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3話 出張依頼引き受けます

 最初に目を覚ました部屋のソファで、アルティとリリアナはアッカムティーを飲んでいた。アッカム王国の名産品で、小さなガラスのコップにスパイスとミルクをたっぷり入れて飲むのが本場風だそうだ。


 膝の上には猫みたいに丸くなって眠るプレリーがいる。何故かアルティに懐いたようで、片時も離れようとしない。嬉しいが、そろそろ膝が痺れてきた。


 部屋の中にバルバトスはいない。子供の頃から面倒を見てもらっているという家令に呼び出されていった。きっと今頃お灸を据えられているのだろう。領主の息子が人を攫った上、屋敷が襲撃されたら誰でも怒る。


 屋敷の使用人と傭兵たちは、戻ってきたアルティたちを最初こそ遠巻きに見ていたが、やらかしたのは自分たちの主人の上、襲撃者がリヒトシュタイン家の跡取り娘とマルグリテ家の次男坊だと知った途端、態度が軟化した。


 このアッカムティーも彼らが淹れてくれたものだ。一緒に出された茶菓子も、断る理由がないのでありがたくいただいている。


 窓の外は、さっきまでとは打って変わって静かだ。


 エクテス邸は広大な草原の真ん中に位置し、領民たちが暮らす街とは少し離れた場所にあるのだとリリアナが教えてくれた。元々遊牧民が多い土地だからか、領主にも領民にも、統治する、されるという意識が希薄らしい。


 ただ、最近は定住者も増えているようで、新しい街をどこに作るか常に頭を悩ませているそうだ。領主のバネッサが留守にしているのもそれが理由だった。


「貴族のご子息も色々大変なんですね」

「まあなあ。バネッサ殿には兄弟がいない分、一人っ子のバルバトスはよく呼び戻されるんだよ。貴族あるあるなんで、申請さえ出せばみんなあまり細かいことは言わない。ドラゴニュートは空を飛べるから、戻ろうと思えばすぐ駐屯地に戻れるしな」


 同じ一人っ子の国軍兵士として、バルバトスとはそれなりに交流があるらしい。


「そういうリリアナさんは? こないだ王城の泥棒騒ぎで怒られたあとでしょう。なのにまた有休取っちゃったら、ハンスさんが怒りませんか?」

「もう怒られたよ。でも、年末まで休みを返上することでカタはついた。一応、今回は父上にも許可をもらったし」

「えっ、あのリヒトシュタイン侯爵に……?」

「許可をくれないなら家を出て行くって言ったら怯んだ。後継ぎがいなくなるのが困るんだろう。今まで九年も放ったらかしといて今さらだよな」


 たぶんリリアナが思っているのとは違う理由の気がするが、味方をする謂れはないので黙っておいた。


「あー……。疲れた……。年寄りの説教は長くて困るぜ……」


 ぐったりとしたバルバトスが部屋に入ってきた。そのままアルティたちの対面に座り、アッカムティーを飲み干す。腹に思いっきり蹴りを入れられたのにもう回復したようだ。


「ええと……。早速ですが、お話聞かせてもらっていいでしょうか。なんとなく察しはついてますけど……。鎧兜製作のご依頼ですよね?」


 ラドクリフに工具一式を託された以上、それ以外に考えられない。どうして彼が知っているのかはわからないが。


「ああ、そうだよ。あんたに俺の鎧を作ってもらいたいんだ。専門外だってわかってるけど、獣人向けのが作れたんならドラゴニュートのも……」


 バルバトスの話を遮るように、リリアナが音を立ててカップを置いた。


「そろそろ本当のことを話せよ」


 その目は、アルティに向けるものとは比べものにならないぐらい険しかった。


「お前、わかっててわざとやったんだろ。エミィが懐いているアルティを連れていけば、ラッドが追いかけてくると思って」

「えっ」


 声を上げるアルティに反して、バルバトスは冷静さを保ったままリリアナをじっと見返している。


「ドラゴニュートの噂話は千里を走る。大方、首都にいる誰かから聞いたんだな? 私がアルティと親しくしていることや、ラッドと交流が復活したことを。だから、もしラッドが追いかけて来なくても、私は必ず出張ってくると踏んだんだ。火属性に対抗するために、幼馴染の首根っこを引っ掴んでくるともな。わざわざご丁寧に首都の上空を旋回したのも、アルティを誘拐したと見せつけるためだったんだろ?」


