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10話 あなたの隣

今回、少し長めです。

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。


 隅で見物していたアルティに、魔法士が操るスポットライトが当たる。まさかの事態に体が凍りついたが、共に見物していたレイに背中を押されて、なんとか説教台に歩み寄る。


 その場にいた組合の職人たちも、はらはらした顔でこちらを見ている。誰も知らなかったようだ。完全にアレスのアドリブらしい。


 壇上に上がると同時にマイクを渡されて頭が真っ白になる。こういうとき、何を話せばいいというのだろう。すらすら出てくる人が羨ましい。


「その……」


 一言発した途端に、トールデン新聞社のカメラのフラッシュが瞬いた。ここまで来たら腹を括るしかない。深呼吸して、まっすぐに前を見つめる。


「ただ今、ご紹介に与りましたアルティ・ジャーノです。このたび、デュラハンの鎧兜の製作を担当させていただきました」


 声が震えているが、気にしている余裕はない。二階席のアレスも、ルクセン帝国の来賓たちも、会場に集まったラスタ国民も、ただ一心にアルティに目を向けている。


「――ですが、これは僕一人の手柄ではありません。多くの職人たちの協力によって作り上げたものです。他の装飾品をご覧になってもわかる通り、このラスタでは様々な種族が生きています。もし目の前に困難が立ち塞がっても、各々が力を合わせて立ち向かっていく。ラスタの一員となった女神さまだって、先頭切って戦ってくださる。そんな想いを込めて作りました」


 説教台の直線上――大きく開いた教会の入り口の前に、鮮やかなコバルトブルーの鎧兜が見えた。周辺の警備についているのだろう。後ろ手を組み、腰に長剣とセレネス鋼製の短剣を佩いて、しっかりと地面を踏みしめている。


 相変わらず、まっすぐに伸びた背中だ。彼女は気づいているだろうか。この鎧兜が誰をイメージして作られたのか。


 アルティの女神さまが、目の前にいる。


「モルガン戦争が終結して百年が過ぎました。辛いことや悲しいこともたくさんあったけど……。我々ラスタ国民は、これからも前を向いて精霊さまや女神さまと共に歩んでいきます。どうか何卒よろしくお願いいたします」


 話を終え、頭を下げる。頬が焼けるように熱いし、心臓は今にも破裂しそうだ。


 あたりはしんと静まり返っている。一瞬の間を置いて、割れんばかりの拍手が会場を包んだ。


「アルティ、頑張ったね! 格好よかったよ! ねえ、ラッドおにいさま!」

「そうだね。すごく堂々としてたよ。アルティ君、なかなか肝が据わってるね」


 説教台から下りたアルティを待っていたのは、仲間からの熱い祝福だった。


 満面の笑みを浮かべたレイやパドマ。にやにや笑いが止まらないクリフ。手放しで褒めてくれるラドクリフにエスメラルダ。そして、満足げな組合の職人たち――みんながみんな、アルティの健闘を声高に讃えてくれる。


 スランプに陥っていた頃には考えられなかった光景に、思わず涙腺が緩む。


「やだなあ。何、泣いてんのさ。アルティはよくやったよ。あそこまで追い込まれて、立ち直るなんてさ」


 レイの言葉に、組合の職人たちが気まずそうに視線を逸らす。鎧兜の製作を通して彼らとは和解したものの、まだ少しぎこちなさが残っていた。


「あの……」


 職人たちの前に進み出る。彼らが自分たちの仕事と並行して鎧兜の製作に取り掛かってくれたおかげで、なんとか仕上げることができたのだ。背筋を伸ばし、心を込めて頭を下げる。


