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4話 7年ぶりの再会

「エトナ! 全速力だ! 追いつかれる前に振り切るぞ!」

「わかってる〜。ピーちゃん!」


 ピュルルルル! と甲高く鳴き、ピーちゃんが大きく羽ばたいた。ぐい、と荷台が強く引かれ、幌を叩く風の音が激しくなる。


 視界を確保するため、リリアナが右手側の幌を開け放った。その隣ではミーナが両手に短剣を持ち、ウルフが杖を取り出して唸り声を上げている。


「もう〜! なんでさあ〜! まだ縄張りには入ってないはずなのに〜」


 激しく揺れる御者台の上でエトナが叫ぶ。


 森大鴉とはウルカナ大森林に生息する巨大鴉だ。風魔法に長けていて知能が高く、獲物を集団で追い回すという狡猾さも兼ね揃えている。そして鴉の例に漏れず、光り物が好きという商人泣かせの厄介者でもある。


「伏せろ! ミーナ!」


 ピーちゃんの奮闘を嘲笑うように早くも追いついてきた森大鴉を、リリアナが氷魔法で撃ち落とす。ミーナは素早い身のこなしで荷台に転がると、急降下してきた一匹を立ち上がり様に切り捨てた。その近くではウルフが闇魔法で二人をサポートしている。


 戦う力を持たないアルティは、ただ見守ることしかできない。せめて邪魔にならないよう隅に寄り、時折つついてくる嘴を躱すので精一杯だ。


 よほど好みのものでもあるのか、幾匹もの仲間が屠られてもなお、森大鴉たちは諦める気がないようだった。


「くそっ! キリがないな!」

「リリアナさま! 左からも来たよ!」


 鼻をひくつかせたウルフがアルティの隣に飛びつく。


 左側の幌も開け放つと、激しく嘴を打ち鳴らす森大鴉たちがものすごいスピードで迫ってくるのが見えた。


「まずいな。このままじゃ囲まれるぞ! エトナ、抜けそうか⁉︎」

「うう〜。ちょっと無理かも〜。さすがのピーちゃんでも大人が五人もいると……」

「エトナさん、上! 上! 来てます!」


 無防備なエトナを狙って急降下してきた一匹を、舌打ちしたリリアナが氷魔法で弾き飛ばす。その刹那、荷台が大きく揺れ、リリアナの体が傾いた。


「危ない!」


 咄嗟に腕を掴んで引き戻す。しかし、体格差のせいで勢いを殺しきれず、大きく前につんのめったアルティの体が荷台から浮き上がった。


「アルティ!」


 悲鳴を上げて手を伸ばすリリアナの姿が小さくなっていく。外に放り出されたと気づいたときにはすでに遅かった。


 声なき声を上げて死を覚悟する。急激に狭まる視界の中で、羽を広げた大きな鳥がこちらを目掛けて急降下してくるのが見えた。


「×××××!」


 アルティにはわからない言葉で鳥が大きく叫ぶ。同時に激しい突風が吹いたかと思うと、鋭いかぎ爪で両腕を掴まれた。ぶらぶらと揺れる足に生い茂った草むらが触れる。もう少し遅かったら、間違いなく死んでいただろう。


「落ちたら拾ってあげるって言ったでしょ〜」

「エ、エトナさん……!」


 鳥は上着とブーツを脱ぎ捨てたエトナだった。何度か羽ばたいたあと、アルティを優しく地面に下ろす。次いで急降下してきたピーちゃんが、荷台と共に激しい音を立てて着地した。風魔法を使ったのか、リリアナたちに怪我はないようだ。


