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閑話 父親たちの集い

 内苑にある小さなガゼボで紅茶を嗜んでいるルステンの耳に、軽やかな足音が届いた。


 赤茶色の髪をした小柄なヒト種の青年が、近衛第一騎士団のルイに先導されて小走りに駆けていく。その両手には工具が詰められた鞄が抱えられている。詳しくは聞いていないが、どうやらやり残した仕事があったらしい。


「アルティくん、元気になってよかったですね。一時はどうなるかと思いましたが……。建国祭の鎧兜も見事でした。若い職人が成長していく姿を見られるのは、とても喜ばしいことです」

「……あのクリフの弟子なんだ。あれぐらいやってもらわなければ困る」


 不機嫌そうに腕を組んで紅茶を睨んでいるのは、濃いグリーンの鎧兜に身を包んだデュラハン――ゲオルグ・トリスタン・リヒトシュタインだ。建国祭の疲れが抜けていないのか、ピリピリして周囲に悪い影響を与えていたので、無理やり座らせている。


「嫌ですねえ。こんな天気のいい日に不景気な顔をして。お天道さまが泣きますよ」

「デュラハンに顔はないぞ、ルステン。闇はあるがな」

「わかっていますよ、パーシヴァル。比喩が通じない人ですね」


 向かいで大きな背を丸めて紅茶を啜る、真っ黒なデュラハンにため息をつく。


「そもそも、目もあるし涙も流すし、なんなら鼻も鳴らせば、舌打ちもするじゃないですか。一体どういう仕組みなんです?」

「わからん。魔法使いどもによると人を模しとるからだと言われとるが、魔法と同じで、できるからできると言うしかない。ヒト種だった頃の名残なんじゃないか」

「それなら我々エルフもそうですよ。――まあ、デュラハンは出自が特殊ですからね」


 エルフが森に満ちる木の魔素を多量に取り込んだヒト種から発生したように、デュラハンも闇と魔の魔素を多量に取り込んだヒト種から発生した。しかし、死によって一度肉体が消滅し、蘇生後、進化の過程で再び肉体を得たという経緯がある。


 故に、デュラハンを魔生物だと分類する魔学士もいるが、首から下はほとんどヒト種と変わらなければ、様々なことに喜び、悩み、そして恋もする。


 目の前のパーシヴァルやトリスタンだって最愛の伴侶と出会い、それこそ目に入れても痛くない――デュラハンにとっては兜に紐をつけても恥ずかしくない愛らしい娘を得たのだから。


「まあ、これでリリアナ嬢も一安心でしょう。責任を取るから信じて待ってやってくれと詰め寄られたときは、思わず身震いしてしまいましたよ。私はメンタルが繊細ですからね」

「嘘つけ。にやにや笑っとったくせに」

「だって、ねえ? 必死に縋り付くリリアナ嬢を見るトリスタンの顔と言ったら……。面頬の上からでもわかりましたよ。あなたも人の親ですねえ。次の業者を探そうとするルイを押し留めて……」


 その先を制するように、トリスタンが拳で机を叩いた。跳ねたティーカップがけたたましい音を立てる。


「うるさい! あれ以上、醜態を晒したらリヒトシュタインの名に傷がつくと思ったからだ! それ以外の理由はない!」

「無理しちゃって。トリスタン、あなた、いいかげん素直になったらどうです。そもそも、アルティくんを推薦したのはあなたですよね? 娘婿に箔をつけさせようとして」


 そう。ハロルドから推薦があったのも本当だが、なみいる職人たちを押し除けてアルティに白羽の矢が立ったのは、トリスタンが強く推したからだ。


 それまでルステンはアルティのことをよく知らなかったが、調べてみると確かにリリアナの兜やエクテスの鎧は素晴らしかったし、周りからの評判も申し分なかった。それに、これからのラスタには若い力が必要だとアレスがGOを出したので、ああして鎧兜を発注する運びになったのだ。


「婿じゃない! あの小僧が気に入らんかっただけだ! これを機に潰してやろうと思って……」

「よく言うわ。職人街の噂に激怒しとったじゃないか。ずーっとイライラしてて正直鬱陶しかったぞ」


 忖度というものを知らないパーシヴァルの言葉に、トリスタンが黙る。都合が悪くなると出る悪い癖だが、トリスタンより何倍も長く生きているルステンにとっては可愛いと言えなくもない。


