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2話 転送魔法は闇の中

 王城の地下深くに転送魔法装置が敷かれた小部屋がある。転送魔法は闇属性なので、効果が弱まらないように光の魔素を遮断するためだ。


 地下へ続く階段は、王城の武具保管庫に向かう途中の廊下にひっそりと作られていた。入り口には木造の粗末なドアが嵌められている。一見すると倉庫みたいだ。万が一王城が襲われる事態になったときに備えて、わかりにくくしているのだろう。


「エミィ、暗いからお手手繋ごうね」

「うん!」


 微笑ましい叔父と姪っ子の光景に心癒されつつ、先に進もうとするリリアナの隣に並ぶ。


「湖のダンジョンよりはマシだけど、狭いだろ。私のあとについて下りればいいよ」

「いいえ、隣にいます」

「押し問答してないで、早く行ってくれる?」


 ラドクリフの声に押され、リリアナと共に階段を下りる。結構深い。足元の小さな明かりしかない上、螺旋階段なので感覚が麻痺してくる。


 まさかループしているのではと思い始めたとき、突き当たりの壁の隙間から微かに光が漏れてくるのが見えた。


「壁の向こうに部屋がある……?」

「壁に見せかけた扉だよ。有事のときは明かりを落とすんだ」


 リリアナが人差し指で壁を押す。よく見えないがボタンがあるらしい。奥からブザー音が聞こえ、壁を模した扉がゆっくりと内側に開いた。


「あー、いらっしゃイ。地震大丈夫だっタ?」


 現れたのは、全身に闇をまとった長身の男だった。比喩ではなく、皮膚が全て闇で覆われているのだ。ヒト種が闇の魔素を多量に取り込んで発生した種族――シャドーピープルである。初めて見る人間には闇がローブを羽織って動いているように見えるだろう。


 デュラハンと混同されることも多いが、シャドーピープルには髪も目鼻も口もある。目の前の男の瞳は綺麗な紫色だった。まるでアメジストみたいな。


「久しぶりだな、アルフォンス。半年ぶりぐらいか」

「そだネ。前に会ったのは闘技祭の時期だったネ。時間が流れるのは早いなア」


 語尾が金属を叩いたときに似た硬い響きだった。ミーナの「にゃ」みたいに故郷特有の訛りなのかもしれない。


「どうした、アルティ。呆然として。シャドーピープルを見るのは初めてか?」

「いや、そうじゃないんです、けど……」


 アルフォンスをちらりと見る。


 彼が羽織っているローブは目に痛いショッキングピンクだった。闇に覆われた耳には、ジャラジャラと揺れるシルバーピアスが見える。視線を落とすと、右手の中指にもごついシルバーの指輪が嵌っていた。闇とのコントラストが際立っててインパクトがすごい。


「今まで出会った方は、その……淡い色合いの服を着ている方が多かったので。それに、シャドーピープルって物静かな印象でしたし」

「やだなー、それ偏見ヨ。いくら闇をまとってたって、明るいやつもいれば、暗いやつもいるのヨ。ヒト種も同じでショ?」


 確かにそうである。素直に頭を下げると「いいヨ!」と明るい返事がきた。尖った見た目に反して、気のいい男のようだ。


「じゃ、早速だけど中入っテ。もう準備できてるノ」


 通された部屋はシュトライザー工房よりも小さく、大人が十人もいれば身動き取れなくなりそうだった。部屋の薄暗さも相まって、息苦しさを感じる。


 入り口正面の壁際に沿って長テーブルが置かれており、その両端には一つずつ扉があった。右側は重厚な鉄扉で、左側は簡素な木造のドアだ。


 おそらく鉄扉が転送魔法装置に続く方で、木造のドアの向こうには他の職員たちが控えているのだろう。重要な設備を抱える部屋の職員がアルフォンス一人のわけがないし。


「うーん、いつ来ても圧巻だな。ここが火事になったら経理官は首を括るだろうな」

「やめてくれル? 縁起でもなイ。さっきの地震のときも、押さえるの必死だったのヨ」


 この部屋には用途のわからない大きな立方体の箱がいくつかと、一般人にはとても手が出せない、画像を映すとかいうモニターがびっしり設置されていた。ど素人でも、途方もない予算が注ぎ込まれているとわかる。


「うわあ……すごい。まるで異世界みたい」

「エミィの好きな絵物語に似てるね」


 ラドクリフに手を引かれ、興味深げに部屋の中を見渡すエスメラルダに、アルフォンスが目を輝かせた。


「あらー、可愛いお嬢チャン。エスメラルダちゃんだっケ? 転送魔法は初めテ? 大丈夫、怖くないヨ。すぐ向こうに着いちゃうからネ」


 長身を丸めてエスメラルダに視線を合わせ、優しく語りかける姿は近所のおばちゃんのようだ。アルフォンスは子供好きらしい。


「そういえば、転送魔法ってどういう仕組みなんですか?」


 アルティの素朴な疑問に、アルフォンスがしゃがんだまま答えた。


「詳しくは答えられないけど、ざっくり言うと、闇魔法で生んだ闇同士を繋げて通路にしてるノ。闇魔法使い見たことなイ? いっぱいもの入れられるでショ。あの中を通るってワケ」

