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7話 集合! 各地のスライム雑煮

 ラスタの雑煮作り。それは年越し前の一大イベントである。


 というのも、この国には「新年に餅を七つ食べると寿命が伸びる」という風習があるからだ。そのため、年が明けたら「今年も大切な人と共に食卓を囲めますように」との願いを込めて、あらかじめ作っておいたスープに餅を入れて食べるのが恒例になっている。


 餅の大きさは親指と人差し指で丸を作ったぐらいで、それぞれ赤、黄緑、青、水色、茶色、緑、黄色で着色されている。これは一週間を表す属性――火、風、水、氷、土、木、雷を模しているためだ。


 その形状と色合いから、いつしか「スライム雑煮」と言われるようになった。十分寿命が伸びたお年寄り用には、さらに小さな餅を使ったミニスライム雑煮も存在する。


「いや、だからさ! 餅はトムクンスープに入れるもんだろ! そんで具は手長エビとパクチム! 新年には欠かせない縁起物じゃねーか!」

「何言ってんのさ! 辛い雑煮なんて雑煮じゃないんだよ! 雑煮はすまし汁にニンジンとミツバ! これが標準なんだって!」


 バルバトスの言うトムクンスープとは、トルスキン方面でよく食べられる酸っぱ辛いスープのことだ。レモンが入っているので酸っぱく、そして唐辛子が大量に入っているため、見た目は溶岩のように赤くて辛い。


 対してラドクリフの言うすまし汁は、透明なだし汁に醤油や塩でシンプルに味付けした、首都圏でよく食べられる伝統的なものである。餅に添えるミツバはパクチムと同じく独特な香りがする香草で、好き嫌いがかなり分かれる。


 このように、スープや具材にかなり地域差があるので、雑煮作りにはよく諍いが起こる。餅一つとっても、焼くや煮るなど調理法が異なるため、喧嘩のネタには事欠かない。


 お互いの好みをまだ熟知していない新婚夫婦が、初めての年末を迎えて離婚の危機に陥ることも珍しくないのだ。


「まあまあ。そのために各自で作ろうって決めたじゃないですか。せっかくだから、多めに作って食べ比べしましょうよ。食べてみたら案外気にいるかもしれませんよ」

「そうよ、二人とも。せっかくの年末に喧嘩しちゃ駄目。お雑煮は楽しく作らなきゃ」


 アルティとヨハンナがバルバトスたちを宥めるその横で、リリアナとクリフの北方組が寸胴鍋に作っておいたクリームシチューを小鍋に移している。助けを求めるように視線を送ると、それに気づいたリリアナがにっこりと目を細めた。


「あいつら馬鹿だよなあ。雑煮はクリームシチューに決まってるよ。餅と一緒に煮てとろっとろにするんだ。なあ、お師匠さん」

「そうじゃなあ。首都に来てからはずっとすまし汁じゃったけど、久しぶりにクリームシチューで食いたいな」


 駄目だこれは。下手に口を挟むとさらなる諍いを呼んでしまう。


 バルバトスたちの仲裁はヨハンナに任せて、アルティは黙々と雑煮作りに勤しんでいるレイの元へ向かった。


「やあ、アルティ。幹事は大変だね。まあ、人数いると雑煮作りって絶対揉めるからねえ」

「みんな、こだわりがさあ……。レイのとこは、どんな雑煮なの?」

「ウルカナは山菜汁だね。特にキノコをこれでもかってぐらい入れるんだ。海沿いだとブイヤベースに入れるとこもあるみたい。魔法学校は潮汁だったかな。僕は辛党だから、バルバトス君のところのも美味しそうだって思うけどねえ。でも、餅は焼き餅。これは譲れないから」


 レイにはレイのこだわりがあるらしい。曖昧に微笑んで、隣のハンスに話題を移す。彼は雑煮作りには参加せず、バーベキュー用の串に味付けした肉と切った野菜を手際よくセットしていた。


「ハンスさんところはどうでした? 首都だから、やっぱりすまし汁ですか?」

「うちは商人一家なんで、各地の味を経験するために毎年変わってましたね。おかげで喧嘩にはならなくて済みましたけど。アルティさんの家はどうしてたんですか?」


 ぎくりと肩が跳ねた。正直、それだけは聞いてほしくなかった。


「……その……り……」


 口の中でもしょもしょと呟くアルティに、ハンスが「え?」と顔の闇を近づける。


「うちは貧乏だったから、その日の残りのスープに入れてましたよ……。具なんてほとんど入ってませんでした」

「……なんか、ごめんなさい」


 ちょっぴり切なさを残して、それぞれの雑煮作りは進んでいった。






 夜も更けてくると、暖を求めてテントに引っ込む客も増えてくる。


 アルティたちのスペースはレイのおかげで快適だ。みんなコートすら脱いで、クリフが追加で作った長椅子の上でくつろいでいる。


 そんな彼らを尻目に、アルティは一人、テーブルの上に山積みになった食器を片付けていた。「ハズレを引いたやつが片付け」というくじで、見事にハズレを引いてしまったからだ。なんとなく予想はしていたが、最後の最後まで運が悪い自分に少し落ち込む。


