1日目⑥
「あっはっは、良いリアクションだ。そう、ぼくこそが、『織姫の涙』の作家、芥川竜一なのだよ」
はははと笑う勇気様とは対照的に、わたしはなにも言えなかった。飛鳥家での地獄のような日々の中において、『織姫の涙』のみが、わたしにとっての救いだったのだから。
織姫と彦星が対立する天の川の戦で、あろうことか織姫は彦星と恋に落ちてしまう。だが、彦星は父の敵であり、倒すべき相手。その葛藤に涙し、いつかこんな恋をしてみたいと思っていたが、まさかその作者本人が目の前にいるのだ。これほど喜ばしいことなどないだろう。
「それで、一体結末はどのようになるのでしょうか? やはり、織姫は彦星様と結ばれますの? それとも、いて座の弓彦の君に略奪されてしまうの⁉」
「君、君、いくらぼくの大ファンだからって、結末を教えてしまっては面白くないだろう? それは秘密さ」
「でも、明日お亡くなりになるのに?」
これはわたしにとって、人生最大の失言だった。先ほどまであれほど誇らしげに、堂々としていた勇気様が、その場にへなへなと座りこみ、子供のように泣き出してしまったのだから。
「そうだ、ぼくにはもう時間がないんだ! 明日死んでしまうのに、結末もくそもないだろう! そうだ、ぼくは死ぬ、死ぬんだ! もう終わりなんだ!」
それからはもう、言葉にならない悲鳴とおえつ、そして涙の濁流でひどいありさまだった。そしてもちろんわたしも、しでかしてしまったことの重大さに、気づけばあとからあとから、涙を流して止まらなかったのだった。