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9話 フルプレートの女神さま

 五月も十日になると、夏の気配を感じられるようになってくる。澄み渡った空の下、完成したエルネア教会の周りには多くの人が詰めかけていた。


 ラスタ王国の色である赤、白、黒、青、緑の五色に彩られた扉をくぐった先には、この国に生きる種族を象徴した装飾品が飾られている。


 ウルカナ大森林の木を使用したエルフたちの魔法の杖、ドワーフたちが作ったセレネス鋼製の剣と盾、ドラゴニュートの角から作った角笛などなど――そのどれもが、職人たちの技術を結集して作り上げられた芸術品だった。


 その中で一際注目を浴びているのは、白い布に覆われた女神像だ。期待していたセレネス鋼製の鎧兜はどこにも見えないが、これさえ見れば来た甲斐はあるだろうと、その場にいるものたちの表情が物語っていた。


「お待たせいたしました。これより、エルネア女神像の公開を行います。皆さま、足元の白いラインまでお越しください」


 説教台の司会がちらりと目線を上げる。二階の関係者席では、相変わらず穏やかな笑みをたたえた国王のアレスがこちらを見下ろしていた。


「では……オープン!」


 合図と共に白い布が取り払われる。同時に、待機していた魔法士たちが一斉に光の魔法を放った。きらきらと光る粒子が、女神像に降り注ぎ、幻想的な光景を生む。


「なんだ、これは!」


 ルクセン帝国側の来賓たちがにわかにざわめいた。


 フルプレートに身を包んだ女神像が、慈愛を込めた眼差しで彼らを見つめていた。






 クリフが戻ってから三日後。リハビリ用の作品も無事に作り終え、一から練り直したデザイン画も完成したその日、アルティはクリフに連れられて街を歩いていた。


 少しずつメンタルが回復してきたとはいえ、じろじろと見られた恐怖はまだ消えていない。どれだけ気にしないように努めても、自然と背中が丸くなる。しかし、クリフはこちらのことなど斟酌せずに、ずんずんと進んでいく。置いていかれないように、なんとかついていくのに精一杯だ。


 向かう先は職人組合の事務所である。これから二人は組合員たちに鎧兜製作の下請けを依頼するのだ。当然ながらアポは取っていない。


 散々、人の悪意に触れたあとだ。シュトライザー工房だけで作れないかと怯むアルティに、クリフは「半人前の分際で仕事を独り占めしようなんざ、贅沢なんじゃ!」と目を吊り上げて一喝した。


「いいか? もう一度確認しとくぞ。兜はワシ、銅鎧はお前、他のパーツは組合の連中。それでいいな?」


 黙って頷く。たとえ分不相応だと言われても、どうしても鎧は自分の手で作りたかった。


 魔法使い組合と違って、職人組合は職人街の中にあるので、あっという間に着く。受付のおばさまが「クリフさん?」と目を丸くするのを背に、二人は大会議室のドアの前に立った。


「よう見とけ、アルティ。多人数相手に主導権を握るにはこうするんじゃ」


 そう言い終わるや否や、クリフはドアを蹴り開けた。ドワーフの力に負けたドアは勢いよく吹っ飛んで対面の壁にぶつかり、無惨な姿を晒す。


「ひ、ひええ……」


 アルティの口から悲鳴が漏れる。職人たちはみんな呆気に取られた顔でこちらを眺めている。主導権も何も、暴力で黙らせただけである。


「おうおう、みんな揃って悪巧みか。ワシのおらん間に弟子をいじめよって。落とし前つけてもらいに来たぞ」

「クリフ! お前戻って……!」


 ハウルズ製鉄所のガンツが椅子から立ち上がろうとしたのを制止し、クリフは両手を長テーブルに叩きつけた。


「お前ら、よく聞けよ。首鎧、肩当て、腕鎧、肘当て、籠手、草摺り、もも当て、膝当て、脛当て、鉄靴。丸々余っとるぞい。誰かやりたいものはおらんか?」

「急に来て何言ってんだ! お前の弟子が引き受けた仕事だろ! 勝手にやれよ!」


 そう真っ先に声を上げたのは、白虎の獣人に因縁をつけられた日に酒場にいた職人たちだった。


「いいんか? ワシらが全部手柄を独り占めして。たとえパーツ一つだろうが、作りゃあ共同製作者としてデカい顔ができるじゃろうに。若い職人を支えて世に送り出したと、周囲の株も上がるじゃろうにのう。残念じゃのう」


 弟子が聞いてもいやらしい言い方だ。


 だが、その言葉で、ぐ、と喉を鳴らしたものたちがいた。比較的年配の職人たちだ。彼らはそれぞれ弟子を持ち、優れた作品を世に送り出している。故に、評価には敏感だ。工房への評価は、将来独立する弟子たちの評価にも繋がるからだ。


