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1話 新年早々大変です

「あけましておめでとう。早速だけど王城に来てくれるかな?」


 店の玄関に「OPEN」の札をかけた途端に現れた、黄土色の鎧兜を着たデュラハンに、アルティは声もなく立ち尽くした。


 シュトライザー工房と同じく、今から仕事を始めようとしていた近所の職人連中が遠巻きにこちらを眺めている。


 それもそうだろう。デュラハンは近衛第一騎士団のルイ・マルグリテだった。リリアナや新米騎士ならともかく、副団長の彼が普段職人街に出向くことない。


「ちなみに選択肢は『はい』しかないから。渋るようなら拘束して連れてこいって言われてるんだよね。それに、君は僕に借りがあるでしょ。リヒトシュタイン侯爵に仲立ちした件、まさか忘れてないよね?」

「うっ……」


 それを言われると弱い。リリアナにセレネス鋼製の短剣を贈れたのはルイのおかげである。貴族に借りを作るとこういうことになるのだ。次はないかもしれないが覚えておこう。


「どうした、アルティ。もう開店時間じゃぞ。早う戻って……」


 玄関を開けたクリフがルイの姿を見て眉を寄せた。マルグリテ家はこの工房を開いたときからのお得意さまだが、クリフは基本的に貴族と馬が合わない。


 その気性を熟知しているルイが先手を打って口を開いた。


「お久しぶりです、クリフさん。あなたのお弟子さん、少しお借りしますよ」

「おお、連れてけ連れてけ。アルティ、夕飯までには帰ってこいよ」


 それだけ言ってさっさと中に引き返していく。年が明けても相変わらずだ。話の流れによっては二度と帰れないかもしれないのに。


「それじゃあ、行こうか。大丈夫、王城専用馬車だから一瞬で着くよ」


 ルイが指差した先には、いかにも豪華な馬車が停まっていた。


 一瞬で着いてほしくない。


 一言も発することなく、アルティはとぼとぼと馬車に乗り込んだ。






 王城は旧市街の北側に位置し、東西二キロ、南北一.八キロの広大な敷地を有している。外周は市街を囲む城壁と同じく強固な石壁に守られ、東西南北にそれぞれ門がある。


 だが、関係者以外がくぐれるのは南門だけだ。それ以外は王城の職員証か通行許可書が必要になる。この馬車は王城専用馬車なので、顔パスで通れたようだ。


 城内は大きく三つに分かれている。まず一番外側の外苑。ここは闘技祭で使われた闘技場や工場の他に、魔学研究所、病院、訓練場、騎士団宿舎、首都駐留軍宿舎、士官学校、王城公認の商店などがあり、身体チェックはあるものの、一般人でも訪れることができるようになっている。


 その先に進むと内苑だ。こちらは一般公開日でない限り立ち入りは許されず、基本的に王城内で働く人間たちが日々の職務と生活に勤しんでいる。新年祭のときに忍び込んだリリアナの執務室もここにある。彼女が言うには、職員の独身寮もここにあるらしい。


 そして、一番奥には限られた人間しか入ることができない、王族たちが住まう居住区がある。


 アルティが通されたのは、内苑の隅に位置する小部屋だった。おそらく控え室か、小会議室なのだろう。中心に置かれた長テーブルを挟んで、椅子が二脚ずつ置かれている。ただ、足元には高そうな緋色の絨毯が隙間なく敷かれているし、壁際にはため息が出そうなほど美麗な白磁の花瓶が飾られていた。


 その傍らでは、剣を佩いた近衛騎士たちが、所在なく椅子に座るアルティを睨んでいる。明らかに賓客ではないので気持ちはわからなくもない。


 ここにアルティを通すや否や、ルイは行ってしまった。依頼人を呼んでくると言っていたので、何か粗相をしでかしたわけではなさそうだ。


 だが、シュトライザ―工房は王城御用達の業者ではない。たまに依頼を受けて防具を納めることもあるが、あくまで臨時の穴埋め要員である。それは大量生産できない小さな工房だからという事情に加え、ひとえにクリフが嫌がるからだ。


 ルイが来たなら近衛騎士団絡みの話かもしれない。しかし、まったく心当たりがない。


 首を捻っていると、部屋のドアが静かに開いた。次の瞬間、立っていた近衛騎士たちが居住まいを正す。


 中に入ってきたのは、肩まで伸ばした美しい金髪と青い目を持つ男だった。耳が長くて尖っているのでエルフだろう。レイよりも年上のようだ。ヒト種で言えば四十代ぐらいに見える。


