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2話 ミーナのお家事情

「本当に申し訳ありません!」


 勢いよく頭を下げ、ミーナが隣に座ったウルフの頭を押さえつけた。ごんっ、とテーブルが鈍い音を立て、ウルフが「きゃんっ」と鳴いてもお構いなしだ。


「まあまあ……。誰も怪我しなかったわけですから……」


 ダイニングテーブルにこぼれたココアを拭き、アルティは右隣に座ったハンスに「ねえ?」と水を向けた。怖いので左隣に座るリリアナには目を向けない。彼女はさっきから腕組みをして対面に座るミーナたちを睨んでいる。


 甘い香りが漂うキッチンの中、デュラハンと獣人に囲まれる光景はかなり異様だ。「仕事の続きをする」と言って早々に工房に逃げたクリフが恨めしい。


「とはいえ、仕事なんで一応お話聞かせてくださいねー。アルティさんには申し訳ないですけど。……ええと、ウルフ・ラスティンくんだっけ。どうして、この工房を襲ったの?」

「襲ったわけじゃ……」


 ぼそぼそ、と喋るウルフをミーナが横からはたく。見た目は大人しそうだが、案外気が強いようだ。


「ミーナさんを探してたんだよね? 傷つけたら……って、うちの工房に捕まってるって思ってたってこと?」


 体毛と同じ灰色の瞳がアルティを見つめた。


「……珍しい体毛の獣人を狩って、素材にしようとするやつがいるから」


 ぐ、と喉が鳴った。隣のハンスも「ああ……」と嘆息している。


 デュラハンが魔素を多量に取り込んだヒト種から生まれたように、魔物も魔素を多量に取り込んだ動物から生まれた。ドラゴンはその最たるもので、魔素を取り込んだトカゲが巨大化し、膨大な魔力と高い知性を得た結果、今日まで絶対王者として君臨している。


 そして、獣人とは魔物と交配したヒト種から生まれた種族である。何と呼称されるかは元になった魔物によるが、四つ足の哺乳類なら獣人、鳥であれば鳥人、爬虫類であれば竜人と大きく分けられる。生活環境に大きな隔たりがあるためか、魚人フィッシュマン木人ウッドマンはいない。


 その中でもミーナは珍しい雷大猫サンダーキャットの獣人、ウルフは闇猟犬ダークハウンドの獣人なのだそうだ。


 ここは様々な種族が集うグリムバルドだ。田舎や他国と比べて偏見の目は少ない。ただ、元が魔物だというだけで、人間扱いしない輩は一定数いる。


「もしミーナがって思ったら、カッとなっちゃって……」


 ウルフはミーナと同じアルテガ村の出身で、同い年のミーナとは生まれたときからの付き合いだった。魔法学校の入学を機に離れてはいたが、文通は続けていたし、卒業したら村に戻って就職すると何度も伝えていた。


 しかし、ようやく戻ってみると幼馴染の姿がない。泡を食ってミーナの兄たちに尋ねると「数日前から姿が見えない。連れ去られたかもしれない」と言うので、匂いを辿って追いかけてきたのだという。


「そんな理由なら……」


 アルティとハンスの間に「内々に済まそう」というムードが漂ったとき、黙って聞いていたミーナが怒髪天をついた。


「兄貴たちに体よく騙されてるにゃ! 連れ去られてなんかない! 私は自分の意思で村を出たの!」

「にゃ?」

「あー……。アルテガ村の方言なんです。油断すると出るみたいで……」


 ウルフの説明にミーナは顔をかあっと赤らめた。


「それより、自分の意思で出たってどういうこと? 俺が戻るのを待っててくれるって言ったじゃん! あれは嘘だったの?」

「それは……!」


 喧嘩を始めそうな二人を「ちょ、ちょっと待って」と制止する。獣人二人に暴れられたら店が壊れてしまう。こういう修羅場は慣れっこなのか、リリアナもハンスも冷静なのが少し憎い。


「ひょっとして、鎧の修理と何か関係あります?」

「……順を追って説明します」


 肩を落としたミーナが語り出したのは、おおむね次のようなことだった。


 ウルカナ領アルテガ村は首都から馬車で四日ほど南に下った先にある、人口百人足らずの小さな村だ。主な産業は狩猟。南部を覆い尽くすウルカナ大森林の中にあるため、訪れる旅人も少なく、時折魔物が迷い込む以外は至って平和な日々を過ごしていた。