「本当にありがとうございました。これからも、どうかご指導よろしくお願いします」

「……おう」

「俺らも悪かったな。くだらねぇ噂なんか流しちまって……。もし今度、何かあったら気軽に頼れや。――同じ職人仲間なんだからさ」


 その声には確かなぬくもりが込められていた。胸の中に沸々と喜びが湧き上がる。勢いよく顔を上げ、大きく頷いた。


「はい!」


 そのとき、教会内に漂っていた光魔法の明かりが一斉に消えた。入り口から差し込む日の光が照らす絨毯の上を、蝋燭を手にしたアレスがゆっくりと歩む。


 彼は恭しく女神像の前に跪くと、足元の燭台に火を移した。それを合図に、周りの燭台にぽつぽつと蝋燭が灯る。穏やかなオレンジ色の明かりに包まれた女神像は、まるで死者を悼むかのように、空に向かって祈りを捧げていた。


「ラスタの礎となったモルガン戦争の戦没者へ向けて。一同、黙祷――」


 司会の声に合わせ、そっと両目を閉じる。どうか、この平和が永遠に続きますようにと、心から祈った。






「あー……。終わったね。これで、しばらくのんびりできるかなあ……」


 年寄りくさく肩を鳴らし、レイが大きく伸びをする。


 女神像のお披露目も終え、戦没者への黙祷が済んだ教会の中は閑散としている。ラドクリフとエスメラルダ、そして組合の職人たちは先に帰って行った。だから今、この場にいるのはアルティとクリフの師弟コンビとレイだけだ。


「うん……」


 女神像を見上げながら夢心地な返事をするアルティに、レイが笑みを含んだ声で言う。


「まだ見惚れてるの? これから、いつだって見られるのに」

「目に焼き付けておきたいんだ」


 アルティはレイや組合員のドワーフたちみたいに、百年後、二百年後も見ることはできない。だからこそ、この日の感動を胸に刻みつけておきたかった。二度と、自分の進む道を見失わないために。


「ごめんね、レイ。散々心配させて。何かあったら相談しろって言ってくれてたのに。俺……頑なになっちゃって」

「本当だよ。このレイさまを食料配達員にさせた借りは高いよー。今度、倍にして返してもらうからね」

「大変じゃのう、アルティ。エルフは長生きな分、人件費も高いぞ。給料から天引きしとくからの」

「えっ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 二人から笑い声が上がる。


「まあ、これでちょっとは自信もついたでしょ。これだけのものが作れたんだからさ」

「うん。俺、スランプの間、ずっと師匠や先輩たちみたいな、すごい作品を作らなきゃって思ってた。でも、俺は俺らしく……今できることを精一杯やればいいんだよね。だから、これからも一歩一歩頑張るよ。それで百年、二百年……いや、ずっと未来まで名前が残るものを作る。見届けてくれる?」