「それにしても、まさか全部空になるなんて……。結構な量があったのに」

「買い込んできてよかっただろ。若い男が多いし、絶対食うと思ったんだ。レイさんもああ見えて結構食べるし」


 ゴミ捨て場にゴミを捨てに行っていたリリアナが、笑いながら帰ってきた。アルティが死にそうになっているのを見て、手伝いを買って出てくれたのだ。


「ちょ、待った! もう手持ちねーって! あんた強過ぎんだよ!」


 一番奥の長椅子からバルバトスの悲鳴が上がった。向かい合うレイとバルバトスの間には、リリアナが肉を入れていた木箱がある。どうやら、賭けトランプで盛り上がっているらしい。


「甘いねえ。僕に賭け事で勝とうなんて、あと百二十六年早いよ」

「やけに具体的だなあ⁉︎」


 財布を毟り取られたバルバトスが頭を抱える。その周りでは、同じく長椅子に座ったラドクリフとハンス、クリフとヨハンナがそれぞれ話し込んでいる。


 設置された魔石ランプの光を頼りながら、リリアナと共に炊事場に向かう。人気の失せたそこは、昼間とは打って変わってひっそりと静まり返っていた。


「あとは俺一人でやれますから、リリアナさんもゆっくりしてもらってていいですよ。皿洗いは慣れてますし」

「最後まで手伝うよ。一人じゃ大変だろ。それに私も皿洗いは慣れてるんだ。新兵時代に散々やったからな」


 籠手にゴム手袋を嵌め、皿を洗うリリアナは確かに手際がよかった。野菜を切るときの残念っぷりを見ているだけに少し意外だ。


「軍では貴族でも皿洗いするんですか?」

「そうだよ。軍は完全な縦社会。等級が全てなんだ。そこには貴族も平民もない。逆に言うと、等級さえ上なら平民が貴族を呼び捨てにしても不問にされる世界だ。貴族だって階級が全てだからな。そういう意味では軍と似てるよ」

「へえ、そうなんですね。なんだか恐れ多い気がしますけど」


 思わず感嘆の声が漏れる。ど田舎出身のど平民としては、貴族や軍の世界は興味深い。


「じゃあ俺も、リリアナさんより等級が上なら『リリアナ』って呼び捨てにしてオッケーなんですか」

「えっ」


 リリアナの手から落ちた皿が、シンクに跳ねて大きな音を立てる。万が一を考えて木の皿にしておいてよかった。


「す、すまん。手が滑った」

「いえ、こちらこそ変なこと言ってごめんなさい。もし等級が上だったとしても、年上を呼び捨てにするなんて失礼ですよね」

「いや、そうじゃない。そうじゃなくて……。いきなり名前で呼ばれたからびっくりして……。呼び捨てっていっても、家名呼びなんだよ、アルティ」

「あっ、そうか」


 上司と部下は友達ではないのだ。リリアナならリヒトシュタイン。ラドクリフならマルグリテ、と家名で呼ぶのが一般的である。普段一番下っ端なので、恥ずかしながらこういう常識には疎い。


「そ、そういうアルティはどうなんだ? 組合がある以上、職人にも上下関係はあるだろう?」

「職人も色々ですから一概には言えませんけど、デュラハンの防具職人に限って言えば年数ですかね。あとは実績です。誰もが認める作品を作れたら、歳が上だろうと下だろうと尊敬されますよ」

「そっか。じゃあ、アルティはいつか誰からも尊敬される職人になるな」


 皿を洗う手がぴたりと止まった。隣を見上げると、背後に月を背負ったリリアナが、優しくアルティを見下ろしていた。


「この鎧、本当に気に入ったよ。ありがとな、アルティ」

「リリアナさん……」


 込み上げる衝動のままリリアナに手を伸ばそうとしたとき、背後からヨハンナがアルティを呼ぶ声が聞こえた。

お雑煮は作ったあと、レイの魔法紋で保温してます。

リリアナは北の駐屯地暮らしが一番長かったので北方組です。

パクチム=パクチー。トムクンスープ=トムヤムクンのイメージです。

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