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3話 シエラ・シエルの風に吹かれて

「食中毒?」


 ホテルのカウンターの一角で、アルティたちは揃って目を丸くしていた。周りでは、同じくチェックインしようとしていた客たちが、不安げな顔でざわめいている。


「ご用意していた昼食の仕出し弁当が、続く雨で傷んでいたようでして……。誠に申し訳ありません」


 憔悴した顔で、ただただ頭を下げ続けるフロントマンにこれ以上何を言えるだろう。


 持参した通信機で王城に確認をとったところ、アルティたちがリッカを出たタイミングで連絡が入っていたらしい。地震の後処理で手一杯だったため、報告が遅れたそうだ。


 塔の聖女はまだルクセンに居るので大丈夫だったが、交流会に参加予定の研究者たちは、揃ってここに前入りしていたため見事に当たってしまい、彼らが回復するまで交流会は延期だという。ホテルも保健所の立ち入り検査が終わるまでは営業再開できないようだ。


「……フラグ回収しちゃったね、アルティ君」

「お、俺のせいじゃないです……!」


 大きな荷物を抱えて、ロビーで顔を突き合わせる。ホテル側が用意してくれた代替の部屋は三部屋。その上、一部屋と二部屋で宿泊場所が分かれてしまった。


「どうする? 私がエミィと泊まるか?」

「うーん……。本来の警護対象は逆だけど、仕方ないか。王城に報告して……」

「わたし、ラッドおにいさまと泊まる」


 全員の視線がエスメラルダに集中する。彼女は熊のぬいぐるみを膝に乗せ、冷静に事態を受け入れている様子だった。


「だからおねえさま、しっかりアルティを守ってあげて。また何かに巻き込まれるかもしれないし」

「エ、エミィちゃんまで……」


 エスメラルダのアルティに対する期待値が、どんどん下がっているような気がする。そして、やっぱり守られる立場なのか。


「今から別の会場を用意するのも難しいし、聖女との会談もホテルの営業が再開するまでずらすそうだよ。まあ、たぶん……どっちも一週間ぐらいはかかるんじゃないかな。それまで各自自由行動ってことで」


 ラドクリフの言葉で、アルティたちは各々の宿泊場所に向かうことになった。


 シエラ・シエルは山頂の公城を中心に、時計の文字盤のように十二区に別れている。ラドクリフたちが泊まるホテルは商店が多い三時のあたり、アルティたちが泊まるホテルは十時のあたりに広がる高台だ。


 眼下に流れるエスティラ大河の雄大さを眺めながら、リリアナと連れ立って坂道を歩く。街路樹を揺らす風が頬に当たって気持ちいい。


「まさか食中毒とはなあ。首都に戻れるのは半月後ぐらいか。ある意味、当初の予定通りになったな。まあ、観光する時間が増えてよかったと思おう」

「なんだか、複雑な気持ちです……。リリアナさん、お仕事大丈夫なんですか?」

「今回は小型転送魔法機を持ってきたからな。まだ試作品だけど、書類ぐらいなら送れるはずだ」


 アルティのそばからできるだけ離れないようにするため、レイや王城の研究所に頼んで作ってもらったそうだ。小さな鞄に闇魔法を維持する魔法紋をびっしりと刻み、同じ術者の闇を介することで物を送れる仕組みだという。


 世話ばかりかけて申し訳ないと思う反面、自分のためにそこまでしてくれたという事実に嬉しくなる。この借りは技術を向上させることで返そう。


 考えてみれば、建国祭以降、受注が立て込んでバタバタと忙しかったから、こんなにゆっくりできるのも久しぶりだ。


 あれこれと取り止めのないことを話しているうちに、少し開けた場所に出た。少しばかりの平地を利用して公園にしているらしい。平日だからなのか、中に人気はなく、鳥の鳴き声だけが響いている。


 リリアナと顔を見合わせ、どちらともなく紫陽花に囲まれた入口を進む。一つだけぽつんと置かれた赤いベンチの向こうには、一面の青空が広がっていた。


「あ、ほら、アルティ! 見てみろよ。すごい眺めだぞ」

「本当だ。街が一望できますね」


 抱えたキャリーケースをものともせずダッシュするリリアナのあとについて、白く塗られた木柵に手をつく。眩い太陽に照らされたシエラ・シエルの街並みは、港で見上げたときよりも遥かに美しく見えた。


