4話 懐かしのブリガンダイン
「さて。では、どんな鎧にするか話し合いましょうか」
両手を打ち鳴らし、アルティはその場を仕切り直した。何故か顔を輝かせるリリアナに対して、バルバトスは困惑の表情を浮かべている。
「え? でも、俺はラドクリフみたいな鎧が……」
「職人としては、デュラハン以外の方にフルプレートはおすすめできません」
端的に言うと、バルバトスは「なんでだよ」と唇を尖らせた。
「フルプレートって、その名の通り全身を覆うので重いんですよ。ストロディウム鋼が開発されてだいぶ軽くなりましたけど、それでも十八キロから二十キロぐらいはありますからね」
「十八キロ……」
「そんなものを着て一日中普段と変わらない動きができるのはデュラハンだけです。失礼ですが、バルバトスさまにフルプレートを着用されたご経験は? おそらく、ゼロですよね? トルスキンの気候だとギャンべゾン――鎧の下に着る服は暑すぎますし、飛兵隊への支給品は軽さを重視していたはずです」
職業柄、兵士たちの防具事情は頭に入っている。滔々と語るアルティに、バルバトスは図星を突かれたと言うように顔をしかめた。その向かいで、リリアナが「フルプレートって他種族には重いのか……」と驚愕した様子で呟いている。
「でもよ、ギリギリまで薄くすればもうちょっと軽くなるんじゃねぇのか? なんだっけ、あの……フュリー? 溝を作れば強度も増すんだろ?」
「師匠ならともかく、今の俺にそこまでの腕はありません。諦めてください」
一部ならともかく、全身に施すほどの技量はない。そして時間も。
ばさっと言い切ると、バルバトスは怯んだように口をつぐんだ。思ったより打たれ弱いのかもしれない。
「もちろん、慣れれば俊敏に動けるようになりますが、それには時間がかかります。だから、国軍兵士や近衛騎士――特にヒト種には身体強化の魔法紋を刻んだ鎧兜が支給されるんですよ。魔法紋のおかげで誰でも魔法の恩恵に与れるようになって、剣や弓から身を守ることよりも、動きやすさに方向転換したんですね。ラグドールとの戦争も終結しましたし、これからはその流れが加速していくと思います」
「私もフルプレートには反対だ。ドラゴニュートの強みは、鉄をも溶かす火炎と膨大な風の魔力から生み出す速度だろ。機動力を殺してしまったら、ラッドの思う壺だぞ」
双方から畳み掛けられ、バルバトスは目に見えてしゅんとした。
無理やり連れてこられたものの、客は客だ。できる限り要望に沿ってあげたいが、できることとできないことにきちんと線を引くのも職人としての力量のうちだと、リリアナの一件でアルティは学んだ。
「……じゃあ、フルプレートは諦めるよ。どういうのがいい?」
バルバトスがため息と共に胸の前で両手を掲げる。降参のポーズだ。ごねる客も多い中、早々に気持ちを切り替えるとは、子供っぽそうに見えて案外大人である。
「ブレストプレートに腕鎧と足鎧だけがベストでしょうね。兜は……」
「闘技祭の決闘は頭への攻撃は無効だが、万が一があるからな。鉢型に鼻当て付きが無難だろう」
「それって海賊どもがよく被ってるやつじゃね? ダッセェ……」
「何言ってるんですか。何百年も前から数多くの命を拾ってきた伝統的な兜ですよ。デザインはちょっと古びてますけど」
「そうだぞ。兜を馬鹿にするやつは兜に泣くんだ。被らずに戦場に出て、死んだやつが大勢いるんだからな」
「この防具オタクどもめ……」
心底嫌そうに呟かれたセリフは聞かなかったことにした。
「素材は何にしましょうか。やっぱりイフリート鋼ですかね?」
「セレネス鋼の方がいいんじゃないか。ドラゴニュートは火と風属性だ。イフリート鋼だと、火属性しか強化されないぞ」
「確かに。でも、今からじゃ許可取るの間に合わないだろうなあ……。一般向けの合金だとラドクリフさまには力負けするだろうし……」
貴重な資源を守るため、貴族向けの合金は許可制になっている。バランスブレイカーになり得るので、一般向けも全身には使えない。いくら属性耐性が高いとはいえ、上級の火魔法が使えるラドクリフ相手では心許ない。
しかし、リリアナは「大丈夫だ」と力強く己の胸を叩いた。
「仕入れは私がなんとかする。コネがあるんだ」
「えっ、本当ですか? じゃあ、それはお任せします。あとは、どういうデザインにするかですよね。シンプルに一枚板で仕上げてもいいですけど、何かご希望はあります?」
「いや、あんたらに任せるよ。何かもう頭こんがらがってきた。普段、軍の支給品か家の鎧使ってるから、改めて仕立てることなんてねーし」
話についていけなくなったらしい。ソファに脱力するバルバトスに苦笑しつつ、隣のリリアナと顔を見合わせる。
「リリアナさんはどう思います?」
「ひと目でセレネス鋼だとわからない方がいいな。魔法が通じないとなると、ラッドのやつ、絶対腕力にもの言わせてくるから。レスリングに持ち込まれた瞬間、さっきみたいに組み伏せられるぞ」
