7話 リリアナ連隊長見参!
「リリアナさまー!」
「オルステッド将軍―!」
会場を揺るがす声援の中、リリアナ率いる治安維持連隊の精鋭たちと、アズゴア率いる第一師団の精鋭たちが、各々の司令官の後ろに横一列に並んで向かい合う。人数は各チーム十五人ずつ。獣人やデュラハンが多いアズゴア組に対して、リリアナ組はリリアナともう一人を除いて全てヒト種の兵士だった。
その一人とは、会場の熱気に飲まれて今にも倒れそうな様子の青い鎧兜のデュラハン――ハンスだ。水魔法を使える魔法使い枠として駆り出されたのだろう。
彼の後ろには大きな長方形の箱が置かれている。見慣れぬ素材で巻かれた二本の太い銅線が、側面にぶら下がっている以外は特に何もない。見た目はただのコンテナだが、新作の兵器なのだろうか。
「あれって何ですかね?」
「わからない。俺も見たことないよ。でも、ルール上は魔機じゃなきゃ何でもオッケーだからね。相手方もでっかいバリスタ持ち込んでるし」
「ラッドおにいさま、ルールってどんなの?」
可愛らしく小首を傾げるエスメラルダに、ラドクリフが目を細めて説明する。
部署対抗バトルロイヤルのルールはこうだ。
兵士十五人のうち魔法を使えるのは二名まで。司令官は指揮をするだけで攻撃にも防御にも参加できない。試合に使用する道具は事前申請の上、一つだけ持ち込み可。あとは自チームの兵士が一人でも生き残った方が勝ちだ。
「じゃあ、リリアナおねえさまが戦うところは見れないの?」
「そうだね。でも、司令官は頭で戦うのが仕事だからさ。応援してあげようね」
「うん。リリアナおねえさまー! 頑張ってー!」
大きく手を振るエスメラルダに、その場にいた男性陣の目尻が下がる。
それに対し、眼下でデュラハン同士が睨み合っている様はえも言われぬ迫力があった。
「英雄だと持ち上げられて調子に乗っているみたいだな、小娘が。その鼻っ柱、今日でへし折ってやる」
「あなたこそ。その兜、見る影もないぐらいに変形させてあげますよ」
鎧に取り付けた拡声器から伝わる不穏な内容に、会場はさらに盛り上がっていく。
「……なんかいがみあってませんか、あの二人」
「ああ、アズゴア師団長ねえ……。士官学校の元教官なんだけど、男も女も関係なくパワハラするって評判なんだよ。俺もよく殴られたなあ……。返り討ちにしたけどね」
さりげなくこちらも不穏なことを言っているが、聞かなかったことにする。
しかし、その後に続いた言葉はとても看過できるものではなかった。
「ひょっとしたら、リリィもそうなんじゃない? 一時期、第一師団にいたし。それに、師団長ってラグドールとの戦争で戦死した司令官の後釜を狙ってたらしいよ。リヒトシュタイン侯爵と仲悪いみたいだし、リリィに手柄を横取りされたと思ってるのかもね」
一瞬で頭に血が上った。隣のエスメラルダと共に腕を振り上げる。
「リリアナさん! そんなやつ、ぼこぼこにしてください!」
「なんで君がそんなに怒ってるの?」
ラドクリフが首を傾げた瞬間、試合開始の角笛が鳴り響いた。
「やれ! お前ら! 相手は貧弱なヒト種たちだ! 一気に仕留めろ!」
「ヒト種を甘くみるなよ! アンナ、迎え撃て!」
リリアナの指示と共に、前に躍り出たヒト種の兵士が地面に手をついた。土属性の魔法が使えるらしい。地面から迫り出した分厚い土の壁が、アズゴア側から放たれた巨大矢を防いでいく。
「怯むな! どんどん撃て! 前衛はそのまま突き進め!」
アズゴアの号令に従い、手に手に武器を持ち、勇ましい雄叫びをあげた獣人やデュラハンたちが、背後から次々に放たれる矢の隙間を縫って、リリアナたちの元に一斉に迫ってくる。
ヒト種と他種族――特に獣人とデュラハンは体格もパワーも桁違いだ。鍔迫り合いになったら一瞬で蹴散らされてしまう。
しかし、リリアナは動かない。相手の兵士たちが向かってくるのを、ただじっと眺めているだけだ。
「なんでリリアナさまは何もしねぇんだ? まさか、このまま乱戦にもつれ込むつもりか?」
「まさか、さすがの治安維持連隊でも獣人たちのパワーにかなうわけないよ……」
会場がざわつく中、もうすぐ相手の剣が届くという範囲に来たところで、今まで静観していたリリアナが右手を高く掲げた。
「やれ! ハンス!」
「はいいっ!」
素っ頓狂な声を上げて前に躍り出たハンスが両手を打ち鳴らす仕草をした。その途端に周囲に霧が広がり、リリアナたちをすっぽりと包み込む。
