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8話 共に眺める大輪の花

「アルティちゃーん。そろそろ、どう?」

「あ、は、はいっ。すぐに戻ります!」


 伸ばしかけていた手を急いで引っ込め、洗いかけだった皿を洗い終える。きっと酒を飲みすぎたのだ。リリアナに触れてみたいと思うなんて!


「行きましょう、リリアナさん。早くしないと年越しちゃいますもんね!」

「え? うん」


 洗い終わった皿を抱えて逃げるように歩き出す。リリアナはそんなアルティを不思議そうに見つめつつも、遅れないようあとをついてきた。


「いよいよお披露目か?」

「そ、そうですね。年を越す前に渡したいので」


 真横に感じる体温に声が上擦ったが、リリアナが気づいた様子はない。後ろ手を組んで機嫌よさそうに月を眺めている。その横顔を盗み見て、アルティはそっとため息をついた。


 テントに戻ると、ヨハンナがクーラーボックスからホールケーキを取り出しているところだった。今朝、ここに来る前にアルティと一緒に作ったものだ。


 クリフが好きな生クリームとイチゴをふんだんに使ったそれは、みんなの興味を大いに引いたようだ。特に声もかけてないのに、明かりに誘われる虫のごとく長テーブルに集まってくる。


「なんじゃ、やけに大きなケーキじゃな。食後のデザートか?」

「それもありますけど、実は誕生日ケーキです。今日で九十七歳を迎える師匠に」

「ワシに?」


 目を丸くするクリフに、バルバトスが笑みを漏らす。


「クリフさん、自分の誕生日忘れたのかよ。年末なんて忘れようもなさそうなのに」

「それが歳を取ると不思議と忘れちゃうんだよね。もし覚えてても『何回目だっけ?』ってなる」


 この中で一番年上のレイが言うと説得力がある。


 今日がクリフの誕生日だということは事前にみんなに伝えてあった。めいめい持参してきたプレゼントを渡す中、アルティは破裂しそうな心臓を押さえるので精一杯だ。


 一生懸命用意したものだが、クリフが喜んでくれるかはわからない。というか、いつも何をあげても喜んだ姿を見たことがない。元々別のものを用意していたのだが、ヨハンナが来てから急遽用意し直したものなので、いつも以上に自信がなかった。


「ほら、アルティも」

「は、はい……」


 リリアナに促され、手にした長方形の小箱をクリフに差し出す。クリフはみんなからのプレゼントに目を白黒させていたが、アルティの緊張の面持ちを見ると、心持ち表情を引き締めて蓋を開けた。


「これは……」


 クリフの視線の先にあるもの。それは、アルティが一から作った金槌だった。


 金槌の頭に使用した鋼は、アルティの財布には少々厳しい高級品で、年末休みに入っていたハウルズ製鉄所のガンツを拝み倒して融通してもらったものだ。形には少し悩んだが、結局、何にでも使えるようにシンプルな円筒状にした。


 金槌の頭を鍛造するのは初めてだったが、その前に武器を作っていたおかげか、思ったよりもすんなりと作ることができた。経験は何よりも雄弁である。


「師匠の金槌をもらったので、その代わりに。師匠が使いやすいように、少し大きめにしてみました。柄は耐久性を重視して樫の木を使用しています。まっすぐより、少し湾曲してる方が好みでしたよね?」


 黙って手に取ったクリフが、何度か確かめるように金槌を振る。それをはらはらして見つめながら、アルティはクリフの顔を覗き込んだ。


「どうですか……?」

「ふん。相変わらず磨きが甘いのう。そのせいでささくれが手に刺さるし、頭の形も若干歪じゃ。あと、もうちっとこう……頭と柄を平行にせんとな。半人前が職人の魂とも呼べる金槌を作るなんざ、まだ早いわい」


 相変わらずのボロクソ批評だ。肩を落とすアルティの周りで「クリフ、言い過ぎよ」やら「お師匠さん、厳しー」という声が飛ぶ中、金槌をじっと見つめていたクリフがにやっと笑った。