 しかし、一週間前。それが一変した。後継ぎを指名するより前に村長である父親が狩りの事故で亡くなってしまったからだ。


 ミーナは一家の末娘で、上に三人の兄がいる。順当にいけば長男が後を継ぐものだが、それに次男と三男が待ったをかけた。何かと優遇されていた長男に思うところがあったらしい。母親が早世してからというもの、ずっと支え合って暮らしていたと思っていただけにショックは大きかった。


 跡目争いが起きた場合、近くのダンジョンに安置された初代村長の鎧を手に入れたものが後を継ぐという掟がある。


 父親の葬式を終えるや否や、兄たちはダンジョンに潜る仲間を募った。自分が村長になったら優遇してやると条件をつけて。


 その結果、一触即発の空気が村中に伝播し、ついに派閥を生むまでの諍いに発展してしまった。このままでは血が流れると確信したミーナは、兄たちの目を盗んで、ダンジョンを開く鍵である「ササラスカの涙」という高純度の水の魔石を持って村を飛び出し、這々の体でシュトライザー工房を訪れたのだ。


「ありがちなお家騒動だな」

「リリアナさん! 身も蓋もない!」


 嗜めるアルティに、ミーナが「その通りです」とため息をつく。ウルフはミーナの父親が亡くなった事実にショックを受けているようだ。鼻を啜りながら「あの親父さんが……」と呟いている。


「で? 理由はわかったが、なんでお師匠さんが必要なんだ。いくら古くとも保護魔法がかかっているんだろ? 何度か手入れしているだろうし、そこまで傷んでないはずだ」

「ダンジョンは湖の底にあるんです。それに、お恥ずかしい話ですが、今まで村で跡目争いが起きたことは一度もなくて……安置してからゆうに百年近くは経っていると思います」

「錆びてる可能性が高いですね……」


 保護魔法は風魔法を用いて一定の温度や湿度を保ち、劣化を防ぐものだ。たとえ魔法紋を利用していたとしても、定期的に魔力を注がない場合、何百年とは保たない。そこが定着魔法との大きな違いである。


 周囲から風の魔素を集める魔法紋と組み合わせる方法もあるが、閉鎖された空間ではまず無理だ。それに金属は水気を嫌う。湖の底のダンジョンなら湿気も桁違いだろう。


「初代の遺言で『ダンジョンに潜るときは必ず国一番の職人を連れて行け』と……」

「よっぽどの芸術品なんでしょうねー。筋違いだけど、国一番の職人ってなると、やっぱりクリフさんになるのか……」


 ハンスに横目で見られ、返答に困る。ミーナの切羽詰まった事情はわかった。できることなら協力してあげたいという気持ちもある。


 しかし、クリフは食指が動かない仕事は一切受けないタチだ。特に今はウルフに暴れられて頭にきているだろう。こればっかりは聞いてみないとわからない。


「一応確認してみますけど……期待しないでくださいよ」


 工房に降りて事情を説明すると「嫌じゃ!」の一言で切り返された。挙句にイヤーマフを耳に当て、猛然と金槌を振るい始める。仕事に集中するから話しかけるなの合図だ。こうなるともうテコでも動かない。


「……お力になれず、申し訳ありません」


 キッチンに戻り、しおしおと頭を下げるアルティに、ミーナが頭を抱えた。


「ああ、どうしたらいいにゃ! このままじゃ、村が分裂しちゃうにゃー!」

「お、落ち着いてください。俺も一緒に腕のいい職人を探しますから。ハンスさんも誰か心当たりないですか?」

「ええ? 僕はそっち方面には明るくないんですよねー。父親なら詳しいかもしれませんけど……」


 クリフほど腕のいい職人がグリムバルドに何人いるだろうか。ハンスと共に思いつく名を片っ端から挙げていると、腕組みをして宙を睨んでいたリリアナが、不機嫌そうにぼそっと呟いた。


「いるじゃないか。国一番の職人の弟子が」


 その目はまっすぐにアルティを見つめていた。

定着の魔法紋は生命魔法で、物と魔力を結びつけるという一点のみを目的としていますので長持ちします。布地に香りが染み付くイメージです。

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