会場がどよめいた直後に「ぎゃっ」とか「わっ」とか悲鳴が上がり、中で何かが起きているのだと察するが、霧が濃すぎて何も見えない。
レイ曰く、水を瞬時に霧にするには半端ない精神力がいるらしい。いつもリリアナの隣でのんびりしているイメージしかないが、ハンスはなかなか魔法の扱いが巧みなようだ。
「しゃらくさい!」
アズゴアの一喝と同時に、場内から霧が晴れた。相手方に火属性の魔法使いがいたらしい。ハンスが生んだ水分を一瞬で蒸発させたのだろう。
観客には、それをすごいと褒めそやす余裕はなかった。ところどころ陥没した地面から、アズゴア側の前衛たちが文字通り生えていたからだ。
晒し首のように地面から首だけを出し、なんとか穴から抜け出そうともがいている様は、さしずめモグラ叩きのモグラたちである。
「霧で視界を遮断した隙に、土魔法で落とし穴を掘ったのか。考えたな。だが、ヒト種の腕力で獣人やデュラハンたちを沈黙させられると……」
アズゴアが大きく目を見開いた。ハンスの背後にある箱から伸びた二本の銅線が、バチバチと激しい音を立て、真っ白に光っていたからだ。
「ヒト種を舐めるなと言ったろ?」
リリアナが不敵に笑った瞬間、薄い水の膜が地面に埋まった兵士たちを包んだ。ハンスの水魔法だ。呆気に取られる周囲を尻目に、リリアナ側の兵士たちが銅線を水の膜に押し付ける。途端に凄まじい光が瞬き、あたりは太陽が破裂したみたいに真っ白になった。
アルティを含む観客たちが目を開けたときには、地面に埋まった兵士たちは全て黒焦げになっていた。かろうじて息はしているが、もう剣を持つ力はなさそうだ。
「えぐい……」
誰かの呟きが聞こえる。
「な、な、なんだそれはっ! 雷の魔機か⁉︎ おい、審判! 魔機の持ち込みは反則だろうが!」
目の前の惨状を面白そうに眺めている審判のマリアに、アズゴアが噛み付く。
それを「見苦しいな」と一笑に伏したリリアナが、素行の悪い生徒に言い聞かせるように、ゆっくりとした口調で言った。
「これは発電機だ。蒸気機関から発展して開発された、人工的に雷の魔素を生む機械だよ」
「発電機ぃ?」
「そうよ。リリアナ連隊長が提出した申請書によると……蒸気機関で得たエネルギーで中の羽根車を回して雷の魔素を発生させる機械だそうね。魔石も、魔法紋も使用されていないのは確認済みよ」
「銅線を包んでいる素材もスライム樹脂から作られた『びにーる』というものさ。全て私の部下たちの発案だよ。まあ、魔素が発生している以上、限りなく魔機に近いかもしれないが……現在のラスタの規定では、これは魔機じゃない」
女性二人から畳み掛けられ、絶句したアズゴアが肩を大きく振るわせる。もし顔があれば今にも顎が外れそうになっているだろう。
「ひ、卑怯じゃないか! まだ世に出回ってもない発明品を持ち込むなんて!」
「卑怯? 戦場にそんな言葉があると思うのか? 勝てばなんでもいいと言って、部下たちを酷使してきたのはあなただぞ! そのせいで、新兵がどれだけ辞めたと思ってる!」
リリアナの背後で兵士たちが大きく頷いた。長年の恨みつらみが重なっているらしい。彼らの目には怒りの炎が激しく燃え盛っていた。
「あれ、なんかリリアナさん側の人数減ってるような……」
総勢十五人のはずなのに、場内には十人しかいない。首を傾げたとき、リリアナの凛々しい声が場内に響き渡った。
「それにな、まだ勝負は終わってないぞ!」
ハッと我に返ったアズゴアが背後を振り返る。
地中から現れたリリアナ側の兵士たちの棘つき棍棒によって、バリスタを操っていた後衛の兵士たちは全て沈黙させられていた。背後から思いっきり殴られたのだろう。どの兵士もぴくりとも動かない。
力の弱いヒト種が獣人やデュラハンを無効化させたという光景に周囲が湧き立つ。
「なるほど。最初からこれが狙いだったのか。ラグドール戦を再現したわけだね」
ラドクリフが感心して話す隣で、エスメラルダが「おねえさま、すごい!」と目をきらきらさせている。
棍棒を持った兵士たちがじりじりとアズゴアに近づいていく。司令官は攻撃も防御も参加できない。つまりは自分を守ってくれる部下が全滅すれば、降伏するか、なすすべもなくやられるしかないのだ。
「ちょっ、待っ……!」
「たまには痛い目見てみろ! このパワハラクソ上司!」
リリアナの一喝と共に、小気味いい音が場内に響いた。
獣人とデュラハンは強いので、多少焦げても大丈夫です。
次回はトリスタンの馬上槍試合です。