「だが、気に入った。ありがたく使わせてもらうぞ、アルティ」


 その笑顔に嘘はない。どうやら及第点はいただけたようだ。


「よかったな、アルティ」

「はい!」


 何故かアルティ以上に嬉しそうなリリアナに頷き返す。


 それを機にヨハンナが切り分けてくれたケーキに舌鼓を打っているうちに、いよいよ年越しが近づいてきた。


 どことなくそわそわした雰囲気の中、温かいコーヒーを飲み終えたヨハンナが「そうだわ」と手を打ち鳴らす。


「ねぇ、せっかくだから新年に向けて抱負を言っていきましょうよ。ドワーフの横穴ではいつもそうしてるの」


 さすが職人だらけのドワーフというべきか、それぞれが抱負を言い合うことで、来年は何を作るか、どんな技術を身につけるかの指標にしているらしい。


 ヨハンナの提案に、バルバトスが顔を輝かせる。


「いいなそれ。なんか気合いが入りそうじゃん」

「それ以上気合い入れてどうすんの。ただでさえ暑苦しいのに」

「うるせぇなあ! いいだろ別に! 茶々入れんなよ」

「バルバトスさま、ラドクリフさま、年越し前に喧嘩しないでください……」

「うふふ。じゃあ、私から行くわね。あとは時計回りに」


 わいわいと騒ぐバルバトスたちを軽く流し、こほんと咳払いしたヨハンナがクリフをじっと見つめた。


「遠く離れた息子が、いつでも気楽に帰ってこられるようにするわ。もう二度と、誰にも傷つけさせないわよ」

「おふくろ……」


 母親の愛は八十年経った今も色褪せていないのだ。目を見開いたクリフに、ヨハンナがにこっと微笑む。


「じゃあ、次はリリアナちゃんね」


 水を向けられたリリアナが、少し考えながら言葉を紡いだ。


「そうだな……。部下たちの労働環境をもっとよくしたいかな。あとはもっと人と関わりたい。駐屯地を転々としていたときはいつも一人だった。でも、今はとても楽しいから」


 照れくさそうに兜を撫でるリリアナを、みんなが微笑ましそうに見ている。アルティも同じ気持ちだ。それが恥ずかしくなったのか、リリアナは隣に座るハンスの背中をやや強めに叩いた。


「じゃあ、次はハンス!」

「はーい。僕は今年と同じく、仲間たちと一緒に連隊長を支えますよ。いつもサボってるように見えて、一人で頑張りすぎる人だから」


 まさかそうくると思わなかったのか、リリアナが目を丸くする。


「……何言ってんだお前。急に生意気になったな」


 その声には、少し涙が滲んでいるような気がした。


「じゃあ、次は僕だね。僕は聖属性と魔属性の魔法紋の研究を進めるよ。みんなの生活、もっと便利にしちゃうからね。楽しみにしといて」


 レイの言葉に、左隣に座っていたバルバトスがひゅうと口笛を吹く。


「頼もしいなあ。俺はそんな立派なこと言えねーや。せいぜい、来年もラドクリフに勝つぐらいだな」

「エクテス領のイルギス火山みたいに高い目標だね。俺は身の程知らずを返り討ちにするよ。あとは教え子たちをしっかり鍛える」


 相変わらずの二人にくすくすと笑みがこぼれる。次はいよいよクリフだ。アルティが贈った金槌を振り上げて、高らかに宣言する。


「ワシも弟子をより一層鍛えるぞ!」

「お、お手柔らかにしてください……」


 気合いの入れようが怖い。鍛えてくれるのは嬉しいが、これ以上仕事が増えると死んでしまう。慄くアルティに、バルバトスが笑みを含みながら続きを促す。


「じゃあ、トリはアルティだな」

「俺は……」


 みんなの視線が集中し、ごくり、と唾を飲み込んだ。自分の気持ちを言葉にするのはいつだって緊張する。背筋をすっと伸ばし、ゆっくりと言葉を選んでいく。


「俺は職人としてはまだ半人前です。さっきも師匠にボロクソに言われましたし……。でも、いつか……師匠を超えて立派な職人になってみせます!」


 そして、リリアナに恥じない職人になるのだ。彼女から初めて依頼を受けたときに抱いた思いを、アルティは改めて胸に刻んだ。


「いや、来年の抱負だからね? スケールでか過ぎだって」


 レイの呆れた声に、みんなから一斉に笑い声が弾ける。


 その瞬間、夜空に大輪の花が咲いた。王城から打ち上がった花火だ。


 賑やかな音を聞きつけて、周りのキャンプ客がテントから出てくる。アルティたちも自然と椅子から立ち上がり、吸い寄せられるように展望台の方へ集まっていく。


 そこには、すでに大勢の人間が花火を眺めていた。色とりどりの花が咲き乱れる下では、首都の明かりがきらきらと輝いている。


 アルティたちがそうしているように、多くの人間が家族や恋人、親しい友人たちと身を寄せ合いながら同じ光景を眺めているのだろう。たとえ一人だったとしても、今このときばかりは、年越しの高揚感に身を浸しているはずだ。


「新年おめでとう!」


 誰かが夜空に向かって大きく叫んだ。


 それぞれの決意と期待を抱いて、新しい年が始まったのだ。

次回、新年祭に突入します。

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