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4話 クリフの過去③

 その前に、マリウスという男についてもうちょっと話しておこうか。


 何しろお前の大師匠じゃからの。言うたら爺さんみたいなものじゃ。ワシが学んだ技術は確実にお前にも受け継がれとるんじゃぞ。先祖のことを知るのは子孫の務めじゃろ?


 とはいえ、ワシも知っとることはそう多くない。さっきも言うたが、何しろ出会う前の経歴が一切不明な男じゃ。酒を飲ませて昔話をねだったこともあったが、ちーっとも教えてくれんかった。


 じゃがのう、たった一度だけ、ぽつりと漏らしたことがあったんじゃ。


「俺はずっと探しものをしてる」と。


 それが何かはわからん。今後も知ることはないかもしれん。ただ、マリウスにはいつも肌身離さず持っとるものがあった。


 金槌と火食い鳥の風切り羽じゃ。


 両方とも職人としては商売道具であり、お守りみたいなもんじゃ。よその国のことはようわからんが、少なくともラスタでは金槌は職人の象徴。火食い鳥の風切り羽は煌々と燃える炉の象徴じゃった。昔は火食い鳥の羽で火を起こしとったからのう。今は知っとるやつは少ないかもしれんが。


 それはどうも、子供の頃からの親友に貰ったものじゃったらしい。その親友の生死は話してくれんかったが――まあ、よく考えたらわかるじゃろう。


 上から下まで黒い服を着とるのも、各地を放浪して世捨て人のような暮らしをしとるのも、胸に大きな穴が空いとる人間の証拠じゃよ。探し物もそれに関係するものじゃったんじゃろう。


 何せ戦後じゃからな。そういう境遇のものは腐るほどおった。おふくろも戦争で婚約者を亡くしとるし、おふくろを襲った父親も傭兵じゃったから、似たような想いを抱えとったんじゃろう。あの当時、傭兵なんぞになるやつは天涯孤独と相場が決まっとったからな。


 お前の友人のハーフエルフの――なんと言った? レイか。あやつも学生時代に駆り出されて戦争に参加しとったんじゃろ? 多かれ少なかれ、何か大事なものを失った経験をしとるはずじゃ。長生きしとる分、隠すのは上手いかもしれんがな。


 それほどまでに、モルガン戦争は多くの人間の心に傷跡を残していったんじゃ。


 それから……マリウスは生活用品を作って売り捌いてたと言ったが、たまに実入りのいい仕事を引き受けてくるときがあった。戦争が終わっても一定の需要がある高価なもの――そう、デュラハンの鎧兜じゃよ。


 デュラハンにとっては服と同じでも、世間ではただの防具じゃ。直したり新調したりしたくとも、専門の職人が他所に流れて、困っとるデュラハンは結構な割合でいた。


 マリウスはそんなデュラハンの依頼を引き受けて生活費の足しにしておったんじゃ。たぶん、成長期じゃったワシを食べさせるためだったんじゃと思う。


 そのときばかりは、いつもみたいな子供っぽさもなりをひそめて、より真剣に金槌を振るっておったよ。横顔が鋭く尖ったナイフみたいでな。同性なのに、見惚れるっていうのはこのことなのかと思ったりもしたな。


 ただでさえ腕のいい職人が丹精込めて作り上げたものじゃ。出来上がった鎧兜は、それはもう見事で、まるで芸術品みたいじゃった。売らなきゃ金にならんのに、売るのが勿体無いとすら感じたぞ。あのときのマリウスに比べればワシの鎧兜なんてまだまだじゃ。


 え? お前? まだまだ殻を履いたひよっこじゃな。ははは。


 それでまあ、話は戻るが――そんな生活も突然終わりを迎えた。


 あの日はとても暑い日じゃったな。北方育ちのワシは夏が苦手で、旅の途中でへばってしもうた。マリウスはそんなワシに「しょうがねぇなあ」なんて笑って一人で水を汲みに行って、それっきり、どれだけ待てど暮らせど帰ってこんかった。


 それまでもフラッといなくなることはあったが、どんなに遅くとも三日以上は空けずに戻っとったんじゃ。どう見ても、マリウスに何かあったことは明白じゃった。


 ワシはパニックになったよ。首都の役所に駆け込む間中ずっと、魔物に襲われたんじゃないか、どこかで事故に遭ったんじゃないか、そうじゃなきゃ見捨てられたんじゃないかって、そんなことばかり考えとった。


 得体のしれん子供の言うことでも、役所の連中は優しかった。今思えば、ようやく他人をフォローできる情勢になってたってことなんじゃろうな。ともあれ、捜索隊が懸命に森の中を探してくれたが、マリウスはまるで煙になったように見つからんかった。


 場所? ああ、奇しくも初めてマリウスと会ったメルクス森の中じゃったよ。


 さあ、困ったのは役所の連中じゃ。はたから見れば、ワシは唯一の保護者に捨てられた子供。図体はそれなりにゴツくなっとったものの、まだ十四歳じゃったからのう。あの手この手で誰か引き取り手がないか聞き出そうとしてきたが、故郷に帰りたくないワシは一切口を割らんかった。それどころか首都で働きたいと言ってな。