 今でこそ、こうして同じテーブルを囲んで紅茶なんて飲んでいるが、初めて会ったときは本当に生意気なクソガキ――青年だった。同期のパーシヴァルが馬鹿がつくほど純朴だったので、余計に悪目立ちしていたというのもある。それが立派に成長して、今や国軍を率いる立場なのだから感慨深いものだ。


 そして、偶然にもルステンたちは同じ年頃の娘を持つ父親同士だった。とはいえ、ルステンの娘はハーフエルフなので、あくまでヒト種換算になるが。


「そんな調子で、リリアナ嬢が結婚したら一体どうするんですかね。お婿をいびる舅なんて目が当てられないですよ。アルティくんも可哀想に……」

「だから! あいつは婿じゃない!」

「うるさいな、お前は。わかったから怒鳴るな。無い耳が痛むわ」


 喚くトリスタンを軽くあしらい、パーシヴァルが皿に盛ったクッキーに手を伸ばす。こう見えて甘い物好きなのだ。


「でもなあ……。実際問題、娘が彼氏を連れてきおったらどうすればいいのか。ルステン、お前のときはどうだった? 四姉妹とも嫁に行っとるだろ」

「うちはみんな事後報告でしたからね。アステラが結婚したときなんか、もう身籠ってましたし」


 アステラはルステンの四女、そしてラスタ国王アレスの妻だ。さらに、アレスはルステンの遠い遠い血縁なのである。プールにインクを落としたぐらいの血の薄さだが。だから、交際と妊娠を知らされたときはさすがに度肝を抜かれた。


「青い目のエルフはこれだから……」

「ちょっとトリスタン、それ偏見ですからね。緑の目のエルフの言うことは真に受けないでください。我々はほんの少しだけ、危険に突っ込むハードルが低いだけです」

「それを破天荒と言うんだ。馬鹿め」


 クッキーを咀嚼しながら、パーシヴァルが呆れた声を上げる。歯もないのに闇が細かく動く様はいつ見ても面白い。


「冗談はさておき、あなたの娘は……ミランダ嬢は大丈夫でしょう。父親に似ずお淑やかな才女ですし、下手な男は連れてきませんよ」


 パーシヴァルの娘ミランダは王城の図書館で司書の職についている。鮮やかなワインレッドの鎧兜に身を包んだ器量よしだと評判だ。エルフのルステンにはデュラハンの美醜はイマイチよくわからないが。


「ううむ。まだ先のこととはいえ、あいつが嫁に行ったら寂しくなるな。あとは息子が二人だけだし……。もう一人作っておけばよかったなあ。なんなら今からでも……」

「おやめなさい。奥さまに離縁状を叩きつけられますよ。息子たちが嫁を連れてきて、孫ができればまた賑やかになりますから、それまで楽しみにしていなさい」

「嫁と孫か……」

 

 目を輝かせるパーシヴァルに笑みをこぼしつつ、隣のトリスタンに視線を向ける。彼は腕を組んで、ずっと黙りこくったままだった。


「随分静かですね、トリスタン。考えごとですか。休憩中まで仕事を気にするのは、あまり褒められたことではありませんよ」

「いや……」


 腕を解いたトリスタンが、テーブルの上の紅茶に手を伸ばして面頬を上げた。


「もし、リリアナが結婚したとして……娘の晴れ姿をフィオナにも見せてやりたかったなと思ってな」


 それは小さな声だったが、耳の長いルステンにはよく聞こえた。そして、感覚が鋭いパーシヴァルにも。


 トリスタンは一息に紅茶を飲み干すと、椅子から立ち上がった。見上げるほど大きな体躯のてっぺんで、無骨な兜が眩く輝いている。再び面頬で隠されたその両目には、家族への愛情が確かに見えたような気がした。


「ありがとう、ルステン。だいぶ気が晴れた。とりあえず、あの小僧に一発食らわせてくる。俺の目を盗んで職場で酒盛りした上、変な醜聞広めやがって」

「ああ、それでピリピリしてたんですね……」


 人の口に戸は建てられない。きっと近衛の誰かから聞いたのだろう。嘆息するルステンの向かいで、パーシヴァルがびくっと肩をすくめる。


「……まずい。ついうっかり口を滑らせてしもうたわ。あのアルティとかいうガキ、殺されるんじゃないか」

「あなたでしたか……」


 大股で歩いて行くトリスタンの背中を見送り、ルステンはアルティにそっと祈りを捧げた。

おじさんたちが、わあわあ話している回でした。

パーシヴァルの娘はハンスの想い人です。

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