「アルティ! 怪我は⁉︎」


 荷台から飛び出してきたリリアナがアルティに縋り付く。肩に食い込む指が痛い。「大丈夫ですよ」と何度も宥めてようやく離してくれた。


「ああ、びっくりした……。アルティさん目掛けてエトナさんが飛び降りたと同時に、ピーちゃんが風魔法で荷台を包んで……」

「まるで蓋をした瓶に入れられてシェイクされた感じだったにゃ……」


 頭上では森大鴉たちが旋回しながらギャアギャアと騒いでいる。今にも急降下してきそうな勢いだ。


 とりあえずここから移動しようという結論になり、ぼろぼろになった荷台に乗り込む。着地の衝撃で車軸が歪んでしまったらしい。進むたびにガタガタと酷い音を立てている。


「アルティくん、本当に無事でよかったにゃー」

「いやあ……。血の気が引きました……。森大鴉たち、なんであんなに気が立ってたんでしょう。産卵期でもないですよね?」

「それなんだけど……。ミーナが持つササラスカの涙に引きつけられたんじゃないかな?」


 ウルフの言葉にミーナが目を丸くする。


「え? でも、村を出たときは襲われなかったよ?」

「今は効果が増幅されてるんだと思う。リリアナさまの髪留め、セレネス鉱石でしょ?」


 さすが魔法学校卒業生。一目で見ぬいていたようだ。


 聖属性は他属性の効果を高める効果がある。水は命の源なので、その力を凝縮した魔石は生物を引き寄せやすい。魔素や魔力に敏感な魔物なら特にである。


 普通の魔石なら大丈夫だったかもしれないが、ササラスカの涙は最高純度の天然ものだ。同様の事故が起きる前に周知徹底しておいた方がいいだろう。


「戻ったら職人組合クラフトマンズギルドに報告して、対策を考えるよ」

「商会にも報告しておくよ〜。国へはリリアナさまがお願いね〜」


 軽く片手を挙げただけで、リリアナは何も言わなかった。荷台の隅に座り、ただじっと床を見つめている。あわやアルティが死にそうになって落ち込んでいるのかもしれない。


「そ、そういえば、俺を助けてくれたとき、なんて言ってたんですか? 公用語じゃなかったですよね」

「ん〜? ピーちゃんに急降下しろって言ったの〜。そのときが一番速度出るから、大鴉たちを振り切れるかと思って〜」


 鳥人には鳥人同士で使う言語があるらしい。訛りがひどくて他種族には聞き取れないが、ミーナの方言のようなものだという。


「エトナさんもすごく速かったにゃ!」

「ボクね〜。見た目はこんなんだけど、風色隼シルフペレグリンの鳥人なんだ〜。すごいでしょ〜」


 ふふん、と胸を張るエトナに笑みが漏れる。しかし、リリアナはやはり何も反応しない。


 その様子を肩越しにちらりと見たエトナが、「さて〜。これからどうする〜?」と水を向けた。


「配送人の意見としてはね〜。今日は早めに休んで明日に備えた方がいいと思うよ〜。荷台も点検したいし、ピーちゃんもそろそろ限界だと思うし〜」


 ピーちゃんはそこらの魔物が束になってかかっても敵わないぐらい強いが、その分、スタミナと魔力の消費が早いのだそうだ。


「このあたりに村とかあったかにゃ? 今、どの辺にいるの?」

「え〜とね〜……。アクシス領フラネスカ市とウルカナの間ぐらいかな〜」

「あの……」


 周りが注目する中、おずおずと手を挙げる。


「あります、村。ど田舎ですけど」






 国道を外れ、林の中の道なき道を一時間ほど進むと、見慣れた風景が見えてきた。崩れ落ちた門の向こうに建つ、おんぼろの風車と傾いた街灯は記憶の中にあるままだ。


「こんなところに村があったんだ……」

「……実はあるんだよ。地図には載ってないけど」


 ウルフの呟きに応え、荷台を降りる。近くで様子を伺っていたのだろう。メーメー鳴く羊たちを連れた羊飼いが、慌てた様子で駆け寄ってくる。


「おうい、アルティ! アルティじゃねぇか!」

「ト、トムおじさん、久しぶり」

「何やってんだよお! 一度も帰って来ねぇで! ティーディーたちも寂しがってんぜ!」


 田舎特有の声量で耳が痛い。慌ててトムの口を塞ごうと手を伸ばす。無駄な抵抗だが、できれば家族たちには気づかれたくない。


「あんまり大きな声出さないで! ここには少し立ち寄っただけなんだよ。明日には発つんだか……」

「お兄ちゃん!」


 遅かった。田舎はこれだから嫌だ。恐る恐る顔を向けると、雑草が生い茂る畑の上で、アルティと同じ赤茶色の髪をしたそっくりな顔の少女二人が、きらきらと目を輝かせてこちらを見つめていた。


「なになにー? どうしたの? ようやくお休みもらえたの?」

「それともクビになっちゃったー?」


 満面の笑みで駆け寄ってきた二人が、アルティたちの周りをぐるぐると回る。七年前と変わらず落ち着きがない。


「ああ、もう! 大人しくしなさい! お客さまに失礼だろ!」


 まだ兄の威厳は失っていなかったらしい。ぴたっと動きを止めた二人が、はにかんだ笑みを浮かべてリリアナたちに会釈した。


「ひょっとして〜。アルティくんの妹〜?」

「そうです。末の双子の妹です。こっちのお下げがティアナ、こっちのおかっぱがディアナ。今年で十二歳になります」

「ティアナ・ジャーノです!」

「ディアナ・ジャーノです!」

『二人合わせてティーディー! よろしくね!』


 見事にハモらせてポーズを決める妹たちに、ミーナとウルフが何故か拍手をした。


「いつまでいるのー?」

「みんな、うちに来るよね? お母さんたちに話してくる!」

「待って待って! 全員は入んないだろ! 明日には発つし、お兄ちゃんたちは村長さんの家に泊まるよ。この村じゃ、あそこが一番大きいし」


 そう言った途端、一斉にブーイングが飛んできた。


「えー! なんで! うちに泊まりなよー!」

「そうだよー! 村長さん家だって、全員入んないじゃん!」

「そうした方がいいぜ、アルティ。村長んちは確かにでけぇけど、おんぼろ具合は似たり寄ったりだろ? 全員とは言わねぇが、せめて、そのデュラハンのお嬢さんはお前んちに連れてってやれよ。この村にデュラハンサイズのベッドはねぇんだから」


 その場にいる全員の視線が集中し、リリアナが怯むように後ずさる。


「わ、私は馬小屋でもどこでも……。軍で慣れてるし……」


 そう言われて、はいそうですかと返せるわけがない。


 いくら慣れているとはいえ、リリアナは貴族のお嬢さまなのだ。一人馬小屋で寝かせて自分はのうのうとベッドで眠るなんて、アルティの精神が持たない。


「……わかりました。リリアナさん、俺の家に来てください。村から少し離れていますけど、ベッドはなんとかなります。うちには大工がいるので」

「うわーい! やった!」

「私たち、先に帰ってるね! お兄ちゃんたちはゆっくり来て!」


 矢のように駆けていく妹たちを見送り、深いため息をつく。こんな形で帰郷を果たすとは思わなかった。


 アルティの脳裏に、未開封の封筒がよぎった。

ハイテンション妹たち登場。

お兄ちゃんはたじたじです。

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