「それになあ、こんなに楽しそうな仕事をやらんなんて勿体無いぞい。考えてみろ。エルネア教会に飾る作品じゃぞ? 百年先も二百年先も残るかもしれん。子孫たちに、これが俺の作った作品じゃと自慢したくはないか?」


 今度は若い職人――特にドワーフたちから「百年先……」という声が漏れた。彼らは百年先も確実に生きている。未来の自分を想像したのかもしれない。


 そのとき、クリフが肩越しにこちらを見た。弾かれたように長テーブルに駆け寄り、深く頭を下げる。体の両脇に下げた手が震えている。しかし、怯んでいる場合ではない。


(最後まで諦めないのが、俺の才能だ)


 腹に力を入れる。遠くまで聞こえるように、強く強く。


「半人前の俺が王城からの依頼を受けるなんて、納得できないのは当然です。俺自身も、分不相応だって散々悩んだし……。一人じゃとても作れない。だからこそ、俺には先輩たちの技術と経験が必要なんです! お願いです! どうか、皆さんの力を貸してください!」


 部屋の中が静まり返る。怖くて顔が上げられない。震えるアルティの隣で、クリフがふっと笑みを漏らした音が聞こえた。


「なあ、お前ら。ガキがここまで言ってるんだぜ。大人の度量を見せてやろうや」


 ガンツの鶴の一声で、シュトライザー工房の依頼は分業の運びとなった。


「なんだか、夢を見てるみたいです……」

「何を言っとるんじゃ。これから忙しくなるぞい。寝ぼけとる暇はないぞ」


 細かい打ち合わせを終えて工房へと戻る道すがら、呆然と呟くアルティにクリフが肩を揺らして笑う。


「だって、あんなに簡単に……。あれだけ門前払いを食らったのに……」

「人を動かすには明確にメリットを示さにゃならん。だがなあ、いつだってそれを上回るのは単純な好奇心よ。とどのつまり、『楽しそう』がありゃ人はついてくるんじゃ。胸の炉に、情熱っちゅう火をつけてやるんじゃな」

「楽しそう……」


 足を止めたアルティを見て、クリフもその場に足を止める。


「お前だって、鎧兜を作っとるときはいつも楽しんどるじゃろ。辛いばっかりで七年も続くわけないわ。人間ってなあ、案外単純なものだぞ」


 青空の中を鳥が飛んでいく。それを見上げたクリフが眩しそうに目を細める。


「鳥だって、最初から飛べるわけじゃない。学べ、アルティ。そのためにワシらがおるんじゃからの」


 厳しくも、優しくて温かな瞳がアルティの姿を映す。その目を見て、アルティは何故クリフを師匠と呼ぶのかわかったような気がした。






「こんなものはエルネア女神さまじゃない!」


 ルクセン側の来賓が大きな声で叫ぶ。


 会場がざわめく中、二階の関係席にいたアレスがすっと立ち上がった。その手にはマラカスを小さくしたみたいな拡声器が握られている。マイクというらしい。


「監修のハロルド司祭に確認いたしました。れっきとしたエルネア女神さまです。ただ――ラスタに来られて少々勇ましくなられたみたいですが」

「エルネアさまは戦女神ではないのですよ! 鎧兜を着せるなんて……!」

「でも、美しいでしょう?」


 アレスの微笑みに来賓が黙った。彼らの瞳は絶えず女神像に注がれている。


 女神像がまとう鎧兜――それはアルティがデザインしたセレネス鋼製の鎧兜だった。


 兜はリリアナの兜を踏襲しつつも、面頬を完全に取り外して女神像の顔が見えるようにした。鎧はロリカ・セグメンタータに倣って前開きにし、ベルトの代わりに銀糸を織り込んだ赤いリボンを使用している。草摺りは鱗状に切り出したセレネス鋼をスカート状に組み立ててもらい、腕鎧をはじめとした各パーツには、ラドクリフ経由でバルバトスに入手してもらったドラゴンの爪を取り付けた。


 今までの歴史を積み重ねてきた新しい鎧兜だ。


 そしてそれらを、王城から許可を得た上で、女神像の製作を受注していた業者に無理やり頼み込んで着せてもらった。一番インパクトがあると思ったからだ。


「会場にお集まりの皆さまはいかがでしょうか。この鎧は女神さまの神聖さを損なうと思いますか?」


 誰も何も言わない。言える空気でもない。静かになった会場の中で、アレスだけが変わらず微笑みを浮かべている。


「異論はないようですね。では、ここで製作者からの言葉も聞いていただきましょうか。アルティ・ジャーノ。前へ」

スランプが終わった途端に無茶振りの予感です。

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