 レイの翡翠色の目が大きく見開かれ――そして、今にも泣き出しそうにくしゃりと歪んだ。


「仕方ないなあ。君の子々孫々にまで語り継いであげるよ。天下の職人アルティの生き様をね」

「その前に、嫁っ子を見つけんとな。お前も成人したんじゃし、そろそろ浮いた話の一つでも流さんか。あのデュラハンのお嬢さんとはどうなっとるんじゃ」

「な、なんでそこにリリアナさんが出てくるんですか! ……まだ仲直りできてないです」


 もそもそと呟くアルティに、レイが目を丸くする。


「え? まだ仲直りしてないの? なんで? お師匠さんが戻ってから、もう二カ月は経ってるよ? そういえば店から飛び出してきたって聞いたけど、まさか襲って……」

「違うよ! 何言ってんの!」

「じゃあ、なんで? ごめんって一言言えばいいだけじゃん」


 レイの正論に言葉が詰まる。クリフのジト目も痛い。仕方なくアルティは、様子を見にきてくれたリリアナに感情をぶつけてしまったことを話した。


「なんじゃ、お前。ちゃんと弱音吐けとったんか」

「リリアナ連隊長には素直に甘えられるってこと? 妬けるね〜」

「やめてくれよ! そんなんじゃないって! ただ……」


 期待に応えられない自分が何よりも悔しかったのだ。


 肩を落とすアルティに、クリフが「世話が焼けるのう」と大きくため息をつく。


「まあ、ええわ。とっとと行ってこい。話したいことがあるみたいじゃぞ」


 苦笑しながら指差す先で、教会の柱の陰に身を隠したリリアナが、そっとこちらを見つめていた。


「リリアナさん」


 駆け寄るアルティの姿を見て、コバルトブルーの肩当てがびくりと震えた。気づかれているとは思わなかったらしい。百戦錬磨の英雄なのに、そういうところは甘い。


「あっ……。そ、その、デュラハン違いです!」

「ちょっと待ってください!」


 下手な嘘をついて逃げ出そうとするリリアナの手を掴む。思ったより力がこもっていたのか、細身の籠手が音を立てて軋んだ。


「……手、痛い」

「あっ、ごめんなさい」


 パッと手を放す。逃げるかと思ったが、リリアナはその場から動かなかった。二人の間を気まずい沈黙が漂う。


 先に頭を下げたのはアルティだった。


「あの……。ごめんなさい。せっかく心配してくれたのに、追い返してしまって。その上、あんなひどいことを言って……。リリアナさんの信頼を裏切ってしまいました」


 リリアナがハッと息を飲む。鎧がかちゃりと音を立て、慌てて頭を下げる気配がした。


「私こそ……。アルティの苦しみも知らずに勝手な期待を押し付けて……。重かったよな。本当にごめんなさい」


 お互い、顔を上げたのは同時だった。


 リリアナの闇の中に灯る一対の青白い光が、湖面に揺蕩う月のように揺らいでる。きっと、彼女の目にも同じ顔をしたアルティが映っているのだろう。確認できないのが残念だが。


「鎧兜、見たよ。本当に感動した。やっぱりアルティはすごいな」


 いつもなら過大評価だと謙遜していた言葉。けれど、もう半人前とは言わない。大きく胸を張り、堂々と笑う。


「そうです。すごいでしょう。自慢の作品ですよ」


 リリアナの目が一瞬見開かれ――そして優しげに細められた。


「もう体調は問題ないのか?」

「はい。心配かけてすみません。パンがゆもありがとうございました。それで、あの……よかったら、また作ってくれますか?」

「もちろん! 何度でも作ってやる!」


 嬉しそうに銅鎧を叩くリリアナに笑みがこぼれる。


 いつだってアルティのことを信じ、支えてくれる大切な人。この二カ月間、ただ彼女の喜ぶ姿を見たくて鎧兜を作っていたのだと、リリアナは知る由もないだろう。


「元気になってよかったよ。でも……やっぱりお師匠さんは特別なんだな。私がどれだけ言っても聞く耳を持たなかったのに」


 拗ねたようにリリアナが言う。それについてはまったく反論の余地はない。自分勝手な感情に振り回されて、彼女を突き放したのはアルティだ。今までどれだけ元気づけられていたのかも忘れて。


「リリアナさんには、つい意地を張ってしまうんです」


 ぽろりと本音が口から転げ出た。驚くリリアナの目をまっすぐに見つめ返す。


「凱旋式の日も、湖のダンジョンに潜ったときも、俺はあなたの背中を見ていました。トルスキンでも、ずっとあなたに引っ張ってもらってた。いつも励ましてもらってばかりで……でも、それじゃ駄目なんだって思ったんです。俺は、あなたの隣に並んでいたい」


 一歩、足を踏み出す。リリアナは少し怯んだようだったが、覚悟を決めた眼差しでこちらに一歩踏み出してきた。


 お互いに、一歩ずつ縮まった距離。さっきより相手の姿が鮮明に見える。


「私だって、アルティの隣にいたいよ。並ぶとちょっと……いや、かなりデカいけど」

「頑張って牛乳飲みますよ。俺はまだ十九です。これからもっと体も大きくなるはずです。……たぶん」


 くすくすと笑みが漏れる。これで仲直りは完了だ。取り戻したものの大きさにほっと息をつく。


 もう二度と手放したりはしない。


「改めて、これからもよろしくお願いします」

「ああ、よろしく」


 どちらともなく差し出された手をぎゅっと握りしめた。

これにて6部は終了です。閑話を挟んで7部が始まります。

7部ではアルティの大師匠マリウスの軌跡に触れていきます。

引き続きよろしくお願いいたします。

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