていたが、やがて言った。

「……ここは大陸連合王国首都、アルカディアを外れて南のステファノン環状守備基地だ」

 それは、人生で一度も聞いたことのない国と地名だった。




2話もぜひ

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