 男はエメラルドグリーンのローブの裾を翻してこちらに近づくと、右手に持った長杖を突きつけてきた。先端の緑色の魔石が部屋の明かりに反射して鋭く光る。


「君がアルティ・ジャーノくん?」

「は、はい」

「怖くないんですか? 逃げずに座ったままですけど」

「いや、怖いですけど……。逃げてどうするんですか。まだ何も事情聞いてませんし」


 下手に逃げて牢獄に繋がれる羽目だけは避けたい。必死に虚勢を張って目をまっすぐに見返すと、男は杖を引いて満足げに微笑んだ。


「さすが肝が据わっていますね。噂通りです」

「噂……?」

「トリスタンに啖呵を切ったのでしょう? 『俺の兜でお前をギャフンと言わせてやる!』でしたっけ?」


 そんなこと一言も言っていない。人の噂って怖い。いや、それよりも、あのトリスタンを呼び捨てにしているということは相当に地位が高いはずだ。


 アルティのもの言いたげな視線に気づいた男が姿勢を正す。


「申し遅れました。私、二百年前よりこの国の宰相を務めております、ルステン・ハウザーと申します。ウルカナ出身の『青い目のエルフ』です」


 青い目のエルフ。それはレイが常日頃から忌避している存在である。


 ウルカナ大森林に住むエルフたちには大きく分けて二つの派閥がある。レイのように緑系の瞳を持つ「緑の目のエルフ」と、ルステンのように青系の瞳を持つ「青い目のエルフ」だ。


 保守的で几帳面な性格のものが多い緑の目のエルフに対して、青い目のエルフは総じて破天荒なのだそうだ。変わり映えのしない生活を嫌って森を真っ先に飛び出したのも、好奇心の赴くままに魔法の実験をして周囲に被害を与え続けるのも、青い目のエルフだという。


 そして目の前にいるのは、その青い目のエルフにして、この国のナンバーツーである。なんでそんな大物がここにいるのか。アルティは背中に冷たい汗が伝うのを感じた。


「ルステン! 先に行くなと言っただろうが!」


 追い打ちをかけるように、真っ黒な鎧兜を着たデュラハンが部屋に飛び込んできた。その古式ゆかしいバケツヘルムには見覚えがある。闘技祭の馬上槍試合でトリスタンと戦って負けた騎士だ。確か名前はパーシヴァル・ロイデンと言っていた。


 そう思ったのが顔に出たのか、パーシヴァルは不愉快そうに舌打ちすると「なんでこんなガキが」と吐き捨てた。


「失礼ですよ、パーシヴァル。まだ若くとも彼は立派な職人です。リリアナ嬢の兜やエクテスの鎧を見たでしょう」

「確かに見たけどな。俺にはイマイチよさがわからん。小洒落すぎているというか」

「それは、あなたが古いもの好きだからでしょう。今時、そんなバケツを被っている人はいませんよ。トリスタンなら別でしょうけど」

「あいつと一緒にするな!」


 察するにこの二人――いやトリスタンも入れた三人は、ラドクリフとバルバトスのような関係性なのだろう。


 なんでもいいが、アルティを置いてきぼりにするのはやめてほしい。賑やかな二人の前で大人しく肩を縮めていると、ようやく部屋に戻ってきたルイが中の惨状を見て声を荒げた。


「団長! 宰相! よってたかって、若い子をいびるのはやめてください!」

「いびってませんよ。失礼な。パーシヴァル、あなた、部下の躾がなっていませんよ」

「あのマリアとラドクリフの兄弟だからなあ。こいつも案外気性が荒いんだ」


 パーシヴァルが言う通り、ルイは駐屯地の破壊神と謳われたマリアの弟で、剣を持つと豹変するラドクリフの兄だ。幸いにもアルティはまだ洗礼を受けていないが、ついに片鱗を見てしまった。


「お二方、うるさい! お越しになりましたよ」


 ルイの言葉で、アルティを除く全員がドアに向けて頭を下げた。それに戸惑っているうちに、足音が近づいてくる。


「やあ。休み明けで忙しいのに、呼び出してごめんね」


 人のよさそうな顔をしてのんびりと現れたのは、この国の国王、アレス・フェルウィル・オブ・ラスタだった。

年明け早々波乱の幕開けです。

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