「ラッドたちも、そろそろホテルに着いたかな……。荷物を置いたら、合流がてら買い物に出かけないか? ここにしかないものもたくさんあるだろうし」

「いいですね。あと、ついでに何か食べましょう。なんだか小腹減りました」

「ずっと坂道だったもんな。あと少しで着くはずだから、もうひと頑張りしようか」


 リリアナと並んで公園を出ようとしたとき、ふと、木々で囲まれた隣の敷地に誰か立っていることに気づいた。黒いワンピースを着た細身で長身の女性だ。耳が尖っているからおそらくエルフだろう。その視線の先には円柱状の白い墓標が立っている。


 公園だと思っていたが、ここは墓地の一角だったらしい。よく見ると、敷地内には多くの墓標が建てられていた。


 女性は両手にラベンダーの花束を抱え、墓標に向かって何事かを囁いている。エルフ特有の金髪がプラチナブロンドになっているので、かなり年輩のようだ。


(なんて儚い人なんだろう)


 アルティとて、職人組合の葬儀に参加した経験はある。いつだって、誰だって、愛しい人との別れは悲しいものだ。中には立ち直れずにあとを追うものもいる。


 女性がまとう雰囲気は、まるで世界から全ての色が失われたみたいな透明感に満ちていた。目を離すと、今にも空気の中に溶けて消えてしまいそうな。


「どうした、アルティ? 行かないのか?」

「いえ、ちょっと……」


 その瞬間、女性の体が大きくかしいだ。音を立てて地面に膝をつき、弾みで靴が脱げたのもそのままに、散らばった花束を必死に拾い集めようとしている。


「大丈夫ですか!」


 事態に気づいたリリアナと共に、荷物を放り出して女性に駆け寄る。女性は肩で息をして真っ青な顔をしていたが、アルティたちに気づくと気丈にも立ち上がろうとした。


「無理しちゃ駄目です! すぐ誰か……お医者さんを呼んできますから」

「大丈夫です……。少し立ちくらみがしただけ……。大事にしたくないの。家に戻って休めばすぐによくなりますから……」

「そんなわけには……」


 食い下がろうとしたが、リリアナに肩を叩かれて首を横に振られた。無理強いはよくない、ということだろう。静かに頷き返し、リリアナと場所を交代する。ここはプロに任せて、アルティは散らばった花束を拾い集めることにした。


「頭痛や吐き気はありますか?」


 女性が首を横に振る。


「持病はありますか? お飲みになっている薬などは?」


 また首を横に振った。


 リリアナは慎重に容体を確認していたが、大事ないと判断したのか、女性に「失礼します」と断りを入れて体を抱え上げた。


「お送りします。家はどちらですか?」


 震える細い指が差した先には、エスメラルダの好きな絵本に出てくるような、煉瓦造りの小さな家があった。






「ごめんなさいね……。ご迷惑をかけて……」

「いえ、全然大丈夫です。お荷物、ここに置きますね。お花も花瓶に生けておきました。勝手に触ってごめんなさい。不都合あればまた戻してください」


 ベッド脇の丸テーブルに、墓地から回収したミニバッグを置く。リリアナはキッチンに水を汲みに行った。ちなみに、アルティとリリアナのキャリーケースは放置したままだ。盗まれていないことを祈ろう。


「あら、そんなことまで……。なんとお礼を言えばいいのか……」

「気にしないでください。特に急ぎの用事もありませんし」

「アルティの言う通りですよ。困ったときはお互いさまです。お水飲まれますか?」


 キッチンから戻ってきたリリアナが水の入ったコップを差し出す。女性は恐縮した様子で受け取ると、喉を鳴らして少しずつ飲み干した。


「ありがとう。ひと心地ついたわ。夏が苦手でね……。この時期になると、よく眠れなくなっちゃうのよ」

「睡眠不足は覿面にきますからね……。お大事にしてください」

「実感こもりすぎだぞ、アルティ。私の目が浮かぶうちは、もう無茶させないからな。今度倒れたらベッドに縛りつけてやる」

「その節はご迷惑をおかけいたしました……」


 アルティたちの掛け合いを見て、女性がくすくすと笑った。


「ごめんなさい。名前も名乗らずに……。私はミルディアというの。ご覧の通りエルフよ。あなたたちはご夫婦? シエラ・シエルには新婚旅行かしら?」

「いえ、俺たちは……」

「そうです! 私たち、先日首都で籍を入れたばかりなんです。シエラ・シエルにはさっき着いたところです。夫の名前はアルティ。私はリリアナ。自他共に認めるおしどり夫婦ですよ」


 アルティの言葉を遮り、語尾にハートマークをつけて話すリリアナに目が落ちそうになる。何故こうも次から次へと予期せぬ事態が起きるのか。


 突然放り込まれた爆弾に、アルティは頭を抱えた。

これでアルティの前で倒れた女性は三人目ですね。

次回、女性の過去から意外な繋がりが浮かび上がります。

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