 結局、根負けした役人たちはワシが職人だと知ると、ハウルズ製鉄所を紹介してくれたんじゃ。そこから二年。お前も知っとる通り、十六になるまで製鉄所で金を貯めて、後継者がおらんで工房を畳もうとしてたドワーフの爺さまから、この店と工房を格安で買い上げたんじゃ。当時は未成年でも申請さえすれば親方になれたしの。


 マリウスがいなくなった理由? それは今でもわからん。わかっとったら首都に留まらずにあとを追っかけとるわい。ひょっとしたら「探しもの」ってやつが見つかったのかもしれん。全ては推測の域を出ないがな。


 ……でもなあ、実はいなくなる前から兆候はあったんじゃよ。時折、ワシと風切り羽を見比べてため息をついとったし、らしくもなく何か考え込んどるようじゃったし……。それにマリウスのやつ、水を汲みに行くときに置いていったんじゃ。ずうっと肌身離さず持っていた金槌を。ワシのそばへ。


「お守り代わりに貸しといてやるよ」なんて笑って。


 だから、ワシはこの店の看板に金槌と風切り羽の屋号紋を刻んだんじゃ。いつかワシの名が国中に轟いたら、会いに来てくれるんじゃないかと思ってな。


 馬鹿だと思うじゃろう? あれから八十年経っとるんじゃ。当時中年だったヒト種のマリウスが生きてるはずがない。


 それでも待たずにはおられないんじゃ。


 寿命が来るまでに、もう一度「ちびすけ」って呼んでもらいたいからのう。


 ……泣くなよ、アルティ。


 お前、家を出された日も泣かんかったじゃないか。


 そうじゃろ? ワシはしっかりと覚えとるぞ。お前の故郷の名は忘れとったけどな。


 あの日……そうじゃな、あの日も暑い夏の日じゃったな。お前が家を出る前――初めて引き合わされた日じゃよ。


 抜けるような青空に入道雲が上っとってな。その中でお前の赤茶色の髪はものすごく目立っとったぞ。まあ、お前の家族はみんな赤茶色じゃったけど。


 それで、あの頃ワシは……ちーっとばかり荒れとった。名が売れたのはいいが、周囲からやっかみの目で見られとったし、弟子は何度入れてもすぐに逃げ出していくしな。そのせいで悪い噂も流されて、また故郷の二の舞か、なんて思っとった。


 だから本音を言うと、お前のことも期待してなかった。どうせ他の弟子たちと同じで、すぐに逃げ帰るんじゃろう。そう思ってたんじゃ。


 覚えとるか? お前に会って開口一番にワシが言った言葉を。……何? 覚えてない? なんちゅう薄情な弟子じゃ。


 まあいい。ならもう一度言ってやろう。


「客から依頼を引き受けたとする。納期は明日。絶対に間に合わせないといけない大事なものじゃ。だが、もし運悪く両腕が使えなくなったらどうする?」


 それに対してお前はこう言った。


「え? 口か足で作ればいいと思うけど……。だって、大事なものなんでしょ? だったら作らなきゃ。なんなら、俺の代わりに作ってくれる人を探すよ。手順は頭の中に入ってると思うし」


 正直、こいつイカれとるなと思ったな。


 でも、お前の目はまっすぐにワシを見ていて、とても嘘をついてるようには見えんかった。それにな、あのときのお前の目、故郷を飛び出したときのワシの目にそっくりじゃったんじゃ。


 だから、ワシはお前を引き受けることに決めた。


 お前自身は気づいてなかったと思うがな。心の奥底で、お前は外の世界を見たがってたよ。だからお前の家族――兄さんか。兄さんもお前を故郷から出そうとしてたんじゃないのか。誰よりも近くでお前のことを見てたんじゃろうから。


 今年に入ってウルカナやトルスキンに送り出したのも、デュラハンのお嬢さんの依頼をこなしてある程度力もついたし、ここらでもっと広い世界を見てもいいじゃろうと思ったからじゃ。


 何? 面倒ごとを押し付けただけだと思ってた? 失礼な。こう見えても一応は師匠なんじゃぞ。


 まあ、マリウスに倣って、ワシも口ではなーんも教えたらんかったがの。


 結局お前はワシの無茶振りにも耐え続け、技術も盗み続け――なんだかんだ七年やってのけた。贅沢を言うなら、もうちょっと自信を持ってもらいたいもんじゃがな。


 なあ、アルティ。こういう機会も滅多にない。一度しか言わんからよく聞けよ。


 ……こほん。


 ワシは、お前が弟子でよかったと心から思うよ。

アルティのやばさが垣間見えていますが、クリフはその目に職人としての情熱を見ました。そして、その目はマリウスもクリフも持っています。

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