「ということは……」
「ブリガンダインだな。外が革ならその分軽くなるだろうし」
「やっぱりブリガンダインかあ……」
予想はしていたものの出したくなかった答えに、アルティはため息をついた。
「本当に届いた……」
目の前の作業台には白銀色の鋼板が山と積まれていた。一日しか経っていないのに、よく許可も品も手に入れられたものだ。
「確かにお届けしましたからね。昨日、ぜひにとは言いましたけど、しばらくはもう呼ばないでください。闘技祭前で忙しいんですよ。貴族ってやつはこれだから……」
きっと金と権力に物を言わせたのだろう。昨日に続いて駆り出されたカミルが渋い顔をして首都に戻っていく。
慎重に検分するが、間違いなく貴族向けの合金だ。強度も純度も申し分ない。さらに改良を重ねたのだろう。最初のものより軽くなっている気がする。ハウルズ製鉄所の錬金術師、パドマは相変わらず活躍しているようだ。
「ちょっ、待てって! 少しは休憩させてくれよ!」
「ぐだぐだ言うな! 普段の訓練に比べたら、こんなもの序の口だろ? さっさと立て!」
庭の片隅に臨時で作ってもらった工房の外では、鬼教官と化したリリアナがバルバトスに訓練をつけていた。朝からずっとなので、バルバトスはもう死にそうな顔をしている。
エスメラルダを連れて神殿に行ったとき、ラドクリフはリリアナに勝てないと言っていた。鍛えてもらうにはうってつけだろう。
「プレリー、危ないから作業台の上に乗っちゃだめだよ」
足元にまとわりつくプレリーに注意しながら、グラインダーで鋼板を切っていく。
ブリガンダインとは、布や革のベストの内側に隙間なく金属板を打ち付けたものだ。表に出ているのはリベットだけなので、中に何の金属を使っているのか相手にはわからない。
ただ、作るには胴体を覆うだけの大量の金属板が必要なので、これから気が遠くなるほどの曲げと磨きの作業が待っている。
「はあ……。また作ることになるとはなあ……」
作業を続けながらもため息が止まらない。いつもは何を作っても苦にならないが、これだけは別である。
何を隠そう。アルティがシュトライザー工房に来て初めて作ったのがブリガンダインだったのだ。
といっても、手取り足取り教えてもらったわけじゃない。工房の案内もそこそこに、いきなり材料と工具一式を渡され、三カ月以内に十着分作れと言われたのだ。
子供の頃からものづくりは好きだったとはいえ、ズブの素人である。右も左も分からない中、どれだけの試行錯誤を重ねたか思い出したくない。クリフが教えてくれないので近所の職人連中に手順を聞きまくり、なんとか及第点のものを収めることができたものの、連日酷使した体と両手はぼろぼろになっていた。
しかし、そのおかげで近所の職人連中やレイと顔見知りになれたし、十着分作り終える頃には材料の切り出しから仕上げに至るまで一通りできるようになっていたから、最初からこれが狙いだったのかもしれない。習うより慣れろとはよくいったものである。
鋼板を切り終え、グラインダーのスイッチを切ると、リリアナの怒声とバルバトスの悲鳴が耳をつんざいた。集中するため、イヤーマフをつける。あとはひたすら叩いて、体の線に沿う形を作っていく。
それからどのくらい作業に没頭していただろうか。
気づいたら空は鮮やかなオレンジ色に染まっていて、さっきまで足元で遊んでいたはずのプレリーはアルティのブーツの上で眠っていた。
目の前には地面に大の字で横たわるバルバトスと、ケロッとした様子で水を飲んでいるリリアナの姿がある。いつの間にか訓練も終了していたようだ。
「あー……。くそっ……。士官学校のときのしごきよりキツイぜ……。リヒトシュタイン嬢、あんた部下に恨まれてないか?」
「たとえそうだとして、私にかなうやつがいると思うか?」
ともすれば自信過剰だと取られかねない言葉だが、リリアナが言うと説得力があるのがすごい。さすがリヒトシュタイン家の戦女神さまである。
「大した自信なことで……」
「そういうお前は自信がないんだな」
微かに目を見開いたバルバトスが地面に寝転んだままリリアナを見上げる。
リリアナは手にしていたカップをそばの木箱の上に置くと、腰に両手を当ててバルバトスの顔を覗き込んだ。
「なんで空を飛ばないんだ?」
「なんでって……。卑怯だろ。空を飛べない相手に上から攻撃するなんて」
「そんなわけないだろ。自分の最大の特性を活かさずにどうする? 誰かにそう言われたのか?」
「それは……」
ふいと目を逸らして口をへの字にするバルバトスに、リリアナが小さくため息をつく。
「……まあ、いい。そんな意地を張れるのも今のうちだ。アルティの作った鎧を着たら、否応でも飛びたくなるさ」
イヤーマフを持った手がぴくりと跳ねる。
こちらを見つめる青白い目には、凱旋式のときに見せた深い信頼が込められていた。
リリアナはアルティに背中を押してもらって以降、自信が持てるようになりました。