 つまり、アルティは餌にされたわけだ。窓から外を覗いたときに「もう来やがったのか」と言っていたのは、追っ手が来るとわかっていたからなのだ。ただ早すぎただけで。


「お前はラッドとどうしても戦いたかった。だから思惑通り暴れてやったんだ。使用人や傭兵がいたままじゃ一対一には持ち込めないからな。ここまで便宜を図ったんだから、今さらしらばっくれるなよ」


 静まり返る部屋の中、ソファの背にもたれたバルバトスがふうっと息をついた。


「リヒトシュタイン嬢にはかなわねぇなぁ……」

「リリアナでいいぞ、別に」

「勘弁してくれ。侯爵の怒りは買いたくねぇよ」


 頭をガリガリと掻き、バルバトスは持ったままだったコップを机の上に置いた。


「確かに戦いたかったけど、本当の目的はそれじゃない。闘技祭で戦いたかったんだ。あいつ、今年は出ないって言い張るから」

「そういや言ってたな。珍しいこともあるもんだと思ってた」

「士官学校時代から毎年剣を合わせてんのに、急にだぜ? どんだけ食い下がっても理由は言わねぇしさ。だから、負かすか引き分けに持ち込んで闘技祭に持ち越そうとしたんだよ。まあ、逆にこっちが負けちまったけどな。ひょっとしたら、あいつ……」


 そこでバルバトスは口をつぐんだ。


 リリアナがライバルだと言っていたのは本当らしい。膝の上でもぞもぞするプレリーを撫でながら首を傾げる。


「じゃあ、俺に鎧の製作を頼みたいっていうのは?」

「それは本当だよ。ただ利用させてもらっただけで」


 渋い顔をしたアルティに、バルバトスは「ラドクリフみたいな鎧が欲しいんだ」と言葉を続けた。


 闘技祭の打ち合わせのために首都に顔を出したとき、ラドクリフが着ている真っ赤な鎧を見て、その輝きに一目惚れしたそうだ。ちょうど闘技祭に向けて新調するつもりだったので、「絶対に同じ職人に頼む!」と心に決めたという。


 いい防具を身につければその分有利になる。それも考えてのことだろう。バルバトスが闘技祭にかける情熱は並々ならぬようだった。


 しかし、気になるのは、ラドクリフがそれを承知した上でアルティに工具を渡したことである。一度は出ないと言ったのに、バルバトスに応戦して闘技祭への参加を了承したことといい、ところどころ不自然な点がある。まだアルティの知らない事情があるのだろうか。


「どうした、アルティ?」


 リリアナの声にハッと我に返る。今は考えていても仕方ない。ラドクリフが闘技祭に参加するというのなら、いずれその理由もわかるだろう。


「難しそうか?」


 眉を下げたバルバトスが、心配そうにアルティを見つめる。


「いえ……。ドラゴニュートの体格はデュラハンと似ているので特に問題ありません。ですが、ラドクリフさまみたいな鎧をお求めなら師匠に言ってもらった方が……。あの鎧を作ったのは師匠ですし」

「わかってるよ。だから最初にクリフさんのとこに行ったんだ。でも……」

「……ひょっとして、断られました?」


 バルバトスは言いにくそうに口を開いた。


「弟子なら好きに連れてけって言われてさ……。話を聞いたら実績もあるようだし、いいかなと思って。何しろ闘技祭が近づいて切羽詰まってたから」


 ミーナの鎧も作ったことになっていたし、きっと誇張して話したんだろう。体よく弟子に面倒ごとを押し付けたわけだ。


 渋い顔を崩さないアルティに、バルバトスが拝むように両手を合わせる。さっきもそうしていた。彼の癖なのかもしれない。


「なあ、頼む。あんたには申し訳ないと思ってるよ。でも、どうしても万全の体制で挑みたいんだ」

「私からも頼むよ、アルティ。ラッドが工具を渡したってことは、あいつもそれを望んでいるんだろうから」


 前と横から詰め寄られて逃げ場がない。そもそも遠く離れたエクテス領にまで連れてこられた時点で、選択肢は残されていないのだ。


「ああ、もう、わかりましたよ! お引き受けいたします!」


 ヤケクソに放った言葉は、目を覚ましたプレリーのあくびと共に消えていった。

アルティの巻き込まれ体質は健在です。

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