「……それって術者が死んだら闇の中に閉じ込められるんじゃ」

「だから一般には解放されてないんだヨ。リスクが大きすぎるからネ。職員も許可が下りないと使用できなイ。リヒトシュタイン嬢は気軽に使いすぎなノ」


 じろりと睨まれて、リリアナが不満げに声を上げた。


「仕方ないだろ。仕事は待っちゃくれないんだよ!」

「ワーカーホリックの言葉は聞きまセーン。仕事は適度にするのが一番なのヨ。僕、残業とか大嫌イ」

「……随分、親しいんですね?」

「ん? まあ、元同僚だからな。ラグドールとの戦争が終結したあと、戦後処理のために派遣されてきたんだ。闇魔法使いは補給で重宝されるから」

「適材適所だよネ」


 エスメラルダの兜を撫で、アルフォンスが立ち上がる。


「そうダ。先に中、見てみル?」


 鉄扉の脇の小窓から中を覗くと、そこには真っ黒な闇だけが広がっていた。


「この中、僕が生んだ闇で満たされてるノ。見えないけど床に魔法紋を刻んであって、みんなが入ったあと、魔力を注いで目的地に飛ばすのヨ」

「別の闇に飛ばされたりしないんですか?」


 怯えるアルティにアルフォンスが笑う。


「デュラハンの防具職人さんだったら、再定着の技術を知ってるんじゃないかナ? 魔力って一人一人違うから大丈夫なのヨ」

「もしかして、魔力を分析できるんですか? でも、あれってすごく難しいんじゃ……」


 確かレイもできないと言っていた。個人が持つ魔力には色んなエネルギーが絡み合っているからと。


「ここは王城だからネ。一流の技術者が揃ってル。職員たちはみんな魔力のパターンを登録して座標を特定してるのヨ。血の繋がりがあれば、もっと精度は増すネ。今日の担当は僕だから、特に心配ないヨ」

「ということは……」

「あっちにいるの、僕のお兄チャン。よろしくネ」






 水の季節など忘れたかのように澄み渡る青空。紺碧の水面。シエラ・シエルは全てが青色に染まっていた。


 リッカの駐屯地から約三十分。うみねこのみゃあみゃあという鳴き声に導かれながら船を降りたアルティは、目の前に広がる光景に歓喜の声を上げた。


「ここが、シエラ・シエル……!」


 シエラ・シエルはエスティラ大河の中に浮かぶ小島であり、港町だ。中心のアラスト山に向かって、なだらかな坂道が続いている。山の頂上には鋭い尖塔を両端にたたえた公城が聳え立ち、難攻不落の偉名を誇っていた。


 うみねこたちが飛び交う中、照り映える白壁の家々が段々畑のように連なる光景は、芸術家たちの創作意欲を大いに掻き立て、数多くの作品にシエラ・シエルの名を残している。


 港からほど近い、坂道の中腹にある一際大きい建物は魔法学校だろうか。古びた赤煉瓦で建てられたそれは、子供が積み上げた積み木細工のようにも見えた。


「私もシエラ・シエルは初めてだな。リッカの駐屯地にいた頃は、よく岸から眺めてたけど」

「俺も初めて。エミィもだよね?」

「うん。パパとママは新婚旅行で来たことあるみたい」

「そういえば、うちの親も新婚旅行で来たって言ってたな……」

「アルティの家もか? 父上も母上と来たらしいぞ」


 どうやら新婚夫婦には定番の旅行先のようだ。


「じゃあ、とりあえずホテルに行こうか。あとのことは着いてから考えよう」


 ラドクリフの提案に従って貸切馬車を拾い、一路ホテルを目指す。とはいえ、二十分もあれば着くので、短い旅路とも言える。


 窓から外を眺めると、多くの観光客が行き交っていた。みんな楽しそうな顔をして、両手一杯に紙袋を抱えている。もし時間ができたらウインドウショッピングに洒落込んでもいいかもしれない。買える値段かどうかは別として。


「それにしても、転送魔法って本当に一瞬でしたね。闇から出たらそこはリッカって、夢でも見てるみたいでした」


 いつ移動したのかもわからなかった。あんな経験、滅多にできないだろう。


「アルフォンスさんのおにいちゃん、アルフォンスさんと全然似てなかったね」

「似てないどころか真逆だったな」


 そう。リッカ側で到着を待っていたアルフォンスの兄は、アルティが思い描いていたシャドーピープルそのものだった。


 瞳こそアルフォンスと同じ紫色だったが、灰色のローブを身にまとい、訛りもなくぼそぼそと話す姿は、よくいえば真面目、悪くいえば陰気を絵にしたようだった。


「全然似てないな!」と身も蓋もなく言い放つリリアナに、「私は早く家を出ましたので……」とぼそぼそ言っていたので、彼らにもそれなりのお家事情があるのだろう。


 話している間に馬車は高い建物が立ち並ぶ大通りに差し掛かった。少し先に見えるのは、アルティたちが泊まるホテルだ。古城みたいな風格に胸が高まる。


「うわ、すごい……。あれに泊まれるんだ。なんだかワクワクしてきました」

「今回は平穏に済むといいな」

「だから、フラグ立てるのやめてくださいって!」


 馬車の中が笑い声で満ちる。


 しかし、フラグとは回収するものなのだと、アルティはすぐに身をもって知ることになった。

ロックな見た目のシャドーピープル、アルフォンス。彼は8部にも登場します。

エスメラルダの好きな絵物語は、異世界転生ものの漫画です。

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